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5-10 オルフェの悩み

 最近どうにもオルフェの様子が変だ。多分何か悩み事を持っている。

 5人での共同生活もそれなりに過ごして来たからか、いつもと違うとなんとなくわかるようになってきた。

 

 彼女は年齢的に見ればまだ1年も立っていない。だから経験が少なくて悩んだ時の解決法がわからないんだろう。

 

 というわけで、オルフェのブラッシングをしている時にでも聞いてみることにした。

 こういうのは解決できなくても、話すだけで楽になることもあるからな。


「ううー、ご主人ー。聞いてよぉー」

「おうおう、どうした?」


 よし、とりあえず糸口を作る事には成功した。オルフェの尻尾をクシで丁寧に梳きながら続きを促す。

 今座敷には俺とオルフェの2人だけだ。よほど変な悩みじゃない限りは大丈夫だろう。


「最近、豚たちが言うことを聞いてくれないんだ……」

「ああ、自分のいう事聞いてくれないとつらいよなー」


 社畜時代の事を思い出してちょっと憂鬱な気分になるが、今はオルフェの方が優先だ。

 豚の世話というと俺とコアさんは人手が居ると聞いたら手伝っているが、それ以外は基本オルフェに任せてきた。

 彼女は動物と会話できるから、自発的に動いてもらえればそこまで手間じゃないだろうという判断だったが、言うことを聞いてくれないとなるとその前提条件が崩れているな。

 いつも元気な彼女のウマミミも床に付きそうなくらいへたれている。


「そのせいで何をするのにも、すごく時間がかかるんだよぅ……」


 成程、最近オルフェの仕事時間が伸びてきてるのはそういうわけだったんだな。

 長時間労働はこのダンジョンから根絶すべき案件である。早急に取り掛からねばなるまい。

 

「大体あいつら図体がでかくなったら態度まででかくなって、もぉー!」

 

 へたっていたオルフェのウマミミがせわしなく動く。ずっと見ていたいが、適当に相槌を打って不満を吐き出させる。

 とりあえず問題はわかった。明日は俺も一日中付き合って原因を探ってみようかね。

  


 草原エリアは今日も雲一つない快晴である! 空を仰ぎ見ながら一人思う。

 まぁ、天候は操作できるから当然なんだけど。太陽がないからか、快晴でも暑くない。

 草をなでるように吹く風が、動いて温まった体に心地いい。

 

「ご主人、突っ立ってないで手伝ってよぉー」


 ちょっと休憩してただけだってば。

 豚も出産で数が増え、その上育ってきたもんだから草原エリアに自生してる草だけじゃ足りなくなってきた。


 だからこの前に山菜狩りしたときに保存しておいた干し草を迷宮の胃袋から出してるんだが、これがなかなかの重労働である。

 なんせ重機がないから全部手運びなんだもん。なのにオルフェは顔色一つ変えずに干し草を複数持ち上げて走って運ぶのだ。


 オルフェのペースに合わせた結果、強化されたこの体も数度の周回で根をあげてしまった。

 まだ豚の数がそこまで多くないからいいが、オルフェという人力頼みも考え物だな。この辺りも自動化できないか考えておこう。


 干し草を運んでる時に何回か豚の様子を見てみるが、特段変わったところはない。もっとも普段からあまりじっくりとは観察をしてないから、気が付けてないだけかもしれないが……


 あるいは、俺が()()()()何もしてこないのかもしれない。

 ここはやはりプランBで行こう。


「よし、エサ運びも終わったな。じゃあ俺はコアさんの手伝いにいくから」

「……! は、はい! ご主人、いってらっしゃいー!」


 もう少し自然に演技しないと気付かれるぞ? まぁ、ここまではたまーにやる事だから大丈夫だと思うが。

 

 ポータルを抜けてダイニングルームに向かい、イスに座る。

 コアさんの手伝いに行くというのは大嘘だ。今俺の目の前で素材を調理し、スパイスをふりかけて味見を繰り返すコアさんに手伝えることなどなにもない。むしろ邪魔者扱いされてしまう。


 ”コアさんの手伝いに行く”これは昨日オルフェと決めたサインの一つで、「遠隔監視するから普段通りやれ」という内容だ。

 監視ウィンドウから草原エリア全体を眺めると、オルフェが豚舎に入っていく姿が見えた。

 豚舎っていってもダンジョン機能で適当に壁と天井で囲っただけの豆腐建築だが、基本放し飼いにしていて、夜間の風雨さえしのげればいいのでこれだけでも十分。


 豚舎に入ったオルフェはエサ箱の掃除をして、新しいエサを入れ始める。

 前が見えなくなるほどの量を平然と抱えて運ぶあたり、オルフェに重機は要らないのかも。

 

 エサを入れると豚たちが寄ってきて食べ始めるが、ここも特に問題はない。

 オルフェは豚たちの間を抜けて、次のエサを運ぶために部屋を出ようとするが……


「あー、もう! またかぁ!」


 部屋の入口に数匹の豚が陣取って寝そべっていた。俺の記憶が確かなら、あいつらはオルフェがエサを持って部屋に入ってきた後すぐにあそこに移動した。

 オルフェの口ぶりから察するに、これが初めてじゃないらしい。

 

「ちょっとそこどいてよぉー! でれないからぁ!」


 会話は通じてるはずだが、豚たちは動こうともしない。何回か頼み込んでいるがまったく動く様子を見せない。

 成程、確かにこれは言うことを聞いていないな。


 結局オルフェは力技で豚たちをどかして部屋を出ようとする。一応オルフェの力を持ってすれば、動かすことは一人でもできるみたいだが……

 だが、どかした豚はオルフェが別の豚を動かしている時にのそりと動き、またオルフェの前に立ち……いや、寝てふさがる。


 そのせいでオルフェはまだ豚舎から出れない。

 これは言うことを聞かないってレベルじゃないな。だが、どうにも引っかかる。

 あれはどうみても意図的に妨害してるとしか思えないが、どう考えても豚たちにメリットがない。

 

「あー! そこで寝ちゃだめだってばぁ!」


 オルフェが頭をかきむしりながら、ヒステリック気味に叫ぶ。明らかにストレスがどんどんたまっている。

 これでオルフェのストレスが爆発しようものなら、ボイコットされるとか豚たちにとっても不幸な結果にしかならないと思うんだけどなぁ。

 

 オルフェの叫びを受けても豚たちはまったく動かないせいで、オルフェがうつむき立ち尽くす。ウマミミが今まで見た事ないくらいしょげている。

 うーん、これは配置転換もやむなしか。あれじゃあストレスをためるなって言うほうが無理だ。 


 しばらくうつむいていたオルフェが顔を上げると、涙目で眉を曲げた怒りと悔しさに満ちた表情をしていた。

 あ、これはキレたな。


「もう、いいかげんに……」


 そういいながら、足を振り上げるオルフェ。


「いや、ちょっと待て! 気持ちはわかるけど、お前の力でそれをやったら……」


 豚がはじけ飛ぶだろうが! 

 念話を飛ばしたが、怒りが収まらないオルフェは止まらない!


「しろーーーー!」

「ピギィィーー!」


 オルフェの眼前にいた豚が尻を蹴られて悲鳴を上げ、蹴った衝撃が波紋のように豚の全身を駆け巡る! 

 うわぁ……でも、あれで手加減してるはずだ、オルフェが全力で蹴ったらあんなもんじゃない。


 豚の方も放心するように苦悶の表情を……

 ん? 蹴られた衝撃で気絶寸前といった感じではあるが、これは違う気がする。

 かなりのダメージがあるのか、おぼつかない足取りでオルフェの前からどいていった。


「だからそこで寝ないでよぉ!」


 む、蹴られた豚の行方を見ていた間に、すぐ別の豚が空いたはずのスペースに割り込んでしまったようだ。

 一方、蹴られた豚は部屋のすみで横になり、これ以上邪魔をする気はないようだった。

 オルフェは目の前の豚に目を取られて、まったく気が付いてないようだが……


 ふーむ、これはもしかして。


「オルフェ、聞こえるか? 聞こえたら返事してくれ」

「ごしゅじーん……。 やっぱり僕もうダメだよぉ……」


 一回怒りを爆発させたからか、俺の念話にちゃんと答えてくれた。

 だが、感情は一周してウツ状態になってしまったようだ。念話にも涙声が混じっているし、見える姿も肩もウマミミも元気がない。


「いう事を聞かない原因が分かったかもしれん。今から行くから待っててくれ」

「ほんとに!? 待ってるから早く来てよぉ!」

 

 まだ仮説だから現場に行って確かめないといけないし、オルフェは救いの手を求めてるからさっさと解決してやらんとな。

 席を立ち、俺はオルフェが待つ草原エリアに再び足を踏み入れるのだった。

 

 

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