5-14 中水の陣
「よし、みんな集まってるな」
ポータルを抜けてコアルームに入ると、先に来ていた仲間たちが一斉に視線を向けた。
「今回入ってきたのは沢山の虫だ。地球じゃ蝗害って呼ばれてるやつだな」
「ううー。できれば近づきたくないですー」
簡単に蝗害の事を説明してやると、特にククノチが身震いして顔を青く染める。
「あの大群に俺たちが真正面から迎撃しようとしたら、多分5分で全員やられる」
残念ながら俺たちの中に、大群に対して有効打をもってる奴はいない。数で押し切られたら5分持つのかも怪しいというのが俺の見解だ。
「じゃ、じゃあ早く逃げないと!」
「いや、それもダメだ」
どこに行くのかは知らないが、とにかく逃げ出そうとするククノチを手で制す。
恐らく海中に避難所を作れば俺達5人はやり過ごせるだろう。だが、それをすると迷宮の胃袋に蓄えてある食料を含め、海洋資源を除くすべてが食い散らかされる。
そうなればこのダンジョンを維持なんてとてもできやしない。できなきゃ死あるのみだ。
「ええっ! なら、食料庫を動かせばいいのではー!?」
「うん、最初は俺もそうしようと思ったんだけど」
ダンジョンの拡張ウィンドウからコアルームと食料が保存してある迷宮の胃袋を、安全な場所に移動させようとしたら、なんか数日かかりますっていう警告がでてきた。こんなに時間がかかってたら間に合うわけがない。
「コアさん、これどういう事かな?」
「どうやらダンジョンの規模が昔と比べて遥かに拡大した上に、今は大量の虫が入ってきてるから処理負荷がかかっているようだね」
処理負荷って、データを詰め込み過ぎて動作が重くなったパソコンのようだな。
「なんで言わなかった?」
「昔は気にする必要がないほど、処理は軽かったからねぇ」
あさっての方向を向いてとぼけるコアさん。久方ぶりの「聞かれなかったから言わなかった」である。
ここで追及しても何もならない。口笛を吹く真似をするコアさんからククノチの方に視線をうつし、拝むように手をあげ、
「まぁ、そんなわけで移動させるのもできない。すまんな」
俺の軽い宣言を受けて、ククノチは顔を真っ青にしてひざをついた。
「うう、もう終わりですー! 短い人生、いやドライアド生でしたー!」
「まぁ落ち着けよククノチ。打つ手がないわけじゃない」
地面に頭をつけて泣き叫ぶククノチをなだめながら、視線をククノチの横に向ける。そこに立っていたのは……
「そう、この状況でなんとかできる可能性があるのはお前だけだ。アマツ」
「えっ!? うち!?」
名指しされるとは思ってなかったのか、目を見開き自分を指さして反応するアマツ。
「そうだ、この前作った水路プール改め第三防衛ライン。そこで止めるしかない」
そんなアマツの両肩に手を置いて、自分を見つめる奇麗な蒼い目を見つめ返す。
「あそこには今、海水を流している。お前の水魔法と雷魔法があれば、あの大群を完封できるはずだ」
本来なら完全に水没させる事ができればベストなんだが、設備以外のもので永久に封鎖するのはできないと聞いている。
だから今の水路には、ある程度の空気が通っている。当然あの虫たちはその部分を飛んでくるだろう。そこを狙って流していけば勝機はあるはずだ。
「お前の働きにこのダンジョンの命運がかかっている。頼んだぞ!」
「うん! うちに任せるっちゃ!」
俺の激に胸を叩いて答えるアマツ。子供が背伸びしてるようにしか見えないが、今はとてつもなく頼もしく見える。
アマツがやる気に満ちあふれたのを見て、アマツから視線をはずし周りを見渡す。
「俺達は全力でアマツのサポートをするぞ」
ダンジョンモンスターはDPを消費することで無食事・無睡眠で動けるとはいえ、疲労はするし魔力を使いつづければ枯渇もする。
今回は恐らく長期戦になる。DPや魔力回復薬の供給など、できることは全部やらないとな。
コアさん、ククノチ、オルフェに指示を飛ばすと、うなづいて了解の意を示してくれた。
「よし、じゃあ作戦開始だ。今回もみんなで生き残るぞ!」
「はい!」
俺の号令とともに、皆は持ち場に向けて走っていった。
♦
水路の終着点の広場に座り、逐一虫たちの動向をチェックする。
監視ウィンドウから見る限り、虫たちが途切れる様子はない。こんなのダンジョンの外ではどうやって対処してるんだろうか?
入り口付近は最初に見た時より虫の密度はさらにマシマシで、もう埋め尽くされてよく見えやしねぇ。
数の多さにげんなりしながらも、水路入り口でぷかぷか浮いているアマツに視線をうつす。
「アマツ、先頭集団がそろそろ水路に差し掛かる。準備はできてるか?」
「いつでも行けるっちゃよー! 体から力がみなぎってるけんね!」
この作戦はアマツが倒れたら終わりだから、余剰分のDPをアマツに入れて魔力や持久力を強化してみた。結果、突然のパワーアップがギャップとして錯覚させているのかもしれない。
なじむまでは時間がかかるだろうが、戦いながら慣れてもらわないとな。
「そうか。これは持久戦だから力の出し方はちゃんと加減するんだぞ」
「はーい」
アマツにとってはこれが初陣だから不安だ。不安ではあるが今はその自信にすがるしかない。
「でも、お前に渡した魔力回復薬は必要だと思ったら迷わず飲むんだぞ」
「はーい」
返事が軽い。緊張してるのは俺だけなんだろうか?
アマツには事前に魔力回復薬が入ったウエストポーチを手渡している。サイズもさほどではないので、この程度なら泳ぐのに支障はないだろ。
こうしている間にも虫はどんどん進んでいき――
「アマツ。先頭集団が水路に入った」
「はーい、もうすぐっちゃねー」、
まぁ、水路に入ったっていってもこの水路はかなり長いので、ここに来るまでにはまだ余裕がある。ここの攻防のタイミングはアマツに一任してるから、俺ができるのはアマツに情報を伝える事しかない。
ある程度の進行状況を教えたところで、浮いていただけのアマツが姿勢を直し目を閉じて集中を始める。
それだけで場の空気に緊張がまざり、常に一定のはずのここの気温も心なしか肌寒く感じる。
いや、これは俺も緊張してるだけかも知れないが。命がかかっているやり取りをする前は何度体験しても慣れそうにない。
水路の奥の方から水以外の音がかすかに聞こえる。それは時間がたつにつれて徐々に大きく、不快な大量の羽音となってこちらに向かってくるのが否が応でもわかる。
「いよいよか。アマツ、武運を祈る」
俺の呼びかけにアマツは答えない。だがこれでいい、もう完全にこれからの事だけに集中してるからだ。
ならもう実況をする必要もない。必要な時が来ればアマツは勝手に動くだろう。
監視ウィンドウを閉じて水路の奥を目を細めてじっと見る。普段なら魔法の明かりに照らされて奥まで見えるはずの水路は、奥から徐々に黒く見えにくくなっていく。
……ついに来たか。
羽音も水路に反響し、とてつもない音となって俺の鼓膜を揺らし続ける。これだけでもすごいうるさいし、かなりのプレッシャーだ。虫嫌いならこの音だけで発狂するんじゃないかと思える。
アマツは目を閉じたまま、まだ動かない。急かしたい気持ちをぐっと抑えてアマツを信じて待つ。
待って……待って……待って……まだか?
虫たちの距離が詰まり、アマツを信じたい気持ちと動かないアマツに焦れそうになる気持ちが半々くらいになってきたその時、アマツがゆっくり右手を上げる。
合わせて水路の水が持ち上がり、やがて水で水路が完全に塞がった。
その厚さは1メートルくらいほど。虫たちにとって巨大ではあるが突破ができないほどでない水壁が立ちふさがる。
何を考えているか、または何も考えてないかは知る由もないが、虫たちは速度を落とさず水壁に突っ込んでいく。その勢いのまま半分ほど水壁の中を進み――
「よし! いくっちゃよー!」
声に合わせてアマツが電気をまとう!
それだけで海水に電気がほとばしり、水壁を泳いでいた虫たちが感電しけいれんを起こし、動かなくなる。
それが、背に水を向けて退路を断つ”背水の陣”どころか水中で戦う作戦名”中水の陣”の始まりだった。