3-10 第2防衛ライン防衛戦2
まぁ、実のところ全然あわてる必要はないんだけどな。
「コアさん、”壁”よろしくー」
「はいはい、任されたよ」
狼が飛びあがってきたタイミングに合わせて、崖際の床が崖に向かって勢いよく立ち上がる!
突然の壁に反応することができなかったようで、顔面をぶつけたかのような景気のいい音が響く。
そりゃあ崖際の床は下にいる相手からは見えない位置なんだから、ワナをしかけるに決まってる。
敵はツルツルで凹凸がまったくない壁を、さらに登らないといけないのだ。
何も道具をもってないあいつらがこれを登るのはほぼ不可能と言っていい。
「ククノチ、次に天井ボウガンから矢が撃たれたら同時に”種”を発動だ。コアさんは発射タイミングをククノチに教えてやってくれ」
「次の発射まで後十秒ってとこだね」
「わかりました!」
監視ウインドウからみてた限り、第一射以外は警戒されて撃っても崖を登ってる狼以外にはほとんど避けられていた。
だが、これでいい。連中はもう常に上を見ていて足元をまったく警戒していない。
「三、二、一、発射!」
「分け身達よ! 芽吹きなさい!」
コアさんの合図と共に、ククノチが杖で地面を叩く!
上を見上げていた狼たちは、天井から放たれた矢は難なく回避する。
しかし、事前に崖下に撒いておいたククノチの種が発芽する。
それらは勢いよく成長すると倒れていた狼の全身に、あるいは立っている連中の足に、無差別に絡みつく!
突然絡みつかれて硬直する狼達、その間にも蔓はどんどん成長して体に巻き付いていき……そして首に絡みついて締め上げていく。
ただ、リーダーを筆頭として無傷の奴は首に絡みつかれるまえに蔓を切り裂いて脱出されてしまう。
「コアさん! 天井ボウガンの次弾はまだか!?」
「もうすぐ……今!」
天井から再び矢が降り注ぐ!
それらは蔓に絡みつかれて動けない、または気がついていない狼共に命中する!
「ウォーーーン!!」
リーダーが吠える! これは挑発じゃないな。こいつは……
「ククノチ! できるだけ早く”隔壁”だ!」
「はっ、はいー!」
さっきのリーダーの指示、それは退却だった。
リーダーを先頭に蔓を振り切ったやつから続々と撤退していく。
ククノチが魔力回復薬を取り出して一気に飲みほす。
そして、少し集中した後に杖で地面を叩くと、第2防衛ライン入り口の通路に撒いておいた種が発芽、一気に成長して退路を塞ぐ。
不幸にも丁度入り口付近を走っていて巻き込まれた狼もいたが……
これで取り残された無傷の数匹はもう、退却も進軍もできまい。袋の中のネズミ……いや狼か。
後は逃げた方の対処だが、もちろんタダで逃がす気はない。
「コアさん、スポーンポイントで第一防衛ラインに先回りして逃げた奴を殲滅してくれ。リーダーを逃がしても構わないから撃破数稼ぐことを優先で、倒した数に応じて後でなんか出してやろう」
「マスターは私の使い方わかってるね! 任せてよ!」
ビッとサムズアップをとるコアさん。
「ただし、ケガしたらなしな。自分の身が最優先だぞ」
「むぅ……わかったよ」
ククノチに右肩を回復してもらっている間にコアさんに指示を飛ばす。右肩があったけぇ……
魔力回復薬を飲みながら近くのスポーンポイントに歩いて行ったコアさんを見送った後、右肩の痛みがなくなったので、出口に生えた蔓を必死で毟っている狼に向けて矢を放つ。
矢は壁を越えると軌道を変え、そのまままっすぐ1匹の首の後ろに命中する。
同時に天井ボウガンも一斉に矢を放ち、出口に溜まっていた狼共に降り注ぐ!
まだ無事な1匹が弱々しく鳴き始めた、言語翻訳によると降伏したいらしい。
こっちをぶっ潰すとかいって勝手に喧嘩を売っておいてちょっと不利になったら降伏ですか?
まぁ、経費はかかったが被害はないし俺は許してやってもいいんだけど――
「ご主人様、後は私にお任せくださいー」
だがククノチが許すかな?
この子は君たちの言葉なんかわからんぞ。
先ほどと同じようにククノチが杖で地面を叩くと、崖下の植物が再び成長を始める。
それらは一切の差別をすることなく、全ての狼達に絡みつくと首を吊り上げ始め――
うわっ、えっぐ……
もうこれ以上は見る必要もないし見たくもない。監視範囲を崖下から第一防衛ラインに移す。
崖下から聞こえていた鳴き声というか悲鳴も、やがて聞こえなくなった。
「お疲れククノチ、俺はダンジョン管理からコアさんの援護に回るから後始末頼んでいいか?」
「何をすればいいんですかー?」
「下の連中が完全に死んでる事を確認したら、倉庫用の迷宮の胃袋に放り込んでおいてくれ。細かいのは保全機能で綺麗にするから大雑把でいいぞ」
「かしこまりましたー」
自分で頼んでおいてなんだが、死体処理を頼んだのに嫌悪感一つ出さないのか。
だが、それを言うなら死体をもうモノ扱いしてる俺もそうか。
熊やゴブリンの死体運んだりして慣れたのもあるが、もう日本人の価値観じゃないな。
やっぱり俺は……
いや、まだ戦闘中だった。
今は戦闘に集中しないと――
「コアさんこっちは終わったぞ」
「丁度良かった、こっちは今から始まるところだよ。前の時と同じように罠でサポートしてくれないかな?」
「いいぞ、俺は何をすればいいんだ?」
「私が合図したら照明を消して、煙幕を張ってくれないか」
「よし、わかった」
管理ウィンドウを開いて準備をしておく、ゴブリンの時もそうだったが侵入者は照明がついてる事に疑問をもたないんだろうか?
敵に対して、サービスするわけないだろうに。
今のうちに位置関係を把握しておくか、コアさんは今第一防衛ラインの上に仕掛けたスポーンポイント付近にいる。
第一防衛ラインはちょっと広い通路になっていて、所々に目立たないように煙幕が噴き出す罠や天井ボウガンが取り付けてある。
そして筋狼族の敗走組は第二防衛ラインから第一に続く通路を一目散に走ってきて、後数分で第一防衛ラインに到達ってところかな?
リーダーが先頭を走ってないあたり、敗走といってもある程度の隊列はできてるな。
「指で合図するから私を見ててほしい」
「よしきた」
監視位置をコアさんに固定すると右腕を挙げて手を開いていた。
そのまま、じっと見ていると指を折り始めた。
3……2……1……今っ
周辺の照明を落として煙幕起動っと、まっくらでも監視ウィンドウ越しならコアさんが見える。
コアさんが鳴く――
透き通っているかのような綺麗な声がダンジョン中に響く。
「マスター、照明をつけてくれないかな? ゆっくり見物としゃれこもうじゃないか」
そうそう、ここは”ソレ”を狙う防衛ラインなんだよな。そんじゃ明かりをつけたら見物させてもらおうかね。