5-EX1 異世界からの来訪者1
食材に豚肉、そしてスパイスが増えた事でコアさんが作った昼飯は地球なら万札を出しても食べたいレベルまで昇華したと思う。そんな飯を実質タダで食える俺は幸せ者だ。
今日の午後はやることもないし、この幸せをかみしめたまま森林エリアで昼寝としゃれこもう。
ダイニングルームから森林エリア中央にあるククノチの樹まで、腹ごなしがてらに歩いて寝転がる。
目を閉じ管理ウィンドウから気温や風速を操作して、昼寝に最適な環境を整えてっと。
優しいそよ風が実に睡魔を誘ってくる。幸せだなぁ。
「マスター」
おっと、コアさんからの念話だ。
「おーう、どうした? コアさん美味い昼飯をありがとう、俺はこの幸せを抱いて昼寝したいんだ」
暗に面倒ごとは後にしてくれという意味を忍ばせて返答する。
「そうさせてあげたいところなんだけどね、侵入者だ」
……なんだと!?
睡魔を無理矢理押し殺して飛び起きる。
今まで来た連中は例外なく敵意があるやつだったからな、今回もそういう前提で進めた方がいいだろう。
侵入者は現時点で唯一俺たちの暮らしを崩壊させる危険性がある。故に最優先で対処しなければならない。
「ククノチ、オルフェ、アマツ。侵入者だ、作業を中断してコアルームに集合。コアさんも頼む」
念話で他の場所にいる仲間たちに伝える。
ウチのダンジョンのルールとして、ダンジョンモンスターを呼び出すほど維持費がかかるから防衛のためだけにモンスターを呼び出す余裕はない。だから普段はダンジョン内に用意した農地や草原で農作業や畜産をやってもらっている。
まぁ、さほどやる事もないのでこの時間なら遊んでた奴もいるだろうが……
とりあえず侵入者を確認しよう。監視ウィンドウを開き、ダンジョン入り口側からカメラを移動させて……いた! 侵入者は一人と一匹か。
一人の方は白金色の杖を持った、玉子色のロングヘアをポニーテールにした女性。そして何より目に付いたのは尖った耳。ほほぉ! これはもしやエルフと言われるやつではないですか!?
一匹の方は青い鳥で女性の肩に乗れる程度の大きさをしている。
「コアさん! エルフだ! この世界にもエルフがいたんだな!」
ようやく、ようやく! 会話ができそうな種族に合うことができた! コアルームに向かう足も軽やかに走る速度も自然に上がる!
「いや……違う。マスター、あれはこの世界の生物じゃない!」
「え? どゆこと?」
予想外の返答に思わず歩みを止める。
「うん、ここに入られて感じ取ったものがなんか違うんだよ」
「それはつまり……俺みたいに異世界から召喚されて来たって事か?」
「そこまではわからないよ。それよりどうするんだい?」
そこなんだよな問題は、異世界から来たのならなおさら相手の目的がさっぱりわからん。平和的な理由だったらいいんだけど、もし侵略が目的だったら全くの未知と戦う事になる。
かといって先制攻撃をしかけたら、話し合うチャンスをこっちから潰すことになる。
……。
「よし、まずは話し合いが通じるかやってみよう。コアさんは俺の隣りに、他のメンバーは決裂した場合にそなえて、スポーンポイントから背後に回ってくれ。ただし、こっちからは絶対に手を出すなよ」
今も監視しているが敵意があるようには見えない。どうか見た目通り平和的に進んでくれよ?
♦
異世界から来たと聞いて不安だったが話し合いが通じた。よかった、戦争は回避されたんや。
話が長くなりそうなら座ってもよかったが、今いる場所は洞窟風になっているので座る場所がない。
なんで日本語が通じたのはわからないが、向こうが翻訳してくれたと思っておこう。
彼女たちの目的を聞いたところ、どうやら異世界に散らばったものを探しているらしい。
仮にこの世界にあるとしても、俺たちはこのダンジョン周辺の事すらよくわかってない。だから異世界からの探し物なんぞ知るわけない。
ぶっちゃけ正直話半分くらいで聞いていたんだが……
探し物は世界を作るアイテム、しかもその中に宝石があると聞いて一つ心当たりができてしまった。
俺の隣で一緒に話を聞いているコアさんの本体……すなわちダンジョンコアだ。
ウチのダンジョンコアはダンジョン内限定とはいえ、まさに聞いたような事ができてしまう。あらゆる世界を作り、ダンジョンモンスターとして生命を作り出している。
万が一。本当に万が一彼女たちの探し物がダンジョンコアだった場合、当然彼女たちは持ち帰ることになるだろう。
その場合ダンジョンマスターとして作られた俺はどうなる? それにせっかく作ったこのダンジョンは消えてしまうのか?
それを踏まえると、ここはシラを切ったほうがいいのかもしれない。
「マスター」
メルロンドと言ったか? 彼女が説明している間、俺がちらちらコアさんの方を見ていたからか、コアさんが察して俺の方を向く。
「おおかた私が彼女たちの探し物なんじゃないかって思ってるんだろ? それは絶対ないと断言するよ」
そっか、それならよかった。
だが、メルロンドが俺たちの会話に興味を持ったのかダンジョンの事について聞いてきたので、ウチのダンジョンでできる事を説明すると、ダンジョンコアを見せてほしいと頭を下げてきた。
多分断ったら土下座もしそうな勢いでだ。
いや土下座されてもなぁ。敵意がないのはわかったけど、部外者をコアルームに入れるのは別問題だ。それは俺たちの心臓を握られるにも等しい。敵意がないだけじゃいれる理由にはならない。
「いや、それは早計だと思うよマスター」
お断りして帰ってもらおうとしたところ、待ったをかけたのはコアさんだった。
「彼女たちは異世界から来たんだよ、当然私たちが知らないことを知っているだろう。例えば食べ物や料理とかね」
”食べ物や料理”という部分を特に強調してコアさんが話を続ける。
「それをダンジョンコアを見せるだけで聞けるとしたら、それは私たちにとって益になるはずだよ」
確かに。食べ物だけじゃなく異世界で見た能力や生き物の事を聞ければ防衛の役に立つし、他にも参考にできそうな事は多そうだ。
それにコアさんの援護射撃を得たメルロンドが必死に”私たちは安全です”アピールをしている。彼女の肩に止まっている青い鳥はあきれたような雰囲気を出しているが……
そうだな、ここで強行突破をしなかったから、コアルームに入れても問題はなさそうだ。何よりコアさんがコアルームに彼女達を入れる事を嫌がっていないなら、俺が過度に心配することもない。
「でも、私の本体であるダンジョンコアには触らないでもらえるかな? それだけ守ってくれれば私は構わないよ」
ダンジョンコアはほぼ間違いなく彼女たちの探し物ではないが、見せた以上は異世界の事を話してもらうこと、そして注意事項をコアさんが説明するとメルロンドと青い鳥のシェルフィがゆっくり頷いた。
「よし、それでは今からあなた方は、我々の大切な客人だ! ククノチ! オルフェ! アマツ! カモン!」
「はーい」
2回手を叩いて名前を呼ぶと、客人の背後に伏せておいた三人が小走りでこちらに向かってくる。そしてメルロンドさんとシェルフィさんの横を駆け抜けると俺の前に並んで立つ。
……メルロンドさん達にとっては、一本道の後ろから突然現れた形になるはずだがまったく驚いてない。ということは三人が後ろにいた事に気が付いてたな。
成程、相当数の場数を踏んでるというのは間違いない。ケンカを売らなくてよかった!
「ウチのメンバーを紹介しよう。まずはククノチ。ネコミミがついてるけど彼女はドライアドだ」
「よろしくおねがいしますー」
いや、ネコミミがついてることに驚かないでよメルロンドさん。これにはふかーいわけがあるんだからさ。言わないけど。
「彼女はドライアドの特性をいかして、森林の管理や野菜を育ててもらっている。ククノチ、食べ頃の野菜や果実を見繕ってくれないか?」
「お任せくださいー」
仮にメルロンドさんがヴィーガンだったとしてもこれなら大丈夫だろ。まぁ、聞いてみたところ特に制限なく、なんでも食べるという事で無駄な心配だったが。
「で、次にこのウマミミがついてるのが馬頭のオルフェだ」
「オルフェです。よろしくー!」
オルフェがメルロンドさんの手を取り、ぶんぶんと手を振る。
うん、誰がなんと言おうがこの活発な子は馬頭なんだよ。ウチのシマじゃ馬頭はこうなんだよ!
だからそんなに驚かないで!
「あー、彼女には畜産を担当してもらっている。オルフェ、お肉の準備は任せたぞ」
「はーい、任せてよぉ」
これでお肉の準備もOK。
「で、最後にこの子がアマツ。今は人型だけど彼女は人魚なんだ」
「ウチはアマツっちゃー! よろしゅー!」
ややオーバーアクションだが笑顔を振りまいて挨拶するアマツ。
メルロンドさんの視線がアマツに移り、顔からやや下の所に視線を移してからまったく動いてない。大体身長は同じくらいなんだが、今メルロンドさんが凝視している所は違いすぎている。
「えーと、まぁ、人魚だから予想はついたと思うけど、アマツには海で魚達の世話をしてもらってるんだ。アマツ、活きのいい魚を何匹か頼んだぞ」
「任されたっちゃー!」
アマツが手を上げて返事をしたときに『差分』が揺れ動く。メルロンドさんの表情がどんどん悲痛な顔になっているが、空気を読むのが苦手なアマツは気が付いてない。
「マスター、アマツが最後じゃないよ。私も改めて自己紹介させてもらうから」
洞窟の停滞した空気に陰鬱がまざりかけていた時、コアさんが一歩踏み出してその空気を破った。
「私はダンジョンコア。本体は奥の部屋にあるコアだけど、この姿は隣りにいるケモミミ好きに妖狐の姿を作ってもらったのさ」
握手をしながらも”姿を作ってもらった”というところにメルロンドさんが反応し、コアさんの全身をじっくり見るように顔を上下に動かしている。
コアさんは一番最初に召喚というか作ったダンジョンモンスターだからな。俺の好みが存分に入ったほぼ理想形と言っていいプロポーションの持ち主である。本人はあんまり気にしてないけど。
「それで、コアさんにはウチの料理全般をやってもらってるんだ」
メルロンドさんがまた沈みかけてたので、強引に話題を切り替える。
「君達には利益がない交換条件を飲んでもらったからね。私の料理が異世界からきた貴方たちの舌に合うかはわからないけど、精一杯おもてなしさせてもらうよ」
話を聞いた限りではビスケットや紅茶をたしなんでいるらしい。ということは同じ人型ということもあって味覚に大きな違いはないとみた。
で、あればウチの三ツ星シェフであるコアさんの腕前が異世界に通用するか試すいい機会だろう。
と、ここでククノチがこちらを見て手を上げる。
「あ、ご主人様ー。今日はメルロンドさん達の歓迎会なんですよねー?」
「うん。何が言いたいかわかったけど、続きをいいなさい。」
「はい、歓迎会ならお酒は必要ですよねー!」
うわぁ、ものすっごい笑顔だよ。
それはお前が飲みたいだけだろう。だが、ククノチのこのセリフに気が付いたのか、
「はい! はい!」
「はいそこ、アマツくん」
何が言いたいのかは聞かなくてもわかるけど、手を上げながらぴょんぴょんジャンプするアマツを無視することなど俺にはできない。
「ケーキ! 歓迎会にはケーキも必要っちゃ!」
アマツは自分の歓迎会の時に食べたケーキの味が忘れられないらしい。
酒もケーキもまだウチのダンジョンで作る事はできないので、俺がDPを変換しないと手に入らない。
絶好の口実を手に入れたからか、ここぞとばかりにアピールしおって……
「ケーキ! お酒! ケーキ! お酒!」
二人のコールを受けている間にコアさんがメルロンドさんを懐柔したらしく、気が付いたらメルロンドさんもコールに混ざっておる。
一方鳥の方はサジを投げたような雰囲気を出しているが、止める気はないようだ。
「わかった。わかったから! お前ら、メルロンドさんに感謝しろよ?」
「ありがとーございまーす!」
まったく、反対なんかしてないのに俺が悪者みたいだったじゃないか。
ともあれこれでお互いに自己紹介も済んだ。
「じゃあ、皆はスポーンポイントを使ってパーティの準備を頼む。俺はゲストの案内をするから」
俺たちはダンジョン内を一瞬で移動できるスポーンポイントが使えるが、部外者であるメルロンドさん達は当然使えない。
この先には危険なワナもしかけてあるし、案内役は必須だ。
「では、行きましょうか」
スポーンポイントに向かったケモミミ娘を見送った後、メルロンドさんを連れて歩き出した。
♦
淡い魔法の光が足元を照らす防衛エリアを、雑談をまじえてゆっくり歩く。
そういえば要所まではスポーンポイントで移動してるから、防衛エリアを歩くのもすごく久しぶりだ。
敵が移動してる間に防衛を整えるために作ったこの長い距離も、話題に事欠かない今ならちょうどいい。
すでに俺からは召喚された事も含めて地球の事も話し、代わりにメルロンドさんが体験したいろんな世界の生物や魔法の事を聞くことができた。
うん! 話を聞けてよかった! メルロンドさんは俺が想像すらできない世界や現象をたくさん体験している!
これで、聞いた範囲なら対応を考えておくことができる! 基本的に負けたら終わりの戦いを強いられてる俺達にとっては値千金と言っていい。
助言してくれたコアさんには感謝しかないな。
話題が魔法の話になった頃、通路を抜けて広い空間に入った。
ここはかつて筋狼族を完封した崖が静かに鎮座している第2防衛ラインエリアである。
「ここは防衛ラインの一つで、見た通り侵入者が崖を上っている所に攻撃する事をコンセプトとして設計されています」
メルロンドさんに説明しながら崖の片隅に向かって歩き、崖に手をつく。
「つまり、本来ならメルロンドさんにもこの崖を上ってもらう必要がありますが……」
しゃべりながら練っていた魔力を発散させると、俺の眼前に膝の高さ位までの障壁というかコンクリート製の車止めみたいなものが現れる。
「今回は私の障壁魔法で階段を作りますので一緒に登ってください」
障壁を踏みながら手招きし、メルロンドさんが障壁に乗ったタイミングに合わせて同じように膝の高さに合わせて障壁を作る。これを繰り返せば即席の階段になる。
「先ほど説明した通り、この世界の魔法は詠唱が要らない代わりに術者から離れるほど効果が薄れてきます。私にはまだ一度に階段を作れる程魔力がないので、登って消して出してを繰り返して階段の代わりにします」
メルロンドさんが今までに渡ってきた世界には詠唱があったり呪術的だったり方法は違うが、魔法が存在する世界はいくつかあったらしい。
崖をあがったところで今度はメルロンドさんが魔法を見せてくれた。右手を肩の高さまで持ち上げた後、短い詠唱をすると、てのひらに光の玉が浮かぶ。これは初級の光魔法とのこと。
彼女が右手を下ろしても光の玉はその場にふわふわ浮いたまま動かない。聞いたところ大体1時間は術者が離れてもこのままらしい。
詠唱はないが離れると消えるウチの魔法と、詠唱が必要だが距離減衰がないメルロンドさんの魔法は使い分ければ応用の幅が広がると思うけど、はたして我々にもできるのだろうか?
「コアさん、今メルロンドさんがやった魔法ってできそう?」
こっちの魔法の事ならコアさんに聞くのが一番。というよりコアさんしか詳しくない。
コアさんはダンジョン内ならどこでも聞き耳を立ててるはずだからこの会話も見聞きしてるはず。
「うーん、私達の魔法とは何かが根本的に違うと思う。だから仮に詠唱が完璧にできても、魔法はでないと思うよ」
そっか、魔法って一口で言っても大本の仕組みが違うとできないか。
コアさんとの会話を終えてメルロンドさんの方を振り向く。けげんな顔をしているがそういえばまだ説明してなかった。
「ああ、コアさん。あの妖狐は元がダンジョンコアだからこのダンジョン内の事ならどこで何が起きても見聞きしてるし、マスターやダンジョンモンスターの脳内に直接話せるんですよ」
まぁ、離れてても会話できるのはなにかと便利だから、俺とダンジョンモンスターも念話で会話できるようにしたけど、ダンジョンコアとはずっと初対面の時と同じ方法で話をしている。もうこれは癖ってやつかな?
俺の説明にメルロンドさんがうなづく、一応の納得は得られたようだ。
「ところで、他にどんな魔法があるのか教えてもらってもいいですか?」
そのままマネができないなら、せめてこちらの手順で再現できそうな魔法がないか聞いてみよう。
雑談を交えながらまだ遠いコアルームに向かって、俺たちはゆっくり歩いて行った。
今回は1000P記念という事でコラボ会
乾 隆文様の「プロジェクト・ストラベル」に参加させて頂きました。
https://seesaawiki.jp/project-storavel/