5-24 ご褒美
「はい、みんな注目!」
声をあげ、手をたたいてこちらに注目させる。ニンジンにかけるソース討論をしていた3人が一斉にこちらを向く。
まぁ、うち一人は酔っぱらっていて、てきとーに何か言ってるだけだったような気もするが。
「今回、一番頑張ってくれたアマツ君のためにさらに特別なご褒美を用意しました!」
歓声と拍手が飛び交う。ノリは完全に飲み会である、いや飲み会であってるのかこれは?
「主さん! 特別なご褒美ってなんね!?」
「特別なご褒美、それは新しい温泉です!」
「おおー」
アマツは目を輝かせ、胸の前に手をぎゅっとさせ、
「主さん! 新しい温泉ってどんなところっちゃ!?」
身を乗り出して聞いてきた。アマツはこういう動作を、あざとさなくやるから尊い。
だが、このままアマツを見てたら間違いなく尊さを鼻から吹き出してしまう!
後ろにくるりと体を半回転させ、半ばごまかすように話を続ける。
「実はもう、作ってあるんだ」
平静を装いつつ、あふれ出そうな何かを必死におさえて言葉をしぼりだす。
「後は今ある温泉エリアに入り口を付ければすぐに入れるようになる」
アマツは一緒に風呂に入っている時、ちょくちょく他にどんなお風呂があるかよく聞いてくるから、スーパー銭湯や温泉施設にある珍しい風呂についても時々話していた。
その風呂をそのまま召喚するとDPがとんでもない事になるので、なんとか代用できる方法はないか考えていたが、ようやく一つ思いついたので試しに作ってみたんだ。
しゃべってるうちにあふれ出そうな尊さは収まってきた。よしもう大丈夫。
「それで今回の温泉浴槽はちょっと特別な仕掛けをつけてみたぞ。だから期待していいぞー」
くるりと振り返ると、そこにアマツの姿はない。どころかダイニングルームにその姿は見えない。
「あれ? アマツはどこ行った?」
「マスターが作ってあるって言った時に、走って行っちゃったよ」
俺のぼうぜんとしたつぶやきに、コアさんが笑いながら答えてくれた。
アマツよ、お前もか。
「まったく、ウチの住人共は好きなものになると、自制がほんと効かないな」
「いや、一番自制が効かないマスターが何を言ってるんだい?」
「自覚はしてるぞ? だから”住民共”で俺も含めたんじゃないか」
むしろ俺がこんなだから皆こうなったのかもしれない。
「アマツが行っちゃったなら俺も行かないとダメだな。君たちはどうする?」
「私も行くよ、マスターの言った特別な仕掛けって言うのが気になるからね」
コアさんが立ち上がると二人ものそのそ立ち上がり、ワインとニンジンを手に取りポータルに向かって歩き出す。気にはなるけど飲み食いも足りないってとこか。
ほんと皆欲望には正直な連中だよ。まぁその欲がダンジョンを発展させる原動力になってるから止める気はないけど。
そんなことを考え、前を歩くケモミミ娘達のゆれるしっぽやケモミミを常に視界に入れていると、脱衣所を抜けてあっという間に温泉にたどり着く。
なかなか良いしっぽであったが、戦闘があったせいかじゃっかんの乱れがあった。
これは後で俺の慰労を兼ねて丹念にブラッシングしてやらねばなるまい。
ポータルをくぐって温泉エリアに到着すると、先行していたアマツが俺の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「主さーん。新しい温泉はどこ~?」
「いや、まだ作っただけで入り口をつなげてなかったから。すぐつなげるから待ってて」
だからそんな上目遣いで見ないで。心が痛むから。
現在、温泉エリアは脱衣所に入るポータルと海洋エリアに入れるポータルがあるから、新しい入り口は海洋エリアの反対側でいいか。
拡張ウィンドウから部屋ごとをつなぐ新しいポータルの設定を終えると、何もなかった空間がゆがみ、新しいポータルが出現する。
「よし、そこの新しいポータルの先にあるからな」
「おー! 早く行くっちゃよー!」
アマツが俺の手を取り、ぐいぐい引っ張りながらポータルに向かって走り出す。
おいおい、じらしたのは悪かったが温泉は逃げないしそんなに急がなくてもって言っても無駄か。
引っ張られる形でポータルを潜る。
抜けて視界に入ったのは少々まばらだが一本一本がしっかり根を生やす竹たち。足元には奇麗に並べられた石畳が続き、終着点には木でできた浴槽がある。
その浴槽は一段高い場所にあり、それが部屋の主であることを物語っている。
「主さん! あれが新しい温泉っちゃね!」
俺の答えを待たずしてアマツは浴槽に向かって走って行ってしまった。彼女には周りの竹なぞどうでもいいらしい。
「この周りに生えてる木みたいのってなぁに?」
「これは竹っていう植物だね」
「ふぅん。食べられるの?」
「硬いですねー。食べられそうにありませんー」
俺の後に続いて入ってきた三人が話し出す。
「竹は加工すればいろんなものが作れる。小物が増えれば生活はもっと便利になると思ったから今回風呂と一緒に呼び出してみたんだ」
説明がてら竹のほうにさした指を下の方に向ける。
「後、成長しきった竹は食用じゃないけど、そのうちそのへんからタケノコが生えてくる。あれはうまいぞ」
「へぇ、それは楽しみだね」
DPの都合上、一緒に出した竹はあまり多くはないが、繁殖力が強いらしい竹は数日中にうまいタケノコを生やしてくれるだろう。
「ほれ、そこで待っててもすぐにタケノコは生えてこないから、そろそろいくぞ」
このまま竹の根元で座って待ちかねないコアさん達をうながし、中央の浴槽に向かって石畳を歩く。
「アマツー。湯加減はどうだー?」
「んふー。いい感じっちゃよー」
木のヘリに腕をかけ、人魚形態に戻ったアマツが気持ち良さそうに答える。
浴槽に近づくにつれてヒノキの香りが鼻をくすぐる。
そう、今回の浴槽は日本人の憧れであるヒノキで作ってみたのだ。といっても、本物のヒノキで作ったわけじゃない。
ダンジョンの設備一覧にヒノキがあったから、それを使ってみただけだ。
ダンジョンを作りながら考えていたが、多分こいつはヒノキであってヒノキじゃない別の何かだ。
でなきゃ、浴槽を作る時にヒノキを伸ばしたりなんてできるはずがない。ついでに言えばヒノキ風呂は手入れしないとすぐにカビが生えてしまうが、設備としてヒノキを使うと保全機能で新品同様に戻っちまう。
これもヒノキに擬態してる異世界の何かの物質の仕業だと考えれば、説明できない事もない。
とはいえ、コアさんは仕組みに関してはなーんも教えてくれないから、想像の域をでないけどね。
「ねぇ主さん。このお風呂にいくつか穴が開いてるんはどうしてなん?」
「お前は話を聞く前に行っちまったから知らないだろうが、これこそが今回新しくつけてみた機能なんだ」
そう、今回のヒノキ風呂は浴槽の内側の所々に穴が開いている。コアさんはこれが何か察したようだが、ククノチとオルフェは不思議そうに浴槽をのぞき込む。
「アマツ、浴槽の裏にあるレバーを引いてくれないか」
「あ、これっちゃねー」
アマツが少し身を乗り出してレバーを引くと、浴槽が小刻みに震えだす。
振動音に交じって水が流れてくるくぐもった音が聞こえた時、浴槽の穴から気泡を混ぜた水流が一斉に噴き出してきた!
「これが、今回のアマツへのご褒美。ヒノキジェット風呂だ!」
ようやくヒノキ風呂だせたー
え? これはどうみてもヒノキ風呂ですよ。