4-EX1 森の味覚を探しに行こう 準備編
皆で朝飯を食べ終えた後、唐突にコアさんがテーブルに手をついて身を乗り出した。
「今日はみんなで山菜狩りをしたいんだけど、どうかな?」
何を言い出すかと思えば今日の予定についてだった。
皆があっけにとられて硬直している中、本人はしっぽを振って皆の返答を待っている。
「山菜狩り? 森林エリアでか?」
リブートした脳みそがオウム返しのような答えを返す。
ダンジョンの外は荒野だし、ウチで山菜狩りができる所といえばそこしかない。
「その通り、私たちはDP変換効率が悪いからという理由で、今まで山菜を取っていなかった」
ここで何かの熱が入ったのか、ぐっと右こぶしをかためると、
「しかし、それはとても勿体ないことだよね! きっと薬味になりそうな山菜とかいっぱいあるはずなのに!」
お……おう、そうだね。
俺はコアさんの気迫に押されてしまったが、オルフェはコアさんの演説に鼓舞されたように立ち上がるなり、
「そうですよね! 絶対美味しい山菜が沢山ありますよね!」
「君ならわかってくれると信じてたよ!」
そう言いながらコアさんの方に向かい、コアさんの手を取ってぶんぶんと手を振る。彼女は肉より野菜好きだからな。
しばらく見つめあっていた二人だが、突然手を離すとピシガシグッグッと……ってオイ、コアさんはともかくなんでオルフェがそれを知ってるんだ? コアさんに教えてもらったのか? 普段何を教えてるんだまったく。
これで完全にシンクロしたのか、同じタイミングでククノチに視線を移す。
森林エリアはククノチの管轄だから、彼女が首を縦に振らないことにはこの話は進まない。
「いいですけど、乱雑に取ったら許しませんよー?」
頷きながら許可を出すククノチ。
無駄に木々を傷つけたりすると彼女の逆鱗に触れることになるが、ちゃんと利用用途があれば伐採とかもさせてくれるのだ。
とはいえ、伐採したところでまだ加工するノウハウも施設もないので、邪魔な位置にある木を切ってDPに変換している程度だが。
二人の視線はククノチからアマツに移る。
彼女はニコッと笑ってサムズアップをしたので賛成のようだ。かわいい。
そして視線は最後に俺の所に、見つめる二人のその眼がありありと訴えている『それでマスター(ご主人)はどうなんだい(です)?』と。
別に俺も今日は予定もないし反対する理由もない。むしろ
「いい機会だしいいんじゃないか? どうせなら山菜の他に食用のキノコや他の味覚も探してみないか?」
地球にもカエンタケのように触るだけでヤバイキノコがあるからな。ましてここは異世界、触るだけで爆発するようなキノコもあるかと思い、食用可能かわかる知識があっても今までキノコには手を出していなかった。
しかし今なら植物の生態がわかるククノチや、さらに詳しい知識を得るために必要なDPもある。そろそろ木の実以外の食材に手を出しても大丈夫だろう。シメジやシイタケの代わりになるようなキノコが見つかれば俺も嬉しいからな!
「よし! じゃあ今日はお弁当を作って森林エリアで食べようじゃないか!」
全員賛成したからか、しっぽをぶんぶん振って上機嫌になったコアさんがそう提案する。
気候が操作できるから快晴の森林エリアで飯を食うという案は悪くはない、が、
「弁当っていっても何作るんだ? おにぎりもパンもまだ材料がないだろ?」
しばらく前に植えた稲と小麦はまだ収穫できるほど育ってはいない。
一応ククノチの能力で無理矢理成長させることはできるらしいが、味が保証できないと言った瞬間にコアさんが猛烈な却下をしたので、食用として育てている植物を急速成長させるのは禁止というルールができた。
但し、収穫量を増やしたりより濃い味にするため、植物に負担がかからない程度の操作はやってもらっている。そこにダンジョン操作による最高の環境とククノチの世話が加わった結果、俺の記憶にある地球の稲と比較すると、今ウチのダンジョンで育てている稲は大きさや力強さが全然違う。この稲は間違いなく実っても頭を垂れそうにない。
小麦は実物を見た事がないから比較できないが、稲や他の植物を見るにこいつも地球のより大きかったりするのだろう。
それはさておき、その辺りの事情はちゃんとわかっているようで、
「うん、確かに材料がない。だからマスター」
コアさんはそういうと指を銃の形に変えて、
「コッペパンを要求する! ってやつだよ!」
そのまま俺に指を突き付けてきた。ご丁寧に魔法で指先からチロチロ炎を出してやがる。
元ネタどころかコッペパンすら知らない三人がポカーンとした表情でこっちを見てるじゃないか、この空気をどうしてくれるんだ? まぁいい。
「DPで出すのはコッペパンでいいのか?」
「うん、それにダンゴウサギのハムとキュウリのサンド。後はタマゴサンドを作ろうと思う」
そう! ウチのダンジョンもついに鶏卵が取れるようになった! 早く食べたくてある程度育った状態でニワトリを出したからな!
タマゴも加わって実に美味そうなラインナップだ。ああ、しばらくパンを食べてないことを思い出したら突然食べたくなってきたわ。
「よし、じゃあ今日の昼はそれにしよう。三人はどうだ?」
一応三人にも異論がないか聞いてみたが、
「サンドっちゅーやつでよかよー」
「コアさんが作るものなら間違いないですからねー」
「意義なーし」
三人とも俺と同じく、すっかりコアさんに餌付けされていたようだ。コアさんは暇さえあればダイニングルームに入り浸って料理に関する様々な試作をしているからな。
本人は飽きもせずイズマソクにいろいろな調理を試した後、味見して転げ回ったりしているようだが、俺達に出された創作料理がマズかった事は一度もない。コアさんの宣言通り、俺はガッチリ胃袋を掴まれてしまったわけだ。
「じゃあ、私は弁当を作るから」
コアさんのこの言葉でいったん解散となり、コアさんは食材を取りに迷宮の胃袋へ、三人はそれぞれの持ち場へ今日の世話をしに行ってしまった。
うーむ、出遅れたな。どうしようかとうだうだ悩んでるうちに、食材をもってコアさんが戻ってきた。
「コアさん、なんか手伝えることはあるか?」
「それじゃあハムとキュウリのサンドを任せてもいいかな? 材料切るだけだしね」
料理に関してはすっかり立場が逆転してしまった。料理スキル付けた事もあるけど好きこそもののなんとやら、コアさんの腕前はもう俺をはるかにぶっちぎっている。
今切っているダンゴウサギのハムもコアさんの手製だ、スパイスもないのでほとんど塩味しかついてないが隠し味……というか香りづけに入れた果実の微かな甘い匂いが食欲を増長させてくれる。
そういえばスパイスは植物の種だったり葉っぱだったっけか、今日の探索でいろいろ見つかればコアさんの飯がさらに美味くなるな!
「なぁ、コアさん」
「ん? なにかな?」
タマゴサンドにするゆで卵を潰していたコアさんがこちらを向いて答える。
「コアさんに食材鑑定の能力を付けようと思うがどうだ?」
「それはありがたい、是非付けてもらいたいね」
食材鑑定は鑑定能力の一種で、食べたら身体にどのような影響を与えるかがわかるようになる。
コアさんは未知の物ならどんなものでも恐れず食べようとするので、正直いつか毒物を食うんじゃないか心配でしょうがなかった。
しかし、この能力さえあれば少なくとも毒物は回避して……いや、コアさんの事だからなんとしてでも解毒して食おうとするだろう。まぁ、毒がなくなってくれればいいのだ。
雑談を交えつつ、切ったハムとキュウリを切り口を付けたコッペパンに適量を挟めばハムサンドの完成……
「あ、ちょっと待ってマスター」
ククノチに作ってもらったバスケットに出来立てのサンドを詰めようとしたら、コアさんに呼び止められてしまった。
その声に振り向くと、コアさんは手に持っていたビンから何かの液体を少量ハムサンドのコッペパンに浸み込ませるようにかけていく。
「ふふ、ハムにはこのブリオーオイルがよくあうのさ」
全てのハムサンドにオイルをかけるとこちらを向いて微笑む。
いや、パンにブリオーしみ込ませただけでこれ絶対美味いやつだ! 俺の直感がそう言っている。これは昼飯が楽しみになってきた!
バスケットに人数分のコッペパンサンドを詰め終わり、念話でこちらの準備が出来た事を伝えると、ほどなくして三人がダイニングルームに戻ってきた。
「よし、みんな来たね。それじゃあ新しい味覚を探しに行こうか!」
「おー!」
コアさんの掛け声と共に俺たちはダイニングルームを出発し、未知の味が待つであろう森林エリアに向かって行ったのだった!