2-9 防衛エリアにて2
曲がり角に意識を向けると先頭が今まさに角を曲がろうとしていた。
前2匹が完全に向きを変えた瞬間に――
よし、今だ!
罠カード発動! “閃光”!
俺が発動を意識した瞬間、後続ゴブリン達の前に見える溝が付いた壁が光り輝く!
薄暗い通路に突然の閃光は相当効いたらしく、まともに光を見たゴブリンは一斉に手を目に当てて立ち止まった!
中には勢いあまって壁にぶつかってた奴もいたがな。
お客様? そこで立ち止まると大変危険ですよ?
曲がり角の先に柱がありましたよね?
この柱には、入り口から入ってきたお客様が見れない位置に一定間隔で肉厚の両刃を取り付けてあるんですよ。
そこでこの柱を勢いよく回転させるとどうなるでしょう?
答えは”刃の進路上にいた3匹がスライスされる”です。
――これであと6匹か。
わざと閃光の罠を抜けさせた2匹が、コアさんに向かって駆ける。
迎撃の構えを取っているコアさんに左右同時に攻撃するためか、左右の壁ギリギリを走ってきていた。
接敵されるまで後4歩ほど、
そしてお互いの攻撃の範囲に入ろうとした時、右側のこん棒ゴブリンが踏みしめた地面に穴があく!
この穴はいつかの熊を撃退する時に使った落とし穴である。つまり――
「グギャアァァァ!!」
穴に落ち、巨大トラバサミに挟まれ断末魔の悲鳴を上げる。
その声は左側を走っていた剣持ちゴブリンを動揺させ――
「ふっ!」
そこにコアさんが1撃を放つ!
鉄と鉄がぶつかる鈍い音が洞窟に響く!
ゴブリンはなんとか1撃を剣で受け止めたようだが、体勢が悪い。
あれじゃコアさんに全力でのしかかられるな。
「はぁぁ!」
コアさんが気合を込めて力を入れると、受けた剣ごと力で押し切り脳天に刃を食いこませる。
これで後4匹!
ボウガンを破壊した後にたまたま武器を拾っていたため、閃光を直視せずに回避した3匹がようやく角を曲がってやってきた。
まだ、戦意を保っていられるのか、それとも状況を理解できないのかやる気のようだ。
先行したやつが落ちた穴を迂回して、コアさんに向かってくる。
刀の間合いに入る直前、コアさんが横に刀を振る。
しかし、振った刀はゴブリン達が気づいて勢いを止めたために、鼻先を掠めるだけだった。
そのままコアさんは軽快なステップを踏みながら、後ろに下がっていく。
ゴブリン達は先ほどの一振りを牽制だと思ったのか、一気に間合いをつめようと走って追いかける。
しかし、彼らの思惑は届くことがなかった。
コアさんとの距離が後1メートルあるかどうかという所で真横から大量の矢に射抜かれたからだ。
矢が飛んできた方向には沢山の穴があいた壁がある、これは最終防衛用の一つで「アローウォール」という罠を設置しておいた。
この罠は任意のタイミングもしくは敵が真横を通ろうとした時に、穴から大量の矢を放つというというシンプルかつ強力な罠の一つだ。
但し、1発にかかるコスト・クールタイムは重く、しかも大量の矢を放つ穴があるために壁にそのまま取り付けると「何か飛ばすぞ」と叫んでいるほど不自然に見えてしまう。
一応アローウォールを若干壁にめり込ませて、手前に不自然じゃないように壁に出っ張りを作って見えにくくはしてたのだが、今回はコアさんが幻術でサポートしてくれてたようだ。
牽制で振った1撃、あれで3匹に幻術をかけてアローウォールを普通の壁に見えるようにしていたんだと思う。
じゃないとあそこまで無警戒に突っ込んではいかないはずだ。
まぁ、あの知能レベルを考えるとコアさんしか見えてなくて、突っ込んでいった可能性もなくはないが……
ともあれ残りは今だ閃光のダメージから回復しておらず、手を目に当てている1匹のみ。
こいつはたまたま回転支柱、俺命名”スイングブレード”の刃の範囲外に居たために、スライスされずに済んだ奴ではあるがどうするか……
んー。良し、決めた。
「コアさん、ちょっと頼みがあるんだけど――」
「……ん、わかった。やっておくよ」
目を開けて立ち上がる。
さて、行きますか。
♦
生き残ったゴブリンの目がようやく回復したのは、処遇を決めてから少し時間が経ったころだった。
ゆっくり手を目から離し、首を上げて正面を見ようとする。
「よぉ」
左手を額に当てて極めてにこやかに、そしてフレンドリーに挨拶する。
右手に愛用の鉈を握りしめて。
「ギェッ!?」
驚いたゴブリンが3歩後ずさり、何かにぶつかる。
そして奴がゆっくり振り向くと――
「やぁ」
極めてにこやかに、しかしまったく笑っていない目でコアさんが挨拶する。
肩に抜き身の刀をかついだまま。
コアさんが奴の目先めがけて刀を掠めるように振るとゴブリンは悲鳴を上げて尻もちをつく。
周りを見回すが武器はない、俺がコアさんに頼んで回収してもらったからだ。
コアさんは1対1は危険だと言っていたがそれは対等条件での話だ、奴には武器はないし何より戦意もない。もう俺が負ける要素はゼロになった。
奴の処遇だが、俺が直接処刑することにした。
監視ウィンドウから罠を使ってゴブリンを殺してはいたが、それだとどうもゲーム感覚が抜けていなかった。
しかし、ここは異世界であって日本ではない。今後も似たような事があって、その時毎回葛藤してたら万一の事もある。
いろんな意味で決別をつけるために、今回はこうすることにしたんだ。
今置かれている状況を理解したのか、奴は震えながら土下座に近い……掌を上に向けた姿勢で何かグァグァわめきだした。
この姿勢がおそらく連中の……察しはつくけど一応聞いておくか。
「なんて言ってるんだ?」
「大体わかると思うけど、定番の命乞いだよ。許してください、助けてくださいってね」
ま、そんなとこだろうな。だが奪う殺すといって笑ってた奴を降参したから見逃すという気は一切ない。
「コアさん、翻訳頼むわ『最初に俺たちは友好的な案を提示したはずだが、それを笑って蹴る選択をしたのはお前らだ。君にはその選択の結果を最後まで受ける義務がある』ってね」
「ん、わかったよ」
俺の好きな映画の中で出てきたセリフなんだが、えらく気に入ってそれ以来信条にしている。
コアさんの翻訳を聞いてゴブリンが言葉を失う。助からないということが理解できたようだ。
ヤケクソで暴れられても面倒だしさっさと済ませるか。
左手で後頭部をつかみ、そのまま顔を地面に叩きつける。そして右手で振りかぶった鉈を渾身の勢いを込めて首裏に叩きつけた。
ダンゴウサギの肉を裁くのとは違う、硬い骨の感触がある。
奴は悲鳴を上げて体をピクピク動かす。
早く止めを刺してやるのが情けだろう……左手で頭を押さえたまま力任せに鉈を引き抜き、もう一度首に叩きつける。
完全に動かなくなったのを確認して鉈を引き抜き立ち上がる。
一息ついた後に左手で拝むポーズを取り、軽く黙とうする。
肩に担いでいた刀を納刀し、コアさんが歩いてきた。
「お疲れ様マスター」
「コアさんもお疲れ、超かっこよかったぞ」
「マスターも見事な罠の采配だったよ」
お互いの健闘を称えあう。
18匹もいた時はどうなるかと思ったが、蓋を開けてみればこちらの被害は天井ボウガン3台分のDPのみ、完勝と言ってよかった。
それにしても思うのは――
「幻術とダンジョン罠ってすごい相性よかったな、これは今後、防衛の常とう手段に採用だな」
「そうだね、私としてもほぼ1対1になってとても戦いやすかったよ」
なんせ、使い方によっては簡単に相手から罠にはまってくれるのだ。
やりようによっては大軍を相手取ることも可能だろう。
このダンジョンは地形も自由にいじれるので、最大限罠を活かせる設計を考えておかないとな。
「さてと……」
今後の事は後で考えるとして、今は必要な事を考えよう。
周りを見渡すとそこにはもちろん――
「ゴブリン達の死体どう処理しよう……?」
矢が刺さってるのはともかく首を飛ばされてたり、スライスされてたり、見る分には大分慣れてきたがどう処理しようかね……
「全部迷宮の胃袋に入れればいいじゃないか」
コアさんが事も無げにそういった。
と、言われましても、大分食料も増えてきたしそこに死体を一緒に入れておくのは抵抗があるんですけど。
「じゃあ、増やして分けて入れておけばいいじゃないか」
あ、迷宮の胃袋って増やせるのか。それならちょっと大きい物置くらいの迷宮の胃袋をこの防衛エリアに設置しておこう。
ゴブリンをDPに変えたら回収した武器でも保存しておこう、今のところ使うやつがいないからな。
「じゃあ、方針が決まったところで、私はちょっと気になることがあるから外にでるよ。だからここは任せたよマスター」
「え!? ちょっとまって!? 俺一人でこれ片付けんの? というか、ダンジョンモンスターが外出て大丈夫なの!?」
ご飯食べてるから大丈夫だよ。そういってコアさんは行ってしまった。
そういうもんなんだ……まあいいや、さっさと作業始めよう。