5-12 品評会
ククノチは俺の尻を治してくれた後、まだやることがあるらしく農業エリアに戻っていった。
こんなくだらないことで呼び出してすまねぇ。
立ち上がり、軽く尻を叩く。さすがククノチだ、もう痛くもなんともない。
「ご主人、なんていうかごめんなさい」
「いやいや、俺がやれって言ったんだし謝る必要はないぞ」
オルフェが動くとこまではわかったんだがなぁ。そこから先が速すぎて、障壁張る前に尻に蹴りが入ってしまった。
「それよりお前、召喚した時より大分速くなったんじゃないか?」
そう、そこだ。召喚した数日後に実力を把握するために模擬戦や体力測定をしたけど、その時はこんなに蹴りは速くなかった。
だからこそ、障壁で受け止められると思ってオルフェにお願いしたんだけどなー。
「んー、暇なときは体を動かしてるし、蹴りの素振りもしてるからかなぁ?」
成程。召喚した時より体が鍛えられたからと考えれば納得できなくもない。
少々強くなりすぎてる気もするが、心当たりはある。DPによる身体強化、特に筋力はベースとなる筋肉が強いほど比例して強くなる。
後はそこに種族差を入れれば到達できる領域なんだろうな。馬頭という身体能力にすぐれた種族の伸び幅を見誤っていたようだ。
「とりあえず次はもう少しゆっくりお願いします」
「うん、わかったよぉ」
訓練の話が終わったところで主題に戻ろう。
「でだ、お前の悩みの方も解決でいいんだよな?」
豚たちのいる方を指さす。
あっちも蹴られたダメージが回復してぶひぶひ鳴いて動き回っている。おまえらほんとにたくましいなぁ。
「うん、ありがとうご主人!」
いい笑顔でサムズアップするオルフェに俺もサムズアップを返す。
うん、いつものオルフェが戻ってきた。
問題が解決したところで、改めて草原エリアにいる豚たちを見る。
豚が多産なのは知ってたけど、実際目の当たりにするとほんと一気に増えたなぁ。
目に見える範囲だけで軽く十頭を超えている。
「ねぇ、ところでご主人」
「どうした、他にまだ問題があるのか?」
呼ばれて聞いてみるとオルフェは首を横に振った。
「ううん、こんなに豚たちって必要なのかなーって」
言われて見れば確かに、今は五人分にDP変換用があれば十分。出産して増えた事で飼料不足になりかけてるし、調整もかねて何頭か潰した方がいいのかも。
何よりついに豚肉が手に入るなら、むしろやらない方の理由がないな!
「じゃあ、何頭か良さそうなのを選ぼうか」
「オッケー! はい、みんな集合ー!」
オルフェが手を叩いて豚たちを呼ぶと、俺たちを囲むように豚が集まってきた。
「はい! みんなアピール!」
その声に合わせてなんかよくわからないポーズをとる豚達。
「どう!? どの子がいいご主人!?」
いや、どの子がいいと聞かれましても……違いがまったくわからない。
なんて返事をすればいいか迷っていたら、オルフェが察したようで一番右にいる豚をビシッと指さす。
あの豚は首を逸らしているようだが、何か違いがあるんだろうか?
「例えばあのこのお腹を見て! 他の子より引き締まってるでしょ!? あの子は一番よく走るから!」
ああなるほど、お腹を見せてたのね。でも、言われればそんなような気もするけど……大きさはともかく引き締まってるかどうかはわからない。
「隣の子は首の筋肉の盛り上がりがすごいでしょ! あっという間に穴を掘っちゃうんだから!」
いや、肉にする豚の選定してるのに、その情報はいるのか?
そうツッコミたいところだが、我が子を紹介するように身振り手振りを交えて、嬉しそうに説明するオルフェを止める気にはならない。
ならないけど、オルフェの指は既に次の豚を指している。これ全員分聞かないとダメなやつだ。
「それから次の子は――」
「ちょっと待ったー!」
オルフェの説明をさえぎった声がしたほうを向くと、そこにはダイニングルームで料理の創作をしていたはずのコアさんがいた。
ちょっと息が切れてるあたり、全速力で走ってきたのだろう。
「そんなに急いでどうしたんだコアさん?」
「どうしたんだじゃないよ、どうして私を呼んでくれないんだい?」
「え? 別に隠れて何か食べ物出すつもりなんてないぞ?」
隠れて出してもコアさんには筒抜けだし、あんな怖いコアさんはもう見たくない。
「いやいや、食材の選定をするなら私に任せておくれよ」
自信ありげに胸を叩いて豪語するコアさん。
確かにコアさんは常に食材と向き合ってきたから、少なくとも食材を見る目は俺よりもすぐれてる。
品評するのは食材のさらに前段階の豚だが、まぁコアさんなら大丈夫だろ。
「それじゃあ選ばせてもらおうかな」
新兵を並ばせて前を歩く教官のごとく、一匹一匹をじっくり見ながら
「君は……ロース。次の君はバラ。うーん、君はモモかな?」
名前をつけるように選定していっている。
「なぁ、コアさん。どこを見て判断してるんだ?」
ロースがいいとかバラがいいとか、外見だけでわかるもんなんだろうか?
俺の質問に答えるべく、コアさんは足を止める。
「まぁ、大半は勘なんだけどね」
そう言いながらコアさんは見ていた豚の右足付け根部分を指さす。
「ただ、今まで何体も解体してきたからか、こうして比べるように見てみればどっちがすぐれてるかというのはなんとなくわかるんだ。例えばこの豚は今まで見た豚の中では一番足が引き締まってる」
「確かにその子は一番速く走れるよぉ」
コアさんの鑑定にオルフェの補足が入る。
「後はすぐれている部分は、大抵味もいいというただの経験則からさ」
説明が終わったコアさんは再び豚を選ぶ作業に戻っていった。
そして、その横をオルフェがぴったりくっついている。
「コアさんコアさん! この子はね、一番体当たりが強いんだよ!」
「首がしっかり座っているのがその証拠だね。よし、君はトントロだ」
「でねでね! 次の子は背中が綺麗でしょ!?」
「なるほど、こんなきれいな背中ならさぞやいい背油になれそうだね」
会話がかみ合ってるのかいないのかよくわからないが、とりあえずコアさんとオルフェが楽しそうだからいいか。
♦
「一通り見て回ったわけだけど、どの子も甲乙つけがたいね」
「みんな優秀な子達だからね!」
珍しく、ほんとに珍しくコアさんがアゴに手を当てて悩んでいる。あそこまで悩むコアさん初めて見た。
視線をいろいろな豚に泳がせてはグルグル回っている。どうにもあと一押しが足りないらしい。
「なぁ、どの豚でもいいだろ? 今日じゃなきゃダメってわけじゃないし」
選ばれなかった豚も食べれないってわけじゃないし、順番の問題ならそこまで深く考えんでも……
「いや、今日が初めて育てた豚を食べる日になるんだから、適当には決めたくないよ」
「そうだよ、育てた僕としてもじっくり選んでほしいよぉ」
気持ちはわからんでもないが、この状態になってから一時間はとっくにすぎている。
文句の一つもいいたくなるわ。
「初めて……あ、そうだ。ねぇマスター、あの時カレーうどんに乗っけたトンカツってどこの部位だい?」
「ん? あれはローストンカツだな」
突然何聞いてるんだこの狐は。
コアさんは俺の返答を聞くなり、手をパンと叩いた後、
「よし、じゃあロース! 君で決まりだ!」
ビシッとロースと選定した豚に指をさす。
「ブヒッ!」
「”最上の名誉であります!”だって」
選ばれたという優越感からか、周りの豚に向かって見せつけるように高らかに一鳴きする豚。その一鳴きにはそんな意味があるのか。
「なぁ、そんな決め方でいいのか?」
俺としては決まったことに異論はないが、さっきじっくり決めたいって言ったわりには雑過ぎない?
しかし、コアさんはその言葉が意外だったのかキョトンとした表情になり、
「そうかい? 私としてはあの時のマスターとのやり取りの思い出が残ってるんだけどね」
少し寂しそうに微笑みながら答える。
言われて思い出した。トンカツを自力で作れるようになりたいってあの時笑いあったっけ。
「そういう理由じゃダメかな?」
「そういう理由なら文句はないな。オルフェはどうだ?」
「そういう理由ならいいですよぉ」
三人で笑いあう。
「よし、じゃあもういい時間だし早速味わってみるとしようか」
「さんせー!」
ようやく豚肉も日常的に食べれるようになるのか。感慨深いな。
また一つ食材が増えた事に感謝しながら、俺たちは豚を引き連れて草原エリアを後にした。