4-EX3 森の味覚を探しに行こう 受難編
食べたらどんな影響を受けるかわかるコアさんがキッチンに行ってしまったので、山菜狩りを中断してオルフェが刈った草を纏める事にしよう。
「じゃあ、オルフェはそのまま周辺の草を刈っててくれ。草を纏めるのは俺たちでやろう」
「はーい、任せてください」
さらにペースを上げて草刈に励むオルフェ。別に激励したわけじゃないんだけどなー。
彼女の前に道はなく、彼女が通った後には刈られた草の道ができている。
「俺とアマツが草を集めるからククノチはツルでまとめてくれないか?」
「わかりましたー」
「ゴボォ」
うん、アマツよ手を挙げたから返事をしてくれたのはわかった。でも何言ってるのかさっぱりわかんねぇよ。念話で頼む。
「ではー、シュルシュルーっとー」
慣れた手つきでククノチが大きめのお椀のようなカゴ型のようなものを作ってくれた。でも、まだククノチ本体からは切り離されていないようだが、
「このなかに入れてくださいなー」
と言いながら、ツルを周辺に伸ばして刈られた草を掴んで纏めて放り込む。手早い、まるでお椀が命を持っているかのように草をかき集めていく。これ俺とアマツいらんよな?
「それではー。ギュギューっとー」
ククノチがツルを締めて山盛りになった草を圧縮し、ツルで形を整えていくと見事な草ロールができた。
後はこれを乾燥させれば飼料になるだろ。必要なら乾燥用エリアを追加してもいいし、これだけで数日分のエサになるはずだろう。これならDPで飼料を出すのは時々でも大丈夫そうかな?
それにしても、しっかり草集めをしてはいるんだが、ククノチの効率が段違いすぎて役にたってる気がしない。
「なぁ、これ俺とアマツは草ロールを運んだ方がいいんじゃないか?」
「そうねぇ、うちもそう思うっちゃ」
あー、アマツもやっぱそう思うよね。ロールも増えてきたしこれを草原エリアに運ぶほうがいいよねぇ。
「ではー、運ぶのはお願いしますー」
「よし、それじゃ行こうか」
「はーい」
木が多い森林エリアの中を転がす都合上、草ロール一つ一つの大きさは俺の腹くらいにおさえてある。軽く蹴ると軽快に転がり木の根にぶつかって止まる。歩きの邪魔だが、これはどうしようもない。
ふっと後ろを見ると、身長が低いアマツは大玉転がしのように手で押して転がしている。あれは前はともかく下は見えないだろうな、うまく先導して足を取られないようにしてやろう。
しばらく森の中をロールを転がして歩いているが、もうまったく疲れない。DP強化に感謝しながら進むと覚えのある地点にとうちゃ……
「ぶえっくしょい!」
そうそうこの花粉だよ。アマツは水のヘルメットでガードしているが、俺はそうはいかない。幸い症状はそこまで重くもないので気合でカバーしたい! が、
「へっくしょい! くしゅん!」
くしゃみをしたり目をこすったりしてる間にアマツに並ばれ追い越されてしまった。水のヘルメットがちょっとうらやましい。
あまりにくしゃみをしたせいか、心配そうにアマツがこちらを振り向いてきた。
「主さん、ほんとーに大丈夫と?」
「うん、大丈夫大丈夫慣れてるからこんなの」
地球の花粉はこんなもんじゃないからな! ただ、ティッシュやハンカチがないのがつらいだけだ!
いや、ティッシュくらいならDPもかからんし出した方がいいか。そろそろDPが安い物なら必要なものはケチらずに出して生活を快適にしていきたいところではある。
だが、本音を言えばDPは強化や知識、新メンバーの召喚に回したい。ティッシュなど地球では簡単に手に入るものでも、ここでは作り方を知ってる上でさらに生産する設備がないと、どうにもならない。
金を出せば手に入るって、とってもありがたい事だったんだなぁ……
「くしゅん!」
あっ、くそ、鼻水が……そうだ! 俺もアマツのように水魔法で顔を洗おう。うーん、俺だと野球ボールほどの水玉を出すのが精一杯か。それでも目と鼻を洗う程度になら十分。
水玉に顔をつけて目を洗い鼻水を洗い流す。ついでに鼻の奥に溜まってた”モノ”も出し切ったらそのへんの樹の根に水玉ごと捨てる。きっといい栄養になってくれる……はずだよね。
うん、大分楽になった。これならティッシュいらないかも。
「主さんはうちと同じようにしないんかー?」
「俺は水玉を浮かせるので限界だから、そこまではできないよ」
水玉を浮かせるだけでも大変なのに頭に付けたまま動くのは、水魔法の適性がないと無理だろうなぁ。
「じゃあうちが主さんの分もやってあげるっちゃね」
「え? いやちょっと待……」
断りきる前に俺の眼前に頭大の水玉が出現した。そしてそれは俺の頭を食うかのように包み込む。
「ゴボォ!?」
ちょっとアマツさん! 俺は人間だから呼吸できないんですよ!? いや、見てないで早くこれとってくれ!
目で訴えてもアマツはただ見ているだけで反応がない。
あれ? もしかして人間は水の中で呼吸できないってわかってない?
身振り手振りで取ってくれるようにアピールするが、アマツは首をかしげるだけで取ろうともしない。
そのしぐさはかわいいが、早くコレとってくれないと俺が溺れるんだけど!
両手で水のヘルメットを掴み、全力で引き抜く!
が、当然水は俺の手をするりとぬけて元の位置に戻っていく。
ダメか!? なら頭を振って!
だが、水ヘルメットは慣性の法則など知らぬとばかりにピッタリ頭に張り付いてくる!
ダメだ! やっぱりアマツを説得するしかない!
「ゴボッ!」
口を開けた瞬間に水が入り込み、視界が歪む。ヤバイ……意識が……苦し……なんか……体が冷たい……寒……
「ご主人! 気をしっかりもって!」
突如腹に衝撃を受ける!
「ゴホッ! ……ゲホッ! ゼハッ!ゼハッ!」
肺の空気がすべて抜け、反射的に息を吸って……ようやく普通に呼吸できることに気が付き、思いっきり空気を吸って……
「ゲホッ! ゲホッ!」
激しくせき込む、喉が痛い。っと誰かが背中をさすってる感触がある。
目をつむってこすり頭を軽く振った後にゆっくり目を開けると、歪んでいた視界が徐々にクリアになっていき……背中をさすっていた人影がしっかり見えてきた。
「オルフェか……どうしてここに?」
ここは草刈りをしていたところから距離がそれなりにある。オルフェの聴力が人間離れしていても特化してるわけじゃない。この距離は無理だろう。
「それは……」
「それは私が教えたからだよ」
オルフェの声を遮り、何かの包みをもったコアさんが木の陰から現れた。
「溺れる理由がわからないアマツを説得して解除してもらうより、オルフェに全速力でここに来て魔力を消してもらう方が早いと思ったからね」
ああ、そうだった。召喚する時にオルフェは触っただけで魔力を消す体質を持たせたんだったな。
だから魔力で操作されてた水ヘルメットもオルフェが触っただけで、魔力が消えてただの水になったのか。
俺の全身や足元が濡れてるのはそのせいだな。
「すまない、二人とも助かったよ」
「まぁ、間に合ってよかったよ」
「そうですね、後遺症もなさそうですし」
いや、マジで死ぬかと……今までで一番やばかった、まさか本当に仲間に殺されかけるとはね。
「あ、あの……主さん」
念話で呼ばれて振り向けば、そこにはようやく事態がわかったのか悲痛な顔をしたアマツが立っていた。
いや、水ヘルメットがなければボロボロ涙を流していただろう。
「ごめんなさい! うち……主さんが水中で呼吸できないって知らなくて……」
念話だがそこで言葉に詰まり、うつむくアマツ。
うん、水中で呼吸できるのはウチの中じゃアマツだけなんだけどね。思い返せばダンジョンモンスターは召喚……というより生成されてるから経験がない。俺が共通常識として当たり前に思ってる事でもアマツ……いや、ダンジョンモンスターは知らないことがある……か。
「悪気があったわけじゃないし、知らなかったならこれから覚えておけばいいさ」
実際これはアマツだけに限らないだろうしな。もしかしたらククノチはみんな光合成をしてると思ってるかもしれないし、オルフェは全員50km程度は全力疾走できると思ってるかもしれない。
他種族だからこそのコミュニケーションが必要だと痛感したわ。
「……怒らないの?」
「なんだ? 怒ってほしいのか?」
全力で首を横に振るアマツ。水ヘルメットも震えているが、まったくこぼれる様子がない。
「いや、怒られるべきなのはマスターだよ」
「え? 怒られるの俺なの? なんで?」
コアさんはアマツと俺の間に割って入り、俺の方にびしっと人差し指をさす。
「普段から魔法攻撃に抵抗する訓練をしてるのに、できてないじゃないか。ちょっと水で顔を覆われたくらいで簡単にパニックをおこすなんて」
うぐっ! 言われて見れば確かにそうだ。アマツは離れてたし、思い返すと冷静に魔力を込めれば自分で解除できたはずだ。
「今回は私も見てたしやったのがアマツだったからよかったものの、これが仮にダンジョンの外だったらマスター死んでたよ?」
「返す言葉もありません」
「やっぱり訓練のレベルを上げたほうがいいね。今後は不意打ちで幻術をかけるからしっかり打ち破ってくれたまえ」
うう……できれば勘弁してほしいが、この程度の対応ができないとこの世界では生きていけないんだろうな。
「アマツも不意打ちでマスターを魔法で攻撃していいから。私が許す」
「これも主さんが強くなるためっちゃね! 全力でやるとよ!」
ふんすと気合を入れなおすように手を胸の前でギュッとするアマツ。
ちょっとまって!? それは訓練のレベルが上がり過ぎでは!?
「僕はご主人に攻撃しなくてもいいの?」
オルフェ! そんないらんこと聞かなくていいから!
「これはあくまで魔法に抵抗する訓練だから、オルフェはマスターが九割死にかけるまで触って解除しないようにしてくれたまえ」
「わかりました!」
「そこはせめて半殺しで助けて!」
「大丈夫、身体的なケガならククノチが治してくれるからマスターは安心して限界を超えるまで修行できるよ」
心に消えないキズができそうなんですが!
「はっくしょい!」
寒い! そういえば水をかぶったままだった。濡れた服が冷えてつめたい。
「今後修行方針が決まったところで、マスターはさっさと着替えてきたらどうかい? 私たちはこれの試食でもして待ってるからさ」
そういってコアさんは持っていた包みを開けて、中に入っていたお椀を取り出す。お椀の中には一口大にカットされたコリッコリーとキノコだと思うものが入っていた。
うん、お椀だと食べ物の持ち運びや保存に不便だし、タッパーくらいなら用意してもいいだろう。
「ああ、じゃあ着替えてくるから俺の分も残しておいてくれよ?」
味は気になるところだが、薬がないここで風邪を引くのはマズイ。さっさと着替えてくることにしよう。