5-9 妖狐と人魚のありがとごはん2
ゆっくり温泉につかった後、アマツと共にキッチンに向かう。
ポータルをくぐって最初に見えたのは、椅子に座って俺たちを待っていたコアさんと、台の上にのった魚だった。
よく目から生気を感じられないことを「死んだ魚のような目」と、例えたりするが……
少なくともこいつの目はそれに当てはまらない。もちろん生命活動はすでにしていないのだが、「本望!」とか「我が人生に悔いなし!」とか……なんていうか、こうやりきった! っていうのがよくわかる目をしている。
そんなに食われたかったんか、なら心して食わねばなるまい。
「やぁ、来たね。待ってたよ」
「待たせたな」
立ち上がっての出迎えに軽く手を振って答え、約束通り刺身包丁を召喚して手渡す。
コアさんは軽く握ると包丁に魔力を込める。以前は自分の刀だけに魔力を込めることができていたが、ちょっとの努力と多大な食への執念で包丁にも魔力を入れることができるようになったのだ。恐ろしい。
「うん、うまくいった。これなら鱗も骨も簡単に切れるし刃渡りもちょうど良さそうだ。ありがとうマスター」
「どういたしまして。よし、せっかくだから見学させてもらおうかな」
「かまわないけど、見世物になるようなものじゃないと思うけどね」
そう言い終わると振り返り、包丁を構えて眼を閉じるコアさん。
集中ができたのか、ゆっくり目をあけると鱗を取るために魚をすき引きし始めた。
包丁に魔力を込めたからか横に包丁をいれただけで、元々そこから剥がれるんじゃないかと勘違いするほど簡単に鱗がはがれていく。
ほんの数回コアさんが包丁を滑らせただけで、綺麗に全ての鱗を取り終えてしまった。
すごい! 俺がリンゴの皮むきするよりも手早くすき引きやっちゃったよ!
そのまま腹を裂いて内臓を取り、エラを取り除き、血合いを取って水洗いする。
そしていよいよ身の部分をさばいていくわけだが……
速い、それに解体スキルを持っているためか、まったく迷いがない。無駄のない流れる動作で、どんどん魚の身を割いていく。それはまるで優雅な舞でもみているようで……
その動作にくぎ付けになっていた時、唐突に”コトン”と小さな音を聞いた気がした。
「ふぅ……終わったよ」
ひたいを拭ってコアさんがこちらを向いて微笑む。そこでようやくさっき聞いた音がコアさんが包丁を置いた音だとわかった。ちらりと視界にうつったまな板の上には、複数の白い切り身と尾頭付きの骨しかない。
「ブラボー!」
コアさん! これは見せ物にして金が取れるレベルですぞ!
アマツも俺に倣って拍手しているが、これは多分俺の真似をしてるだけだ。きっとすごさをわかってない。
「さて、それじゃ早速」
コアさんはそういうと再び包丁を手に取った。そして切り身の一つの端っこを一口大に切ったかと思えば、そのまま左手でつまんでひょいっと口の中にいれてしまった。
つまみ食いも早え! だが、これはコアさん流の味見なのだ。
いつも通り目を閉じてじっくり味わうと、ゆっくりと目を開ける。
「うん、美味しい。今日はこれを刺身と焼き魚にしようか。私は調理を始めるから、マスターは”5番”と"8番"を取ってきてくれるかな?」
「わかった。"5番"と"8番"だな」
復唱をしてから振り向いて、ダイニングルームから食料を保存している迷宮の胃袋に入る。
木の実に野菜にお肉、一種類のみだったお魚も今後はどんどん種類が増えて、ますます豊かになりそうだ。
その一角に酒瓶をまとめた空間があり、目的の物はそこに置いてある。
「えーっと、5番と8番は……お、あったあった」
5番と8番のラベルが貼られたビール瓶を手に取る。
「5番は"わさびっぽい"で8番は"ぴり辛"か」
これは先日の山菜狩りで見つけた香辛料や薬味になりそうなものを番号付けして保存したものであり、入れ物のビンはククノチが今まで飲むために出した酒瓶を洗って使っている。
出し入れが不便だが、ビンがそれしかないからしょうがない。
コアさんによって厳選されたこれらは”コアスパイス”と俺たちの中で呼ばれ、名誉番号と共にコアさんの舌に全て記憶されている。
うん、密封が甘くても鮮度に問題はない。さすが迷宮の胃袋だ。
「あ、マスター、ついでに人参を何本か持ってきてもらえるかな?」
おっと、コアさんからの念話だ。おおかた大根の代わりに刺身のツマにしようってところかな?
ククノチが作ったカゴから人参を数本とって一緒に腕にかかえる。
持っていくのに多い分には問題ない。ウチには人参なら底なしに食う馬が一人いるからな。
この人参もククノチのおかげで無事に収穫でき、交配もやったから種もたっぷり手に入った。
ケモミミ娘達に感謝の念を送りながらダイニングルームに戻ってくると、魚が焼けるいい香りが俺を出迎えてくれた。腹減った、そういえば今日昼飯食べてなかったわ。
部屋にはすでにククノチとオルフェも来ていて、アマツから今日の出来事を聞いているようだ。
俺もまぜて! 話したいことがいっぱいあるの!
「あ、ご主人! その人参一本頂戴!」
「これはコアさんに頼まれたものだから、余ったらもらえよー」
ダイニングルームに入ってくるなり、俺が持ってた人参を見つけたオルフェの頂戴攻撃を軽くいなしてコアさんの元にたどり着く。
「ほれ、頼まれてた5番と8番と人参だ」
「ありがとうマスター、ついでで悪いんだけど5番をおろしてくれるかな? 目は細かめの奴で頼むよ」
「りょーかい」
ビンのフタを開けて5番……ビール瓶に入るようにカットされた根菜の根っこを取り出す。そして調理スペースにある、罠で作った全自動おろし器に根っこをセットする。
おろし器の仕組みは簡単で、刃物をつけた動く床に釣り天井で押し付けるだけ。
スイッチを入れれば床が動いて対象がおろされるというわけだ。
ちなみにこれを大きくしたものが防衛エリアに設置されており、侵入者をもみじおろしにする日を静かに待っている。
っと、全部終わったな。全自動だから疲れないし、おろしすぎて指もおろす心配はない。
おろされた根を皿に集め、取り切れなかった分はダンジョンに吸収させれば後始末もコンプリート!
「ほれ、終わったぞー」
「こっちも終わったからさっそく夕食にしよう」
テーブルの上には見事に飾り付けされた御頭付きの刺身と、人数分の焼き魚が用意されていた。
いつの間にか主食用の木の実も置いてある。きっと誰かが持ってきたんだな。
よし、まずは何もつけずに刺身から食べよう! コアさんも最初はそのまま食べてたしな!
きれいに盛られた皿から切り身を一つ取り、目の前にかざしてみる。
一口大に切られた白い身は天井からの光を受けてさらに輝く。こいつぁ美味そうだ!
目で味わった後に一気に口に運んで噛む!
うん、美味い!
地球で食べた事がある白身魚の味と歯ごたえがさらに強くなっていて、醤油がなくてもしっかり味がある。
いや、これはむしろ醤油があると味がケンカしてしまうんじゃないか? そう思えるほど主張が強い。
だが、これで終わりじゃない。ちらりとテーブルにある、おろされた5番と細かく刻まれた8番の皿を視界に入れる。
こいつらはあの味にうるさいコアさんが、魚の味見をしたうえで指定したスパイスだ。絶対に美味い。
5番はわさびっぽいからな、まずは気持ち少なめにつけて……落ちないように一気に口の中へ!
…………!
「うーまーいーぞぉぉーーー!」
そう! 魚の身の味が終わった頃に来るわさび特有のピリッとした辛みが、魚の味の余韻を引き立たせてくれている! 特に”わさびっぽい”というところがミソで、鼻にくるほどの辛みがなくあくまで魚の味のサポートに徹しているかのような……そう、最後にちょっとだけってところが味の変化を感じることができてベリーグッド!
これならいくらでも飽きずに食えるな。そう思いながらさらに刺身を取ろうとして……
驚いたような呆れたような四人の視線を受けていることにようやく気が付いた。いつの間にか立ち上がってたし注目されるのも当然か。
「すまん、おいしくてついな」
「ちょっと辛すぎると、ウチはそのままのほうがいいっちゃねー」
基本的に子供が食べるようなものが好きなアマツにはちょっとつらかったか?
だからかアマツは何もつけずに刺身を口に入れる。
「でも、この子自身はとてもおいしいっちゃ!」
そうか、それならアマツに食べられたがってたあいつも本望だろう。
「今回は直感的によさそうな辛めの物を選んでみただけだからね。これから本格的に味の組み合わせをするけど、どんな味ができるのか今からとても楽しみだよ」
いつも通り焼き魚と刺身をじっくり食べるコアさん。もうすでに頭の中ではあらゆる種類の調味料を加えた時のシミュレーションをしているのだろう。
「でも今は私の言葉通りに美味しくなってくれた、この魚に感謝しなきゃね」
コアさんは立ち上がると刺身に向かい二礼二拍手一礼をして深々と頭を下げる。 すると他の連中もコアさんの真似をして刺身を拝みだした。
なんかすごいシュールな光景だが、場の空気がツッコムことを許してくれそうにない。
むしろ変な同調圧力を感じたので、俺も生まれて初めて刺身を拝んでみる。
周りがまったく動く気配がないが、何時までやってなきゃいけないんだ? いい加減にしないと焼き魚が冷めちま……
あっ! あのコアさんが焼き立てという一番おいしい時を逃すような事をするはずがない!
しまった! これは罠だ!
即座に幻術を破るべく魔力を練る!
同時に頭を起こしてテーブルの上を見たが……
「残念、気づくのが遅すぎるよマスター」
目に入ったのは……俺の焼き魚を乗せていたはずだが、今はもうその役目を終えて何も乗せてない皿。
やられた……あの二拍手がトリガーか、飯時も油断ならないとは、
全力で恨みを込めた視線をコアさんにぶつけるが、効きゃしねぇ。
コアさんは俺の視線をにっこり笑顔で受け止めて、
「ありがとうマスター。マスターの焼き魚は何か格別ないいお味がしたよ」
「ちくしょうどういたしまして! それは優越感という調味料じゃないですかね!?」
「なるほど。この調味料があればより美味しい料理が出来上がるというわけだね」
「そのために毎回俺の分をかっぱらうのは勘弁してもらえませんかね!」
コアさんなら本気でやりかねない。こうならないためにももっとがんばらないと……
新たな決意を胸に秘め、まだ残っていた刺身で腹を満たすのだった。
キャラクターにスポットを当てるとイメージが固まって作者にも優しい。