3-8 外の世界は修羅の国?
ククノチがイスとテーブルをダイニングルームに作ってくれたので、最近飯を食った後はここで談笑……というよりククノチに日本語を教えるのが日課になっている。
「さ、し、す、せ……そ、ですねー?」
「そう、砂糖の”さ”、塩の”し”、酢の”す”、せうゆの”せ”、味噌の”そ”だね」
「せうゆ? とはー?」
「醤油の別の言い方だな、コアさんが上げたのは日本で味付けをする順番の目安だな」
コアさんがいるせいか、教える日本語は基本的に食べ物ばかりなんだよなぁ。
「ねぇマスター、塩は取れるようになったし別の調味料がほしくない?」
「そうだなー次は砂糖と大豆を育てるか。酢は……作り方がわからん」
「その辺は知識の強化に頼れば……」
笑ってたコアさんの顔が突然引き締まる。
これは……
「マスター、侵入者達だね」
「またか」
「侵入者ですかー?」
会話を中断して監視ウィンドウを開き、入り口付近をチェック。
侵入者達は続々入ってきていて30までは数えたが、それ以上は数えるのをやめた。
10倍から先は大勢で十分だな。
姿は二足歩行する狼という表現が一番近い。ただし、全体的に上半身が筋肉モリモリというかゴツイ体つきをしていて、いかにも脳筋っぽい印象を受ける。
何も持ってないどころか衣服を着ていないけど、下半身の毛はふさふさで雄のシンボルは見えない。
連中が雄だったらの話だが、
「なぁコアさん、あいつらなんなのか知ってる?」
「日本語でいうと筋狼族? かな? 大体見たまんまの種族だね」
「あれとコミュニケーションって取れそうかね?」
「知識の強化をすれば何言ってるかわかると思うけど、同族以外には言葉より拳……というか牙と爪の方が先にでるタイプだね」
ああぁ……また会話が通じないタイプか、ほんとダンジョンの外ってなんなんだよ。こんなんしかいないんか?
それでも連中に言葉があるなら一応覚えておくか、会話できないと通じるものも通じないしな。
強化ウィンドウを開き、知識の項目から”筋狼語”があったので習得してしまおう。
ニッチなためか、必要DPは”万能翻訳”に比べると大分お安い。助かる!
おー、まるで英語みたいに単語が日本語に結びついていく。
でも発音はのど鳴らしたりする必要もあるみたいで、練習しても良くてカタコトレベルだな。
あれ? この言語強化機能使えばククノチに日本語覚えさせるの簡単じゃん。
この件が終わったら”日本語”を強化して覚えてもらおう。
「とりあえず言葉はわかるようにしたけど、戦闘になった時を考えて第2防衛ラインで連中を待とうと思う」
「確かにあの連中に対しては第2防衛ラインが守りやすいだろうね」
「じゃあ、俺は倉庫に装備を取りに行くから、2人は先に行っててくれ。コアさん、ククノチに状況を説明してやってくれ」
「わかったよ」「はいー」
俺は倉庫代わりに使っている迷宮の胃袋に行って装備を取りに行った後、ダンジョンコアから第2防衛エリアに設置してあるスポーンポイントに飛ぶ。
最初に飛んだ時はびびったが、慣れてしまうと地球にぜひ欲しい便利な設備だよホントに……
他の2人は装備を自由に収納できるらしい。そして収納中にDPを使って装備がメンテナンスされるとの事。
ほんとDPって便利だね!
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第2防衛エリアは、高さ15mほどの崖が部屋の真ん中にある。
空を飛べない侵入者は崖を登らないと進めないので、登ってる敵に対して崖上の俺たちと罠で攻撃することをコンセプトに設計した防衛エリアである。
「おっす、待たせたな」
「お、きたね。状況説明は終わらせておいたよ」
「精一杯がんばりますー」
持ってきた予備の矢筒を部屋の入口付近に置いておく。
衣装も作務衣やTシャツじゃ耐久力が皆無なので、こんなこともあろうかと暗殺者が使ってるっぽい丈夫な黒コートをDPで用意しておいたのだ!
――嘘です。ほんとは中二病が再発して一度着てみたかっただけです。
地球じゃこれ着てたらどこからみてもアブナイ人だからね。
弓の方も元々はゴブリンからうば……形見の物を使う予定だったのだが、ゴブリンの力に合わせた物だったからか、練習中に壊れて使い物にならなくなってしまったので、DPで自分用の弓を用意しました。
スキルの”弓術”を付けたからか、自転車を乗る感覚で体の方が自然に動いて弓を射つ事ができるようになった。
ただし、射る事ができるようになっただけで”狙撃”に頼らないと的にはなかなか当たらない。
それはさておき連中の状況を監視ウィンドウから覗き見しよう。
あいつらは今第一防衛ラインを抜けて、こっちに真っすぐ向かってきている。まぁ一本道だから迷いようがないだけだがな。
このペースだと後10分くらいでここまでくるかな?
「後10分くらいで連中が到着する。一応最初に俺が話しかけてみるけどダメだった場合に備えて魔力は練っておいてくれ」
「多分ダメだろうからしっかり練っておくよ」
「わかりましたー。うう、緊張しますー」
「後これ、倉庫から持ってきた回復薬と魔力回復薬を一人一個ずつ。貴重だけどヤバい時は迷わず使ってくれ」
実際使った事ないから効果のほどはわからんけど、召喚リストにそう書いてあったから効果はあるのだろう。
「ご主人様、後ろの方に弾除け用の植物を出しておきますので、もし交渉がダメだったらすぐ後ろに下がってくださいー」
「ん、わかった、サンキューな。コアさんは何かあるか?」
「特にないかな?」
「そうだな、おっと忘れるところだった。対話が失敗したらトラップをそっちで起動させてくれないか?」
「わかったよ」
もう特に話すこともないので後は連中が来るのを待つだけ、2人を木の裏に隠して俺だけが崖下から見える位置に立って連中を待ち構える。
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そして、その時はやってきた。
通路から連中がぞろぞろ第2防衛エリアに入ってきている。先頭集団が俺に気づいて見上げたので『ここに 何の 用だ ?』と連中の言葉で言ってみた。
あんま長いと発音を間違えそうなので単語でとぎれとぎれになってしまったが、何を言ったのかは理解してくれたと信じよう。
それに答えてくれたのはひときわガタイがいい、多分この集団のリーダーと思われるヤツ。
ヤツが一声吠えると、それに答えるかのように周りの連中も一斉に吠えた。
壁に声が反響しまくって超うるせー!
今までの俺ならこれにビビッていただろうがもう慣れちまった。
耳を塞ぎながら後ろに下がり2人と合流する。
2人も耳を塞いでいたが、その姿はちょっとかわいいと思ってしまった。
「連中、なんて言ったんだい?」
コアさんの声が脳裏に響く。2人にはただの吠え声にしか聞こえないだろうが、言語翻訳を持ってる俺は連中の吠え声もしっかり日本語訳で理解できてしまった。
「リーダーっぽいやつが言ったのが『殺せ』で、答えた方が『ぶっ潰す』だ。コアさんワナの起動頼む」
「よくわかったよ。ワナを起動させるよ」
「そうですか」
2人の瞳に殺意が宿り表情が消えた、これはもう侵入者を排除する事しか考えてない。
やっぱり2人とも根はダンジョンモンスターだね。
「とりあえず、俺とコアさんは崖を登っている奴を積極的に落とすぞ。ククノチは連中の遠距離攻撃があったら対処してくれ。後”種”はまだ使うなよ」
「了解だよマスター、リーダーの吠え声には魔力が乗っていたから気をつけるんだ」
「かしこまりましたー」
声に魔力ね、士気向上かなんかかな?
まぁ、どちらにせよこちらは迎撃するしかない。数は大きく劣るがこちらには地の利と罠がある。
後は効率よく数を減らしていくだけだ。