5-5 海の中へ テイク2
ゴミ一つ落ちていない綺麗な白浜の上で、体育座りしながら一人波の音を聞く。
考えているのは魚料理の事、そういえば寿司も久しく食っていない。そろそろ米も収穫の時を迎えそうだが酢がまだない。まぁ酢位ならDPで出してもいいかな、そしたらシメサバも食えるし。
もう魔力はとっくに回復したが、アマツがまだ戻ってこない。あいつ本当に障壁つついてた魚たちをシメてるんじゃないだろうな?
食べたい魚料理が一巡したころ、海の底からようやくアマツがこちらに向かってくるのが見えた。水が綺麗だから結構遠いのによく見える。
「主さん、ただいまっちゃ!」
「おーう、おかえり。こっちはもう回復したぞ」
「ウチもしっかりシメておいたっちゃ! 次は絶対大丈夫っちゃよ!」
一体何をしたのかすごい気になるが、怖いので聞きたくない。アマツはいつも通りの笑顔だがそれがなおさらコワイ。
「お前さんは休憩しなくても平気なのか?」
「ウチは平気っちゃ!」
まぁ、本人が大丈夫って言ってんなら大丈夫なんだろう。立ち上がり再び障壁を張ってから水の中に入る。念のためさっきより少し強度を強くしておいた。
先ほどと同じように沖に出てから海に潜ったのだが、何か違和感を感じる。綺麗な水、どこまでも続く海底はまったく同じなんだけど何か足りない気がする。
「主さん、首をひねってどうかしたね?」
「いや、なんか違和感があってな」
俺の様子が不思議だったのだろう。アマツが俺に向かって話しかけてきたので、俺もアマツの方を向いて答えて……ようやく違和感の正体に気が付く。
先ほどはあちこち魚が泳いでいたが今はまったく見えない!
「おい、魚たちはどこにいったんだ?」
「みんなあそこに集めたっちゃ」
そういってアマツは海底のある場所を指さす。
ん? そこにはちょっと大きい岩しか……いや! 水で揺らいで見えていたのかと思ったが、よく見るとその岩はすべて魚で出来ていた!
アマツと俺が入ったウォーターボールが上側から近づくと、岩……魚たちが一斉に中央を開けて円状に泳ぎ出す。魚の種類はバラバラなのに統率がちゃんと取れている辺りアマツにシメられたんだろうな。
さらにぽっかり空いた中央を見てみると、お立ち台みたいに盛り上がってる岩場っぽいものが見えた。
「あそこに降ろすっちゃよ」
「あ、ああ……」
確かに障壁だと足元がぐらぐらしてちょっと落ち着かないから、海底に着地できるならそのほうがいい。
でも普通の地面で良かったんだけどなぁ、しかも海の底だからかなんとなく寒いしやや薄暗い。
お立ち台の上に降ろしてもらい、両の足でぐっと岩場を踏みしめると確かな感触が返ってきた。それはいいんだけど……お立ち台を囲んでいる周りの魚たちが全方位からこちらを見ているから、なんか落ち着かない。
さらにその周りをグルグル回る魚たちがいる。ああ……回遊魚って泳いでないと息ができないんだっけか?
そいつらからもずっと視線を感じるから、なんていうか値踏みされてるようでますます落ち着かない。
「主さん! ウチの仕事場にようこそっちゃ!」
「あ、ああ。ちゃんと管理出来てるようだな。えらいぞー」
そんな俺の内心などまったく読めないアマツが褒めてオーラをまき散らしながらこちらに来たので、ねぎらいの言葉をかける。
アマツは「えへへ~」と、念話で伝えながら体全体で喜びを表現している。それはいいんだけど……
君が褒めてオーラを出してこっちにきた時から、嫉妬というかよそ者が何しに来たとかそんな痛い視線を全方位からひしひしと感じるんだよ。アマツはまったく気が付かずに素直に喜んでるけど、俺としては視線が胃に刺さって痛い。
まぁ、アマツはそれだけ魚たちから信頼を集めているのだろうが、俺はすごいやりづらい。
アマツは空気? いや、この場合水気か? が全然読めてないし、どうしよう……
何もできないまま時間を浪費しても、そのうち魔力が切れて障壁がなくなってしまう。なんとか会話できれば……いや、そもそも魚の言葉なんかわかるわけないしなー。
きまづい、正直もう帰りたい。でも、このまま帰ったらアマツが泣く。困ったなー。
思考が堂々巡りに入ってしまいかけた時、俺を見ていた魚の集団から比較的体格が大きい一匹がこちらにきて口を動かしたり体を動かしている。何かアピールしてるんだろうけどまったくわからない
「ちょっと! それは主さんに失礼……」
へぇ、あれが魚がやるコミュニケーションなのかー。なら都合がいい。
人差し指を立てて魚をたしなめようとしたアマツを呼び止め、
「いや。アマツ、かまわないからそのまま訳してくれないか?」
とりあえず、今の俺が魚たちにどう思われてるかは知っておきたい。
アマツは本当に訳していいのか悩んでいたようだが、やがて念話で魚の言葉を訳してきた。
『あんた随分アマツ姉さんと仲がいいみたいだけど、一体何様ですか?』
おおう、第一印象は最悪……やっぱり嫉妬の視線を感じてたのは気のせいじゃなかった。何を話していたかしってしまうと、無表情に見えた魚の顔もむっとした表情に見えるから不思議である。
まぁ、何はともあれ会話のキッカケができたのは悪い事じゃない。
「あー、そうだな。俺はアマツの召喚主で、今は主人で上司みたいなもんだ」
アマツを通じて魚たちに伝えてもらったとたん、こころなしか体が軽くなったような気がした。ああ、周りの魚たちがさっきまで放っていた、殺気をまぜたような嫉妬の念みたいなものがなくなったからか。海の底だから寒いと思ってたがちょっぴり温かくなったかも。
話しかけてきた魚がプルプル震えて口をパクパクさせると、アマツがすかさず訳してくれた。
『つまり……貴方はアマツ姉さんのお父さん!?』
誰がお父さんだ! いや、召喚というか正確に言うと作ったから間違ってはいないか。
それとアマツ、”お父さん”を訳したときにこっちをちらちら見るのはやめてくれ。なんかむずがゆい。
「まぁ、そんなもんだ。ついでにいうとこの世界を作ったり、お前らをここに召喚したのも俺だ」
半分照れ隠しもかねてぶっきらぼうに言い放つ。
これは半分ウソだけど。どんな海洋にするかとか、どんな生き物を召喚するのかを決めたのは確かに俺だが、実際にやったのはダンジョンコアの力だ。
コアさんの忠告を受けてから、ダンジョンマスターとしてできることは一線引いて考える事にしたんだ。
俺自身は別にダンジョンをマスターしてるわけじゃない、よくてシステム管理者だ。ダンジョンはコンピューターと同じで管理者の使い方次第でどのようにも使える。そして管理者がすげ変わってもコンピューター本体には、なんの影響もないのも同じだ。
『では、我々に神託を下したのは貴方なのですか?』
魚の方はもう半分白目をむいて、かなりビビりながら言葉を絞り出してるが、俺は神託なんざ知らんぞ?
一応それっぽい念話はできるが、ダンジョンモンスターとして呼び出した四人にしかできない。
いや、そもそもこの世界に神様がいたとしても、食料やDPにする前提の魚達にどんな神託を出すって言うんだ?
ちょっと、いやかなり気になるぞソレ。
「一体どんな神託なんだ?」
『”汝、身を捧げるその日まで、よく食べよく眠りよく遊び美味しくなあれ”です』
余りにも予想外な神託に思わずずっこける。
それは神託じゃないよ。そのメッセージを出しそうな奴もできそうな奴も一人しか心当たりないわ。
後、神託っぽくするならせめて最後まで本音を隠せよ。何やってんだあの狐は……いや、これはコアの方の仕業だな。
さて、どう答えたもんか。とりあえずゆっくり起き上がりながら頭から捻りだすことにしよう。
自分が知らない言語を翻訳してもらう
という書き方のなんと難しい事よ