1-5 普段動かない奴に襲い来るアレ
自然に目がさめ上半身を起こす。
「……いっ!? 痛え!」
意識が覚醒して体の間隔が戻ってくると、同時に全身を激しい痛みが襲ってくる。
「おはようマスター、お目覚めは如何かな?」
そうだった、昨日一日中森の中を歩き回ったという事は……目を閉じて管理ウィンドウを開き、自身の状態を確認する。状態異常の欄に「筋肉痛(強)」の項目が増えていた。身体能力にマイナスらしい。
「おはようコアさん。途中までは最高だったが、今は最悪だね」
「昨日マスターが運んでくれた木の実は全部DPに変換が終わったよ。また今日も木の実を集めてほしい」
「ああ、体が痛いから何回運べるかわからんが、できるだけ集めてこよう」
たまった分をどうしたものかと考えていると、ふと強化の話を思い出した。どうせ今日もまた森の中を歩き回る。
鋼の体はまだ遠く先の話だとしても、多少は体を強くしておいたほうがいいんじゃないか?
なので、たまった分のDPを無理のない範囲で筋力と耐久力に割り振ってみた。まだ劇的に何か変わったかはわからないが、心なしか筋肉痛が軽くなったような気がした。
「さて、それじゃあ今日も行ってくるとしますかね」
痛む体を気力で我慢して立ち上がり、朝飯用に残しておいたイナガジアを取り出して一口かじる。
やっぱり味がないけど、喉が渇いていたので水分の多いこの木の実は心なしか美味く感じた。
「いってらっしゃい、今日もよろしく頼むよ」
コアさんに見送られて(?)俺は森林エリアに続くポータルをくぐった。
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「振ったDPはちょっぴりだったのに変わるもんなんだな」
昨日と同じように草をふみ倒し、歩きながらつぶやく。やってることは同じだったが速度は明らかに違う。
昨日より力を込めずに草を踏んでもしっかり固まっている。
それに昨日ならケガをするような草のはね方に腕が当たっても出血しないどころか、ちょっと皮膚が赤くなった程度になっている。
それに加えて耐久力もしっかり強くなっている。もう何往復もしてるのにまだ息が切れない。
確かにこれなら何度も強化していけばやがては超人になれるだろう。ただし、強化するほど要求されるDPは跳ね上がっていく。
それにケモミミ美女を作ったり、デートスポットを作ったりするDPも必要だ。
超人への道は長く険しい。
「っと、これだけあれば十分だろ?」
「そうだね、これだけあれば今日はマイナスにはならないだろうね」
うっし、燃料補給完了っと。それにしても、と迷宮の胃袋を見渡して思う。
「なぁ、なんで迷宮の胃袋ってこんなに広いんだ? 食べ物を床に飲み込ませるだけならこんなに広くなくてもいいだろ?」
「いいところに気がついたね。実は迷宮の胃袋は倉庫みたいな事もできるんだ」
「倉庫?」
「そう、迷宮の胃袋に食べ物とかを置いておいて扉を閉めておけば、まるで時が止まっているかのように保存しておくことができる。つまり昨日マスターが絶賛していたドクリンゴモドキも、ここに置いておけばいつでも新鮮な状態のものを食べられるわけさ」
「何でそれを昨日説明しなかった?」
「私にとっては食べ物を持ってきてくれさえすればよかったからね。ほら『聞かれなかったから言わなかった』っていうやつだよ」
そんなどこぞの魔獣みたいな事言わんといてください。俺とコアさんは一心同体というか一蓮托生みたいなもんなんだから。
「よし、それじゃあイナガジアとドクリンゴモドキを収穫してくるか」
朝食べたイナガジアはもう消化されて若干腹が空いてるし、昼飯の確保がてらには丁度いい。
DP用のイマウトルニ、そして水がわりのイナガジアと主食のドクリンゴモドキ、とりあえずこの3つがあればしばらくは生きて行ける。
まだまだ細いが生存手段が出来てきたことにちょっとだけ安心しつつ、俺はまたポータルを抜けて森林エリアに入っていった。
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「よし、これだけあればしばらく食べ物の心配はしなくていいな」
いっぱいのイナガジアとドクリンゴモドキを迷宮の胃袋に運び込んで一息つく。ドクリンゴモドキを腹いっぱい食えたので満腹だ。
あれはドクリンゴとまざるように生えてるので収穫する時はよく確認しないといけないな。
見た目の違いはわからないがちゃんと食用可否で判断できている。ほんと知識は力だなぁ。
さて、衣食住の食の問題は短期的にはこれで解決したといっていい。なので次は衣か住なんだが、衣に関しては一刻も早く俺の体ごと洗濯したい。
もう乾いた汗でベトベトだし臭いもきつくなってきた。
水は川があるから問題ないが、洗濯をしてしまったが最後、着替えがないのが問題だった。
召喚ページをチェックしてみたところ、今朝運んだイマウトルニを変換した分を使えばボロなら召喚できそうなので、この際これを出してみる。
もっとも俺は身なりには無頓着な部分があるので、誰も見ていないならそれでもかまわないと思っている。一人? 例外はいるが。
後は住居だ。前に見た1K部屋はまだ遥かに届かないが、できるだけ早くやわらかい寝床を確保したい。
だが、これに関してはコアさんから思わぬ助け船が飛んできた。
「それなら森林エリアで根を枕に草を布団にして眠ればいいんじゃない? 床よりは柔らかいよ」
「いやいやいや、俺に野宿しろってか? 雨風とか振ってきたらどうするんだよ?」
「いやいや、君はダンジョンマスターだよ。雨風なんか君が制御できるんだから心配なんて無用だよ? それにその気になれば気温湿度冷房暖房だって操作できるんだから、むしろ元の君の世界より快適なんじゃないかい?」
え、マジで!? できんのそんなこと!?
目を閉じて管理ウィンドウを確認する……できる、できちゃうし。森林エリアの常識の範囲内だったら気温や湿度を変更できちゃった。尚、雨や風には追加でDPが必要になるのでやめました。
「コアさん……」
「聞かれなかったからね」
俺のジト目での抗議はあっさり流されてしまった。だがまぁそういう事ならしばらくは森林エリアで寝るのも悪くない。
「他に何かまだ言ってないことはあるのか?」
「そんな抽象的な聞き方をされてもわからないね、多分必要にならないと思い出せない感じだね」
まだ取り返しがつくときだからいいが、知らなかったことで何か取り返しのつかないことが起こらなきゃいいけどね。
「聞かれなかったから言わなかった」は設定を後付けできる魔法の言葉