5-18 vs 虫怪人3
虫怪人の攻撃モーションが見えた瞬間。現実の俺は魔力を練りこみまくった障壁を張り、一撃を受け止める!
拳が障壁に触れたとき、拳圧ともいうべき衝撃が障壁を貫通して俺の身に降りかかってきた!
「ぐっ!」
足に力を込めて必死に踏ん張る! が、上半身が衝撃に押されて仰け反り、体が衝撃に乗って足が地面から離れそうになる。
だが! その対策はすでにできている!
「ククノチ! 引っ張ってくれ!」
「はいー!」
合図とともに地面から下半身に巻き付き、腹までぐるぐるに巻かれていたククノチのツタが締まり、下半身を地面に固定する!
ちょっと苦しいがここは我慢!
衝撃が俺の体を貫通し、後ろに流れる。
よし! 耐えきったぞ! 俺は障壁を維持したまま、ゼロ距離で虫怪人の前にいる!
これで条件は全て整った! 残った魔力を全てつぎ込み、障壁で虫怪人を包むオリをイメージ!
瞬間、現実にも虫怪人を中心に障壁のオリが出現する!
「これでとらえたぁ!」
叫んで手を握りしめる!
合わせて障壁が縮まり、虫怪人を拘束し動きを封じ込める!
虫怪人はなんとか逃れようと体を動かそうとするもビクともしない。この近距離で魔力を全部つぎ込んだんだ。早々やぶれてたまるかよ!
障壁の維持をしながら首を斜め後ろに振り向く。
そこにはククノチに抱きかかえられ、腕に回復魔法を受けるコアさんがいる。
どうやら虫怪人のタックルを両腕で受けたために大ケガを負ってしまったが、それ以外は守り通したようだ。だから意識はあるし命に別状はない。
「本当によくやってくれた。後は任せてくれ」
「こんなナリじゃあね。後は任せたよ」
弱々しいがほほえんでくれた。
苦し紛れに出した狐火、あれは幻術を隠すための目くらましだったんだな。
コアさんが虫怪人に吹っ飛ばされた後から、虫怪人の動きはおかしかった。俺は指示をだしてからずっと魔力を練るのに集中していて矢を撃ってはいない。
ところが近づいてくるあいつは矢を払ったり避ける動作をしていた。ここで幻術にかかっている事に気が付いた。
後はコアさんを信頼して虫怪人の攻撃を受け止めただけだ。もし、普通に体を固定して障壁で受けただけだったら、あいつは反撃を警戒してすぐに距離を取っただろう。
だが、コアさんが見せた幻のおかげかあいつはすぐには動かなかった。そのおかげで閉じ込めるのに間に合ったというわけだ。
コアさんは見事に俺の”命令”に答えてくれた。そしてククノチも俺を固定するという”命令”に答えた。後は――
「オルフェ! いまだ!」
「オッケー! ご主人!!」
俺の合図で地面に倒れていたオルフェが飛び起き、こちらに向かって地を蹴る!
ウチの中で一番頑丈なオルフェが一発でやられるはずがない。そう思って彼女には”合図するまで気絶した振りをしろ”という命令を送っておいたのだ。
実際地面をバウンドするほど吹っ飛ばされたからか、ところどころ服がすり切れ出血もしている。
だが、それ以外にケガらしいケガはしていなさそうだ。
そういう風に呼び出したけど、どんだけ頑丈なんだお前は! まぁ今回はこの頑丈さが役に立ったからよし!
「後頭部を狙え!」
助走をつけてオルフェが跳んだのにあわせて、虫怪人の後頭部部分の障壁を消す!
「お返しだぁーーー!」
助走の勢いのままに、オルフェが膝を伸ばし虫怪人を障壁に押し付けるように後頭部を蹴りつける!
瞬間。轟音と共に障壁を通じて今まで体験したことのないほどの横向きの重力が体全身にかかる!
「ふんぬらばぁぁぁーーーー!」
虫怪人の拳以上の衝撃を全身に受けながら、目を閉じ歯を食いしばりククノチのツタと踏ん張りで耐える!
今の俺なら新幹線だって受け止めてみせらぁ! そんな気迫を持って衝撃が抜けるまでの時間を耐え抜く。
横向きの重力は徐々に弱くなり、やがてなくなった。
ずっと歯を食いしばったままだった事にようやく気が付いて口の力を緩める。合わせてゆっくり目を開ける。
まず見えたのはもうすぐにでも割れそうな程ヒビが入った俺の障壁。次に虫怪人の後頭部から生えているかのように跳び蹴りの姿勢のまま動かないオルフェ。
最後に、障壁とオルフェの蹴りに挟まれ、顔面をほぼつぶされた虫怪人が見えた。
魔力切れに加えて頭の中から障壁のイメージが消えたからか、現実世界にある障壁が消える。
拘束されていた支えがなくなったからか虫怪人がぐらりと動き、それに合わせてオルフェが後頭部を軽く蹴って飛び上がり、空中で一回転して着地する。
虫怪人はそのまま前に倒れ……るかと思いきや、その場に踏みとどまる!
おいおい、ウソだろ!? 顔面どころか頭だってほぼつぶれてんだぞ!?
無意識に一歩下がろうとして、下半身がツタに巻かれていて下がれないことに気づく。
その間に奴は奮起するように身を起こす。
そのまま右手を振り上げ俺に殴りかかってきた!
あっ。ヤバイ。ツタで後ろに下がれないし、障壁も魔力切れで出せない。おまけにあいつのパンチはまだ死んでない!
脳がここまで結論を出した時、体が反射的に左前方に傾く。
虫怪人の右パンチが耳をかすめて、俺の頭があった場所を通り過ぎた!
万全のこいつだったらすぐさま次の攻撃動作に移っていただろうが、避けた俺が見えてないのか右パンチを振り切って大きなスキをさらしている!
体を前方に傾けたまま、カウンターの要領で右パンチを前に全力で繰り出すと虫怪人の胸辺りに命中した!
そのまま右腕に力を込めて虫怪人を押し飛ばす!
2メートルほど飛ばしたところで虫怪人の足が地面につき、そこから1メートルほどで勢いを殺されて止まってしまった。だが、虫怪人は体勢を崩している。この距離は俺の間合いだ!
腰の矢筒から矢を取り、弓につがえる。
こうなったら虫怪人が倒れるまでひたすら撃つのみ。
この距離なら魔力誘導や狙撃スキルがなくたってはずしはしない。
一射――虫怪人の首をつらぬき、虫怪人が頭を傾けさらに一歩さがる!
二射――砕けた額に命中し頭をぬき、矢の勢いに押され虫怪人が軽く仰け反る!
三射――顔の真ん中をとらえ、さらに矢の生け花を増やす。
虫怪人の足が地面から離れ、仰け反った体勢から仰向けになっていき、その体格に見合う地響きを立て、虫怪人は頭から倒れ伏した。
しばらく四射目がすぐ撃てるように虫怪人に向けるも、指一本動かす様子はない。
弦を引いていた右手の力を緩め、矢を弓から離す。
そのまま矢を半回転させ、刀を納刀するように矢筒に戻した。
虫怪人が倒れた時に舞い上がったチリが少しづつ地面に落ちていく。
チリが全て地面に落ちた時――ようやく戦いに勝ったという実感がわいてきた。
一人称で他人がかけた幻術が効いてる相手を表現する難しさよ。