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4-EX4 森の味覚を探しに行こう 成果編

 ククノチの樹にあるポータルをくぐり、座敷から自室に向かう。予備の服に着替えてから濡れた服を持ってランドリールームに向かって歩く。


 ランドリールームは先日温泉を作った際にヒントをもらって、あの後に新しく制作した部屋だ。中には罠で作った洗濯機(ドラム式)と乾燥機を一台ずつ置いてある。一応アイロン台も作ってあるが、アイロンそのものがないので今はただの台になっている。

 ケモミミ娘の服装はDPで修復できるが、寝てる時に布団替わりに使っているマントとかは洗う必要があった。

 今までは全員で定期的に森林エリアの川まで洗濯しに行っていたが、自動化されたことでその手間がなくなった事は皆に喜ばれた。やっぱり異世界でも自動化は正義だな!


 濡れた服を洗濯機に放り込んでスイッチを入れる。洗濯洗剤はDPがお高いのでただの水洗いだ。昔は木灰(アク)を使っていたという話は聞いたことがあるが、作り方も使い方もわからん!

 命の危機に直結しないものは後回しにしてたが、この辺はどうしたものかね。


 さて、着替えも終わったし濡れた服も洗濯機に放り込んだ。さっさと合流して俺も試食会に参加させてもらうとしよう。

 監視ウィンドウから皆がどこにいるか探すと、ククノチの樹の木陰に座ってコッペパンサンドと一緒にキノコの試食をしている姿が見えた。早く行って俺もまざろう!


 座敷にあるポータルから森林エリアに入ると、目の前には見慣れたククノチの樹が威厳をもって迎えてくれる。

 えっと、みんなは……樹の裏側から騒がしい声が聞こえるからそこにいるのか。何か知らんが盛り上がってるな。これは試食した品が相当美味かったに違いない!


 気持ち駆け足で樹の裏に回る。


「おーいみんな、お待た……せ?」


 ……はっ!? 脳が目から見た光景が理解できなくてフリーズしてたが、何とか再起動できた。

 よし、まずはありのままに理解しよう。


 後ろを向いて、両手を上げて腕からツルを出し、ゆらゆら揺れる下着姿のククノチ。そのツルにわざとからまるアマツ。そしてそこをグルグル回るオルフェに、一周するごとに何かをオルフェに食べさせてるコアさん。


 いや、ほんとに何やってるんだよこいつら。さっき見た限りだとふつーに試食会をしてたはずなのに。


「む、なくなってしまったか。でも大丈夫、まだ次があるから」


 コアさんはそう言うと、バスケットからコッペパンサンドを取り出そうとする。

 

「オイ待て、お前らさっき食べてただろ。つまり、それは俺のだ」


 抗議しながらコアさんの右肩をガシッとつかむ。

 俺だってそれを楽しみにしてたんだから、譲るわけにはいかんよ。


 サンドを取り出そうとバスケットに目を向け、手を入れて中に入っていたものを取り出す。

 俺が右手につかんでいたものはコッペパンサンド……ではなく、緑色の靴。


 え? 何故に靴? あ、そうかわかったぞ! ははは、コアさんったらさっそく俺に幻術をかけてくれたな。手触りも完璧に靴だったから騙されかけたけど、そうはいかないぞ!


 そろそろ目を開けたまま幻術を打ち破るべく、魔力を練る。破るためにいつも目を閉じてたら、コアさんに「敵から目を離すな」と殴られそうだからな。

 しかし、打ち破るための魔力をかなり込めたはずなのに、緑色の靴は揺らぎすらしない。


 くそっ! 相当強く幻術をかけやがったな! こうなりゃこのまま食べるしかない。

 食べやすいように持ち直した後、一気につま先部分をかじる!


 

 ……苦い土の味と靴の硬い噛み応えが返ってきた。

 

 苦っ!! 流石に味覚と触覚が幻術だけでここまで狂うということはないだろう。ということは、これ本物かよ! くそっ、やられた! 偽物と思わせて本物をまぜるパターンか!?


「コアさん、今度はここまでするのかよ!?」


 抗議の声を上げながら、コアさんを振り向かせようと力を込めて肩を引く。

 コアさんは受けた力に逆らわずに振り向き、その勢いのままバランスを崩してこちらに倒れこむ。

 

「お……おい! どうした!?」

「ふぇー?」


 なんとか倒れる前に受け止めたが、コアさんはよくわからない返答を返すだけで自分で立とうともせず、俺に寄りかかったまま動こうともしない。

 ちょっと体を離してコアさんの顔を見ると、顔を赤くし微妙に焦点が合ってない目でこちらを見つめ返してきた。ちょっと色っぽい。

 

 これは……酔っぱらってる!? でも、なんでだ? まだ酒は材料も方法もないから作れないし、DPで出したにしても、片っ端からククノチが飲むから余っているはずがない。   

 コアさんが酔ってるならククノチも酔ってるから下着姿だというのも一応説明がつく、彼女がある程度以上の酒を飲むと服を脱ぎだすのは、公然の秘密になっている。


 よくみるとグルグル回るオルフェも顔が赤く、目の焦点があんまりあってない。お前は酔うとそうなるのか……


「おーいオルフェー? 大丈夫かー? 俺がわかるかー?」

「あはははー! 走ると世界が回るよー!」


 ああ、これはダメなやつですわ……回るほどに酔いが回るのか、遠心力に負けて段々足元がおぼつかなくなっている。早く止めてやらないと(ククノチとアマツが)危ないな。

 だが、走ってるオルフェを正面から止めようとするのは、生身の人間が暴走するワゴン車を止めるようなものである。

 それにさっきからコアさんが抱き着いたまま離れようとしない。これはこれで嬉しいが彼女まで危険にさらすわけにはいかない。


 となれば……


「すまない、オルフェ。ちょっと痛いけどガマンしてくれ」


 彼女が通り過ぎたのを見計い、進行ルートに分厚い透明の障壁を張る。


「もっと速く! 速くぶっ!」


 障壁にオルフェが突っ込む。障壁はオルフェがぶつかった瞬間に霧散してしまったが、走っていたオルフェはぶつかった衝撃で動きを止める。

 支えを失い、さらにぶつかった反動でオルフェが後ろ向きに倒れ……


「よっと……」


 右手でコアさんを抱きかかえたまま、左手でオルフェを受け止める。オルフェは最も頑丈だが、倒れて後頭部を強打するのは危ないからな。

 後ろ向きに倒れこんだオルフェを半回転させて、俺にもたれかかるように体勢を直し、そのまま腕の力だけで二人を持ち上げる。筋力もしっかり強くなっているので、女性二人位なら楽勝だ。


 二人をククノチの樹の影まで運び、寝かせるようにゆっくり降ろす。


「んー」


 半分気絶してるようなオルフェはすんなり寝かせることができたが、落ちそうになる感覚を嫌ったのか、コアさんが腕にさらを力を込めて抱きしめてくる。

 女性特有の柔らかさに理性が飛びそうになるが、残りの二人が心配なので断腸の思いでコアさんを引きはがして寝かせる。俺も酔っぱらってたら間違いなく一線をこえたんだがなぁ、これもTPOが悪い。


 よし、あらためて残りの二人を見る。オルフェが障壁にぶつかった時に、何の反応も返さなかったところを見ると、この二人も酔っぱらってるとみていいだろう。

 正面に回ってククノチとアマツの顔をチェック。顔が赤く、目がとろんとしている。うん、こいつらも間違いなく酔ってるな。


「おーい、ククノチ―、アマツー。俺がわかるかー?」


 無駄だと思うけど一応呼び掛けてみる。


「んー、主さん?」


 お、ククノチはまったく反応を返さなかったが、アマツはこちらの呼びかけに答えてくれた。これで何が起きたのかわかるかもしれない。


「アマツ、皆酔っぱらってるようだけど一体何があった?」


 考え込むように上を見上げるアマツ。ちょっと待つと再びこちらにやや焦点の合わない目線を向けてきた。


「――――――」


 何か言ってる。うん、何か言ってるのはわかるんだけど、何を言ってるのかはまったくわからん。

 すまねぇ、特に津軽弁と沖縄弁はさっぱりなんだ。「たんげ(とても)」とか「くゎっちー(ごちそう)」とか、局所的に聞いたことがある単語があっても、いろんな方言がハイブリッドされたこのセリフはまったく理解できん。

 というより、脳が理解するのを放棄したぞ。


 ひとしきり語った後、正面を向いて手足を振り回すアマツ。あああ、危ない。ククノチがバランスを崩して倒れたらケガするぞ。今の所、足に根が生えたようにまったく動かないけど。

 

 アマツに絡まるツタを取ろうとして……ああ、こりゃツタを切らないと無理だ。今の所ククノチがバランスを崩す様子をまったく見せないので、いったん無視してククノチの状態を確かめるか……


「ククノチー、俺の事がわかるかー?」


 ククノチの目の前で手を振ってみる。


「私は森ー♪」


 まったく焦点の合わない目で意味不明な言葉を楽しそうにつぶやくククノチ。

 ダメだこりゃ、四人の中で一番酔ってる。ただ、先ほどからアマツが暴れてもまったく動じないからすぐに倒れそうにないのは、いい事ではあるが。

 ところで、私は森ってなんだよ? まぁ、ククノチの樹を介してこの森のことはわかるみたいだから、あながち間違ってはいないけどさぁ。


「うふふふー、あはははー」


 焦点の合っていない目で空に向かって笑うククノチ、正直下手なホラーよりよっぽどコワイ。

 ククノチは笑いながらツタに絡まっているアマツを引き寄せる。もう捕食するようにしか見えないが、もし本当にやろうとしたら全力で止めねばならない。

 ククノチは手繰り寄せたアマツをきゅっと抱きしめ、そのままゆらゆら揺らし始める。


「私の中でお眠……」

「おっと待ったククノチ、それ以上はいけない」


 なにか猛烈に嫌な予感がしたので、ククノチの口をふさいで中断させる。ククノチは思いのほかしっかり立っているので、とくにケアする必要はなさそうだ。

 だが、困ったな。何でこうなったのか知りたかったのに誰もまともに答えちゃくれなかった。このまま誰も正気に戻らなかったらどうしようか……

 

 ……いや! いる! いたわ、ここで何が起こったか知ってる存在がっ!


「コアさーん! 見てただろ!? ここで何が起きたのか説明してくれよ!」


 何もない空に向かって俺の声がこだまする。そう、これはククノチの樹の下でぐったりしているコアさんに向けたものではない。向けたのは……ダンジョンコア本体にだ。


「うん、見てたよ。マスターがククノチの靴を舐める所もバッチリね」


 舐めとらんわ! かじっただけだ! それはともかく、まともな返答が返ってきてホントによかった。妖狐コアさんがあんなでもコア本体は無事だったようだ。


「自我の共有はしてるけど本体はこっちだからね。なんていうか今は端末が言う事を聞いてくれない感じだね」

「わかるようなわからないような……それはともかく」

「わかってる。そこのお椀の中に残ってるキノコのせいだよ」


 ああ、あの試食してたキノコか。お椀は……あそこにあるな。

 お椀を拾い上げ、中を見るとスライスされたキノコがまだ残っていた。名前は……


「スピリタケ? 俺の判定だと食べられるみたいなんだけど?」

「一度に一本くらいなら大丈夫なんだ。ただし、それ以上食べると強い酩酊(めいてい)作用を引き起こす」

 

 なるほど……ナツメグみたいに一定量以上食べるとダメなのね。地球には酒と一緒に食べると悪酔いするキノコがあったが、こいつは分量でアウトなのか。

 ん? ちょっとまてよ?


「コアさん、こうなると分かるのに、なんで過剰に食ったんだ?」

「一口食べてみたらとんでもなくおいしくてね。後少しだけをやってたら、マスターの分で一本分超えちゃったんだよ」

「なるほど、それを全員がやったのか」

「イグザクトリーってやつだね」


 ふーん、ん? 人数分あったキノコを四人が一本分以上食べたって事は……


「つまり、余ってるこれを全部俺が食っても何の影響もでないってことか!?」

「そういうことになるね」


 よっしゃ! 味にうるさいコアさんが美味いといったキノコだ! 否が応でも期待が高まるぜ!

 だが、食べる前にいろいろ質問しておかないといけない事がある。

 

「コアさん、これ依存症とかにならないのか?」

「問題ない。ククノチによれば酔わせている成分はアルコールじゃないらしい。私の鑑定にも依存症はなかったよ」

「皆が正気に戻るのに後どれくらいかかる?」

「……個人差はあるけど、だいたい二時間ってとこかな」


 ふむ、それならケモミミ娘達はこのまま放置で問題ないだろう。後は……


「もひとつ質問いいかな?」

「なにかな?」

「俺のコッペパンサンド、どこに行った?」

 

 この際何でククノチの靴がバスケットに入ってたのかは聞くまい。酔っぱらった時の挙動に理由なんかないからな。

 だが、バスケットの中には靴以外何も入っていなかった。俺のコッペパンサンドだけが行方知らずだ。


 コアさんからの返答は……ない。


「コアさん?」

「……その質問に答える前に取引といこうじゃないか、何を聞いても怒らないなら話してあげるよ」

「ちょっと待て! それだけで大体わかっちゃったじゃないか!」

「カンのいいマスターは嫌いじゃないよ。で、どうするんだい?」


 なんで俺が迫られてるんだ? まぁいい。両手を上げて降参のポーズを取りながら、


「わかったよ、怒らないから話してくれ。もう想像はついたけどな」

「マスターが来た時に、私がオルフェに食べさせていたモノがマスターのコッペパンサンドだね」


 ああ……やっぱりアレがそうだったのか。くそう、俺が来た時点で手遅れだったんだな。なるほど


「コアさん、後でスペシャルもふもふの刑一時間な」

「怒らないって約束したじゃないか!」

「怒ってはいないぞ。ただ、重罪には極刑。当然だよなぁ」


 俺だってコッペパンサンドすごくすごーく楽しみにしてたんだぞ。この悲しみはモフモフでしか癒されないだろうよ、パンはまだDPで出さないといけないから小麦が育つまでお預けになっちまったんだぞ。

 まぁ、済んでしまった事はどうしようもない。切り替えていこう!

 

 左手に持ったお椀から、キノコの切れ端を手に取って口の中にひょいっと入れる。


「ん、美味い!」


 マジで美味い! ほんとに美味い! なんかよくわかんないけど、とにかく美味い!今まで食べた事がない味だから例えようがない。でも美味いって事だけはわかる!

 今、俺の脳から快楽物質がドパドパでてるのがわかる。成程、これは確かについつい許容量をこえてでも食べたくなる気持ちがわかった。大いにわかる。もし一本以上あったなら、間違いなく俺もやらかす。


 しかしこれは……量産できるならぜひしたい。 が、仮に量産が成功した場合、毎回食べ過ぎて全員酔っぱらう未来しか見えない。

 今回の被害は俺のコッペパンサンドだけだが、みんな人間離れした能力を持っているから、それが暴走すると未曽有の大人災を引き起こしかねない。すごく惜しいがこれの量産はしないほうが無難か……


 いや! いやいやいや! そういえばククノチがキュウリを勝手に品種改良してたな!

 ここはワンチャン彼女の能力に期待して、酔っぱらう効果をなくすか、せめてほろ酔い程度まで弱くできないか試してもらおう。


 俺の中で勝手に結論をつけたところで、周りが静かになっていることに気が付く。いつの間にかククノチとよくわからない方言をしゃべっていたアマツが寝ている。

 視線をさらに奥に向けると、ククノチの樹の下に寝かせた二人も寝入ってしまったようだ。アマツをくっつけたまま、立って寝ているククノチは一見すると危なそうだが実に安定して立っている。さすが植物だ。


 まぁ、こうなってしまったから、もう山菜狩りを続けるのはやめよう。とりあえずスピリタケを含めていくつかの新食材と、大量の飼料用草ロールを作れたし収穫は十二分にあった。失ったものもあったが、それは補填されるので問題ない。

 

 森林エリアの気候を快適に調節したあとで、お椀に残って居たコリッコリーだと思うものを摘まんで口の中に入れる。お、コリコリした歯ごたえがあって悪くない。そのままだと味が少し薄いので、漬物とかに向いてそうな感じがする。

 

「さて、コッペパンサンドは食われちまったから、迷宮の胃袋に行くか」


 迷宮の胃袋は永久保存が効くから、一度に料理を大量に作って保存してある。

 寝入っているケモミミ娘達を置いて、俺は森林エリアを後にした。


 

 その後……

 正気に戻ったケモミミ娘に話を聞いてみたところ、コアさんを除いて全員スピリタケを食べた後からの記憶がみごとに飛んでいた。どんな味だったかもまったく覚えていないそうな。

 仮に暴走して暴れ回っても、正気に戻ったらまったく覚えてないって危険すぎる……反省できないからな。


 スピリタケは最重要管理食材とし、一日一本以上の使用を禁ずる!


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