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4-14 至福のブラッシング

 座敷に俺の声が響き、そのうち静寂が場を支配する。

 はたしてこの言葉を受けたコアさんの反応は如何に? 土下座してるから表情から察することもできない。


「いきなり土下座なんてするから何を要求してくるかと思えばそんなことかい?」


 少し呆れたような声がかけられた。

 そんな事ってなんだそんな事って、俺……いや、全ケモミミスト……どころか全ケモナーにとっての夢だと思うぞ。獣人のしっぽをブラッシングするのって。


「まぁ、マスターにならブラッシングくらいさせてもいいかな? 少なくともしっぽやケモミミに対して乱暴な事は絶対にしないだろうってのは今までの生活からわかってるからね」


 フォーウ! よっしゃOKもらったやったぜー!

 思わず立ち上がり右手を天に突き上げて我が人生に一片の悔いなしのポーズ!


 ……はっ!? アブねぇ本当に昇天するところだった! やる前に昇天してどうする俺!?

 本当に昇天してしまったら一生の悔いが残るところだった! 死んでるけど!


「ははは、喜んでくれてるのは嬉しいけど手間じゃないかな? ほら、私のしっぽってすごいもふもふして……」

「違う! それは違うぞコアさん!」


 まったく何言ってるんだ? そんな事あるわけないだろう!?

 思わず指をさしてしまったせいでコアさんがちょっと仰け反ったがここは無視!


「いいかい? これは金を払ってでもさせて頂く癒しであり、金を積まれても譲れない癒しでもあるんだよ!」


 またしても座敷に俺の声が響いた後に静寂が訪れる。


「……へぇ、金を払ってでもしたいんだ?」

「な……何が望みだ?」


 しまった、コアさんが悪い顔をしておる。だが……ここは払わざるを得ない、それほどまでに獣人にブラッシングする事とは魅力的なものなのだ。


「何、そんなに身構えなくてもいいよ。結局出どころは同じ財布だしね。ちょっとビールを味見してみたいだけさ、量はそんなにいらないよ」


 成程、さっきククノチが飲んだから味見してみたくなったのか。これくらいならまぁいいだろう。

 素材のせいか缶ビールより瓶ビールのほうが必要DPが少ないので、瓶ビール(小サイズ)を出して渡してやる。


 尚、俺たちにはもう栓抜きは必要ない。コアさんは右手で受け取ると親指で栓をはじいて飛ばし、そのまま口をつけて飲みだした。その気になればチョップで瓶を切る事もできるくらいには強化されている。


「んぅ……? 苦いし思ったほど美味しくない。ククノチはよくこれを一気に飲めたね」


 ふむ、酒は飲むけどビールはそこまでじゃないか。ビールはのど越しを味わう物なんだが、じっくり味見するコアさんとは相性が悪いようだな。


 それでも全部飲み干してゲップするコアさん。炭酸は慣れてないとそうなるよね。


「さて、私はどうすればいいのかな?」

「横向きに寝て待っててくれ、俺は準備するから」


 まずはヘアブラシと新しく犬用のスリッカーブラシを用意してブラッシングしよう。

 足りないものは途中で召喚できるし最初はそんなもんだろ。




「よし、それじゃあ始めるぞ」

「一応初めてだし、優しく頼むよ?」


 しっぽの傍に座り、膝の上にしっぽを乗せる。ふぉぉ……やはりドライヤーを当てた後だからか、いつも触らせてもらってる時よりふんわりしてる! これだけでご飯三杯は食える! ご飯まだないけど……


「……マスター?」

「はっ!? すまん、ちょっと意識が飛んでた」

「ちゃんと終わらせられるんだろうね?」


 はい、スミマセン。膝にかかる感触がよくてつい……

 しっぽに手を置いて軽く撫でた後、少し指を毛に通して梳かしてみる。すると毛が多いからか少し引っかかりを感じた。それに毛玉もちょっとできかけてるかな?


「よし、ブラシを使うから引っ張られて痛かったら言ってくれ」

「……ん」


 ブラシをしっぽの先に通し、ゆっくり動かして梳かしていく。ついでに空いてる方の手でしっぽを撫でまわす。

 やはり手で梳くより引っかかりを感じる。無理に通さずにできるところを探して梳かしていくとブラシにだんだん毛がたまっていく。やっぱり今までブラッシングしてなかったからな、これからは毎日させて頂く。これは命令ではない、綺麗なしっぽを持つ者の義務である。義務故に拒否権はない。


「どうだ? 痛い所はないか?」

「ん、とっても気持ちいいからその調子で頼むよ」


 よしよし、好評なようだ。ブラシについた毛を取り除いて丸めておく、集めて毛玉ボールにしよう。何の役に立つのかはわからんけど。


 そのまましばらくブラッシングを堪能していたが、せっかくの二人きりだし他の三人の前では聞きにくい事を聞いておきたい。


「なぁ、コアさん」

「ん、なんだい? それと、そこはもう少し力を込めてやってほしいかな?」


 言われた通り力を込めて梳いていく。今大体半分と行ったところだが、梳いた部分はさらさらでほんとに手触りがいい。


「召喚したダンジョンモンスターって、意図的にダンジョンマスターを……その、攻撃できるのか?」


 これまでもコアさんに棒で殴られた事はある。但し、これは全て訓練中の出来事。言い換えれば俺が了承済だからできると思っていた。

 だが、


「んー……そうだねぇ、確かにマスターを攻撃しちゃいけないルールはないし、その気になればマスターを殺す事もできるねぇー」


 リラックスしきった声で俺が言いよどんだ最も聞きたくなかった言葉を返された。

 やっぱりか、今日は俺の失言とはいえ、オルフェがアイアンクロー……俺の許可なく危害を加えてきた。 

 さらに前マスターが死んでもダンジョンコアや森林エリアが残って居たという事は、仮に俺が死んでもダンジョンモンスターには何の影響もないんだろう。


 つまり、これらの事実は絶対的な主従関係などなく、俺がモンスター達をないがしろにしたりすると牙を剥かれる可能性があるという事だ。実際今いる四人とも簡単に俺を殺せる程度の力は持っている、いや持たせているといった方が正しいか。


 一応回避策はある。モンスター達を絶対服従状態にさせて俺への如何なる攻撃を禁止させることもマスター権限で可能ではあるんだが……

 しかし、これをやってしまうとモンスター達の主体性がなくなるし、皆自由に生きるべきだという俺のポリシーにも反する。それに何より……

  

「ダメだよ」


 リラックスしていたはずのコアさんが顔だけこちらを向いて強い口調で言う。


「それは絶対やってはダメだよ。これはモンスターとしてのお願いじゃなくて、ダンジョンコアとしての忠告だ」


 今まで一緒に過ごしてきて、ここまで強い反対をされた事はない。もしかしてコアさんは過去にモンスターに対して絶対服従させたマスターの末路を知っているんじゃないか?

 そういえば今までコアさんの過去については聞いたことがない、妖狐になる前はダンジョンの機能についてがほとんどで、妖狐になった後は飯の話が大半だった。


「そんなに心配しなくてもマスターが()()()()なら大丈夫さ、そんなことよりその辺はくすぐったくて感じやすいからもっと優しく梳いてくれないかな?」


 今のまま……ね、確かにこのままダンジョンが大きくなってDPをもっとたくさん稼げるようになったら自制ができるかは怪しいもんだ。まぁ、今のままなら大丈夫と太鼓判を押してくれたし、俺が悪い意味で変わらないようにすればいいだけの話だ。

 

 ブラッシングも終盤になり、大分お尻に近い部分を梳いているがこのへんは感じやすいのか。ちょっとイタズラ心が芽生えるが、変にやって今後二度とさせてくれないなんてことになったら自殺もんなので心を込めて丁寧にしっぽを梳く。


 最後の仕上げをやっていると、ククノチの樹方面のポータルから人影が見えた。


「ビールが残ってたの忘れてましたーって、ご主人様達何をされてるのですかー?」

「しっぽのブラッシングだ。これが終わったら次はククノチのしっぽをブラッシングさせて頂きます。これは義務です」


 座敷に入ってくるなり、置いてあったビールを手に取り一息に全部飲み干すと、こちらに視線を向けてきた。


「ブラッシングですかー?」

「そうだ、是非見て触ってみてくれこの毛並を! 綺麗だし手触りも最高だぞ!」


 ブラッシングが終わったばっかのコアさんのしっぽをなでると、ククノチが寄ってきて座り一緒にコアさんのしっぽを触りだした。


「ほぇー、ふさふさで温かくて手触りが良くていいですねー」

「そうだろうそうだろう。俺が丹精込めて梳いたからな」

「あの、くすぐったいからそろそろやめてくれないかな?」


 おっと、クレームが来てしまったので手を離す。


「コアさんブラッシングはどうだった?」

「実に良かったよ、それに……」


 立ち上がるとしっぽを左右に一回振った後、手でしっぽをなでるコアさん。


「なんか軽くなったような気もするし、しっぽが綺麗になるのはいいもんだね」


よっしゃ! 気に入ってもらえて何より! であれば……


「気に入っていただけたのなら、これから毎日ブラッシングさせて頂きたく存じます!」


 これからの未来を賭けてここで最大の博打にでる! もし断られたら俺は明日から何を楽しみに生きていけばいいのかわからなくなってしまう。だが、ここで勝ちさえすれば……


「本来ならこっちがしてもらう立場のはずなんだけどね、マスターがしたいというなら断る理由はないよ」


 ……勝ったッ! 


「あのーコアさん。ご主人様が何回も床を足で叩いて腕を振り上げてるんですけどー。あれは何ですかー?」

「何だろうね? 全身で喜びを表現してるのはわかるんだけど、それ以上は私にもわからないよ」


 二人が何か話してる気がするがそんなことはどうでもいい! これから毎日コアさんのしっぽをブラッシングできるんだ! 毎日サービス残業してた日々よさようなら! こんにちわブラッシングサービスする日々よ!


 ふぅ……


 喜びの感情を爆発させて落ち着いてきた。ちょっと疲れてたのでその場に腰かける。

 おっと、浮かれていたがまだやることがあったのを思い出した。


「さて、ククノチ。次は君の番だ。ここにしっぽを乗せなさい」


 ククノチに目配せして、ポンポンとあぐらをかいた足を叩く。


「あのー、これ本当に大丈夫なんですかー?」


 ちょっと引き気味に……というか壁際まで引かれてしまった。失礼な、コアさんからも言ってやってくれよ、気持ちよかったって。


「ククノチ、マスターにしっぽをブラッシングさせるだけで好きなものを出してもらえるから、犬にかまれたと思ってちょっとだけガマンするんだ」

「そうなんですかー! ならやらせてもいいですねー」


 ちょっと!? 毎回何かしら要求してくるのはやめろよ?



 この後、すでにビールを渡したということで今回は無償でブラッシングさせてもらえた。

 もちろん毎日ブラッシングする約束も取り付けたぜ!

 後はオルフェだが、大樹の治療を終えた彼女は予想通り爆睡していたので、今回は諦めた。


 まぁ、二人やっただけでも今日は大満足! 温泉もできたし、生活するにも大分整ってきた!

 しかしまだまだ足りない、これからも少しずつ整えていこう!


キルト様よりコアさん描いてもらいました!

ありがとうございます!


挿絵(By みてみん)


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