3-11 幻術コワイ
うぉぉ……なんというか地獄絵図とはまさにこのことなんだろうな……
狂乱状態に陥った狼たちが爪で周りを薙ぎ払い、手あたり次第に噛みついて激しい同士討ちを繰り広げてる。
やっぱりあのゴツイ肉体から繰り広げられる爪撃は伊達じゃないな。
胴体を薙がれた狼が内蔵をまき散らして倒れ伏す。
薙いだ狼も別の狼に喉笛をかみ切られて、血を吹き出しながら倒れる。
今までで一番グロイ……
「一体あいつらは何を見てるんだ……」
「なに、煙幕で連中の姿をぼかして、名状しがたいものにみせてるだけだよ。ついでに幻聴で平常心を保てないようにしてあるんだ」
うへぇ、連中はのきなみ正気度判定失敗ですか……
やっぱ幻術って怖い。
「それよりリーダーには効かなかったようだね。彼だけ冷静だよ」
確かにリーダーだけは落ち着いてるな。
前を走ってたやつを薙ぎ払い、仲間を見捨てて行ってしまった。
なんてひどいやつだ! そんな奴にはお土産をくれてやる!
ゴブリンの時と同じように、所々にある天井の窪みに隠してあったボウガンをリーダーが走ってくるたびに発射する!
だが、奴は避けるそぶりを見せず、急所をカバーしながら矢を両腕で受けていく!
腕をハリネズミにしながらも、ついにリーダーは耐えきって出口から逃げてしまった。
しとめられなかったのは残念だが、そこだけは相手が1枚上手だったと思っておこう。
行ってしまったやつはもういいとして、殺し合いを続けている狼共がどうなっているか……
好んで見たいものではないが、まだ戦闘中だし見ないわけにはいかないもんな。
――うん、同士討ちはもう終盤か。いまだに立っている……というより、まともに動く事ができてるのはわずか2匹。
そいつらも重症を負って疲労困憊で力を出せないから、お互いに相手を殺せないとみる方が正しい。
奴らの周りに散らばってる”モノ”が、同士討ちの凄惨さと筋狼族本来の実力を物語っている。
「さて、そろそろあいつらを介錯してやらないとね」
コアさんはそういうと縦穴を飛び降りて連中の前に姿をあらわす。
風魔法で煙幕を散らすと、同時に狼が周りを見渡し狼狽し始める。
どうやらコアさんが幻術を解いたことで、自分達が本当は何をしていたのかを把握しているのだろう。
そしてコアさんを見つけた2匹は怒りをむき出しにした表情を見せ、最後の力を振り絞るように攻撃する。
だが遅い。走る速度も爪を振るう速度もコアさんの動きに反応する速度も何もかもが――
最初の1匹が振るった右爪をコアさんは難なく踏み込んで回避し、同時に抜刀すると相手の脇腹を薙ぐ。
そのまま後ろにいる1匹に向かって走る!
狙われた狼が焦ったように右腕を振るうが、力がないと判断したのかコアさんはそれを左手で受け止める。
そのまま刀を振り上げると、狼の左肩に刀を振り下ろす!
そのまま胸の中ほどまで切り裂き、相手の首元を押して刀を引き抜く。
狼はそのまま仰向けに倒れる。
――命が抜ける重たい音があたりに響く。
「後はまだ生きてるのにトドメを刺せば任務完了だよ」
血の付いた刀を拭いながらこちらに報告してきた。
「あ、ああ。それは任せていいか? 今ククノチが第2防衛ラインの死体を倉庫用迷宮の胃袋に運んでるからそれが終わったらその近くに胃袋を移すよ」
「わかったよ。ところで私はリーダー以外を倒したわけだけどご褒美に何をDPで出してくれるのかな?」
「あー、そうだった。それに関してはちょっと考えてる事があってな、ククノチにも聞かせてやりたいんだがコアさんククノチにコアルームに来てもらえるように連絡する事ってできるか? コアさんもトドメさしたら来てくれ」
今ククノチは死体運び中でここにはいないからなー。
「今伝えたけど、2度手間になるからダンジョンモンスターと念話できるようにしたほうがいいんじゃないかな?」
「そうだな、今回の事でDPは稼げただろうし連携の面でもできるようにしたほうがいいだろうな。それじゃコアルームに集合してくれ」
「わかったよ」
第2防衛ライン奥に設置したスポーンポイントからコアルームに戻る。
ほどなくして2人もコアルームに飛んできてくれた。
「お待たせしましたー」
「トドメはきっちり刺しておいたよ。これでもう生きてるやつはいないね」
そっか、とりあえずこれで戦闘は終わったな。
「まずは2人ともお疲れ様。おかげで今回も全員生き残ることができたな」
「それはマスターがちゃんと準備をしてたからだよ」
「ご主人様にケガをさせてしまって申し訳ありませんー」
深々と頭を下げるククノチ。うーむ、どうも引きずってるなぁ。俺としては回復役を守っただけだし課題も見えたから結果オーライなんだが……
「それじゃあククノチには罰として後でネコミミを堪能させてもらおうかな」
「それで許されるのでしたらー」
よし! 言質は取った! 後でたっぷり撫でまわしてやる!
「マスターに撫でられるのか。ククノチ、生きて帰ってくるんだよ」
「えっ!? 私死ぬかもしれないんですかー!?」
「マスターのケモミミ愛を込めた自重しない撫でまわしは呼吸困難になるレベルでくすぐったいからね」
「ああ、この前ぐったりしてたのはそういうわけなのか」
「うう、私が死んだら私の樹の下に埋めてください―」
「いや、殺す気ないから。そんなに悲壮な顔するなよ」
罰といっても今回はほとんど建前だし。
「それはさておき、2人には戦闘以外にもキュウリや魚の世話をしてもらったおかげで、それらも無事に収穫を迎えられそうだ。だからダンジョンマスターの俺としては諸君らの献身に対して報いる義務がある」
ここで言葉を切ってタメを作る。心なしか緊張した面持ちで話を聞く2人。
まぁ、このセリフも一回言ってみたかっただけなんだが、
「そこでだ、収穫した食材を使った祝勝会兼収穫祭を提案する。もちろん今回入るDPも使って盛大にだ!」
おーおー、みるみる顔が明るくなっちゃって、コアさんなんかしっぽの振り方が半端なく早いし。
「せ、盛大にだって!?」
「そうだ、コアさんがこの前食べたがってたローストビーフに豚肉のスペアリブ、鶏の丸焼きの3種食べ比べ、さらにデザートにケーキを付けよう。1カットなんてけち臭い事はいわない、1ホールだ!」
ぶっちゃけコアさんが追撃戦で倒した狼の数を考えればこれでも余裕で賄えるし、料理が食べきれなくても迷宮の胃袋に保存しとけば腐らない。
「お、おおおおお! 太っ腹! 太っ腹だよマスター!」
コアさんが体全体を使って喜びを表現しておる。ここまで感情を表にだすコアさんは初めて見た。
「あ、あのご主人様! で、では飲み物は? お酒はー!?」
完全に興奮した表情でこちらに問い詰めてくるククノチ。
彼女を召喚して数日、一緒に過ごしてわかったが彼女は飲み物全般を好み、特に酒が気に入ったようだった。
「赤白ワイン、ウィスキー、梅酒に焼酎はもちろん日本酒も大吟醸、純米酒に本醸造酒と飲み比べセットを提供しよう、もちろん酒に合う肴も付けるぞ」
「ほ、ほあー、ほあぁー!」
ラインナップを聞いて完全にトリップしてしまった。
幸せ全開の美女の満面の笑みはこっちも見てて幸せになるが、行き過ぎて美女にあるまじき顔をしそうなのでこっちの世界に戻すことにしよう。
「おーいククノチー、そろそろ戻ってこーい」
ククノチのネコミミをいじって正気に戻す。
「とりあえず2人とも喜んでくれそうで何よりだ。だが、まずは後始末の続きするぞー。コアさん、比較的綺麗な死体から毛皮はぎ取っておいてくれないか?」
「ついでに解体して食べてみてもいい?」
「相変わらずだねぇ、あんなん硬くて食えそうにないと思うが」
これもジビエの一種になるのかはわからんが、筋張っててうまいとは思えん。
「ほら、マスターがキッチン作ってくれたし、じっくり煮込んでみれば柔らかくなるかもしれないだろ」
「もういっそのこと料理スキルと知識でもつけるか?」
「いいね! そしたら今後の料理は任せてよ。マスターの胃袋も鷲掴みにしてみせるから」
「そいつは楽しみだね、それにしてもコアさんは割烹着がこの上なく似合いそうだなー和服だし」
割烹着姿のコアさんを妄想する、金髪だが古き良きケモミミ大和撫子だなぁ。
これはもうプレゼントするしかないな!
「ああ、それなら割烹着装備を作って装備ウィンドウから登録してくれれば割烹着姿に着替え……というより変身できるよ」
「なんだとー! そんなことができるのか!?」
ということは、ということはですよ? コアさんやククノチにいろんなコスプレさせたりできちゃうのか!?
例えば……デンジャラスなビーストとか……
「マスターが考えてることが手に取るようにわかるけど、あまり変な恰好はさせないでおくれよ?」
「あ、ああ。そのへんはわきまえるように気を付ける」
「ご主人様ー? 早く片付けしませんかー?」
「すまんククノチ今行く、コアさんも今回は手伝ってくれるよな?」
「今回は外に何もなさそうだし私もやるよ」
今回の襲撃は数が多くて大変だったが、終わってみれば大量の死体というDP変換素材が手に入った。
備えあれば憂いなし、この死体で入るDPもしっかり有効活用させてもらうとしよう。