5-21 ダンジョンモンスターの死
言葉を返せずにいる間にも、虫怪人の体はどんどん光の粒子に成り代わっていく。
ただただ成り行きを見守っていると、やがて虫怪人の全てが粒子になり消えてしまった。
今はもう倒れた時にできた地面の陥没と、俺が撃った矢の残骸だけが奴がいたという証になっている。
「消えちゃった」
「そうですねー」
ぼうぜんとしたようにオルフェとククノチがポロリともらす。同じダンジョンモンスターである彼女たちには起こりえる未来なのだから無理もない。
「ダンジョンモンスターは土に還る事ができないってわけか」
「うん、ダンジョンモンスターはダンジョンに還るって事だね」
感慨深げに言ったセリフを拾われてコアさんが相づちを打つ。
そういわれると、それで当然って感じがするのが不思議だな。
「でも、ダンジョンに還るというのは悪い事じゃないよ。DPを払えば復活できるから」
「え? 何それどういうこと? ダンジョンモンスターって復活できんの?」
「そうだよ。相応のDPを使えば、死んだときまでの記憶と経験を持ったまま肉体が再生される」
それってすごくない!? でもなんで今まで教えてくれなかったの?
抗議をするために俺はコアさんの方を向き、しゃべるために息を吸って――
「マスターは次に”コアさん。なんで教えてくれなかったんだ?”と言うね」
「コアさん。なんで教えてくれなかったんだ? ……はっ!」
こちらに指をさしながら同音の言葉を発するコアさん。
うわっ、実際にやられると結構ドッキリするなコレ。
こちらの動揺をよそに、コアさんはさした指をアゴにあてると、
「まぁ、いつも通り聞かれなかったからってことでどうかな?」
ニコッと笑ってごまかす。
「いや、どうかなって言われても……ここぞという時に重要な情報を知らなくて負けるなんてやだぞ? 本当にそこは頼むよコアさん」
なんかもういろいろ慣れたけど、本当にそれだけは不安でたまらない。
まぁ、それよりもだ。今考えないといけない事は……
「今の話だと仮にあの虫怪人を復活させたら、こいつの召喚主にこのダンジョンの場所とか防衛設備・戦力を知られたって考えられるんだけど」
今回のケースだと虫怪人と会話ができたらという前提条件はあるが、今の話を聞く限り、捨て石前提の偵察みたいなことはできるよね?
「確かにできなくはないね、相手がその気なら」
「だな。そして相手の目的がここのダンジョンの制圧なら、次はさらに強い戦力を送ってくる」
「あんなのがまたくるんですかー!?」
横で話を聞いていたククノチが本音をもらす。
「これはあくまで可能性の話だから、明日くるかもしれないし、全く来ないかもしれない。だがな」
ここであえて一度会話を切り、皆の顔を見渡す。一定の間を置いて再び口を開く。
「結局今回わかったのは、この世界で生き抜くためには俺たちはまだまだ実力不足って事だな」
相手の目的がなんであっても、抑止力がなければどうしようもないのだ。
俺いがいの皆もそれをわかっているのか、つらそうな表情を浮かべている。
重苦しい雰囲気に皆飲まれたのか、声をあげるものもなく。
「主さーん! 今大丈夫とー?」
その沈黙を破ったのは、アマツの念話だった。
あ! そうだった! まだ戦いは終わってなかった!
「こっちは大丈夫だ! どうした? 魔力切れか!?」
「ううん、虫たちが突然こなくなったんよー」
急いで監視ウィンドウから水路を見てみれば、確かに虫たちがいなくなっている。
水路出口にあるプールにカメラを移すと、まだ虫たちはいるようだが壁や床に張り付いて水路に入ってくる様子は見せない。時折飛ぶ虫がちらほら見えるが、自由に飛んでるだけという印象しかない。
「今の所はいってくる様子はないな」
「主さん達はあいつをやっつけたかや?」
「ああ、やっつけたぞー。アマツ、良く命令を守ってくれた。偉いぞー」
「えへ~」
監視カメラ越しに見えるニパッと笑うアマツの笑顔は、沈んだ俺の心には特効薬のように染みわたってくる。
気持ちを切り替えて入り口付近を見てみると、あれだけいた虫たちがほとんどいなくなっており、新しく入ってくる虫たちもいなかった。
後はダンジョンに居る虫たちを全部処理すればようやく終わるのか。
「アマツ、魔力はまだあるか?」
「少し休めばいけるっとよー」
「よし、じゃあ休みながらでいいから残った虫を流していってくれ。水場が必要なら用意する」
「はーい」
「いい返事だ、終わったらなんかご褒美を出してやろう」
「やったー! 頑張るさねー!」
アマツのやる気に満ちた声を聴いて念話を切る。大分いやされたわー。
そうだな、虫怪人に圧倒されて気がめいっていたが、結果だけ見れば今回も全員生存。罠を食われたり回復薬を使って消費した分も、虫を流したことでペイできるだろう。
となれば……
「よし、決めたぞ!」
手を二回たたいてこちらに注目させる。
「マスター、突然大声を出して何を決めたんだい?」
「聞いて驚くなよ。DPを使ってパーっと戦勝会するぞ!」
一瞬の沈黙が場を支配した後、意味を理解できたのか黄色い歓声があがり、暗かった雰囲気が一気に吹っ飛んだ!
「じゃあ、私はカレーが食べたい! 今度はライスで!」
「いいぞ、しっかり食え。なんならナンとラッシーもつけよう」
しっぽをブンブン振って喜ぶコアさん。
普段のクールな姿もいいが、こういう一面を見せるからこの人はかわいいんだ。
「私はワインをたくさん飲みたいですー!」
「よし、じゃあワインのフルコースだ! おかわりもいいぞ」
「わぁ! ありがとうございますー!」
手をアゴの前に合わせて喜ぶククノチ。この二人は以前にも参加したことがあるからか、素直に欲しい物を言ってきた。
「オルフェ、おまえは何がいい?」
「え? えーとぉ、僕は……ククノッチが育てた野菜を使ったサラダと蒸し野菜をたくさん食べたいなぁ。できれば、コアさんがこの前作ってたドレッシングをかけて食べたいよぉ」
ククノチとコアさんを交互にみながら、オルフェは少し申し訳なさそうに食べたい物を言ってきた。
そういえば、オルフェはDPで出したケーキや酒よりも、ククノチが作った野菜の方を好んでよく食べていたな。
「いいですよー。好きなだけ収穫してくださいー」
「私もかまわないよ、たくさん作ってあげよう」
「やったー!」
機嫌のいいコアさんとククノチが快く賛成すると、オルフェは満面の笑みを浮かべ両手を上げて喜ぶ。
これだけでもオルフェは満足だろうが、ここでさらに一押しつけてやるとするか!
「ふむ、なら地球のドレッシングを何種類か出してやろうか?」
「えっ!? いいの!?」
「おうよ、喜ぶのはオルフェだけじゃないからな、そうだろうコアさん?」
話を振ってみると、しっぽを横に振り、首を縦に振って肯定するコアさん。
「ドレッシングも種類がたくさんあるようで悩ましいね。ゴマに青じそ、それにシーザードレッシングをリクエストさせてもらうよ。オルフェもそれでいいかい?」
「僕はドレッシングがどんなのかわからないから、コアさんに任せるよぉ!」
「よし、後はアマツ用にパフェでも出せば十分かな」
アマツは甘いデザートならなんでも喜ぶからな。今からものすっごい笑顔でひたすらパフェをぱくつくアマツが容易に想像できらぁ。
管理ウィンドウを開いて、戦勝会で使うDPの見積もりを出してると、不意に俺の肩に誰かの手が乗せられた。
振り向いた先にはものすごいいい笑顔を浮かべ、しっぽをブンブンふるコアさんの姿が!
「そのパフェはもちろん私たちの分も出してくれるんだろうね?」
見える! 笑顔の裏にノーとは言わせない大妖怪のオーラが!
「お……おう、もちろんだ」
ぎこちない笑顔でサムズアップを返すと、コアさんもにっこり笑ってサムズアップを返す。
「それはよかった。じゃあ私たちはパーティの準備をするから、マスターはアマツのサポートをお願いするよ」
「おう、わかった」
ニッコリ笑顔のままコアさんがオルフェとククノチを促して、広場を後にする。
パフェを知らないオルフェがコアさんに聞いて、答えが返ってくると、ククノチと合わせて歓声が返ってきた。
好みはそれぞれ違くても、甘い物は皆好きらしい。俺もな!
「よし、始めるか」
一人残された俺は、アマツのサポートをするために管理ウィンドウを開き、アマツと連携を取ってダンジョンに残る虫を一匹残らず流していく。
その合間に拡張ウィンドウを開いて、アマツ用の”ご褒美”を作っておこう。