1-1 寝て起きたら異世界だった
数ある小説から、この作品を読んで頂きありがとうございます。
どうぞお楽しみくださいませ
イラスト: 相馬ゆうみ様
タイトルデザイン: 紅蓮のたまり醤油様
2023/05/27 追記
画像生成AIに最近ハマりまして
作品内にはAIによるイラストがまざっております
AIなので容姿が完全一致しませんが
その辺は補足情報としてお楽しみください
「痛っ! くそっ! また切っちまったじゃねぇかこの雑草が!」
叫びながら森の中の道なき道を、草をかきわけふみ倒しながらとにかく歩く。
あーくそっ痛え、また草で腕を切られた。やっぱり上半身裸に下はジーパン、しまいにゃ下駄を履いて異世界の森の中を歩けばこうなるよな。
腕を切った草もなんか鎌みたいな形をしてたし、こんな草、地球じゃ見た事ねぇよ!
何でこんな事に……いや、そんな事はわかりきっている。乗せられた形で木の実集めに行かされたからだ。
ケガと疲労で足はフラフラ、もはや限界はとうに超えている。
ならば、後は精神力で支えるのみ!
大きく息を吸って……叫ぶ!
「俺はっ! イヌミミ娘と一緒に散歩してっ! 猫耳娘と一緒にお昼寝してっ! 」
限界を超えていた足に再び力が入る!
その足で体をしっかり支え、更に気合を入れるべく吠える!
「何より狐娘のあのモフモフした尻尾をブラッシングした後にイチャイチャしながら尻尾をなでたいし、モコモコした耳を触らせてもらって、頭をなでたりなでられたりするんだぁーーー!!」
よし、欲望と共に疲れも吹っ飛ばした!
あんな”エサ”をぶらさげられたら、食いつかない人間はいないだろう。
いるとすれば余程人生に満足してる奴か、悟りきってるやつだけだ。
足が俺の脳の命令通りに動くことを確認して、また一歩踏み出す。
雑草をふみ固めながら、今日この身に起こったまだ信じきれない出来事を思い出す。
それはまるで夢のような、でも夢であってほしくないあの出来事を……
♦
……俺はいわゆる社畜だった。
新卒で入社した時には持っていたはずの夢や希望は同じことを繰り返す仕事の日々にすりつぶされ、丁度そのころから現実逃避をするように行き帰りの電車の中で異世界転生物を読むようになった。
転生してチート能力もらって自由に生きる、主人公を俺に塗り替えて妄想するのが密かな楽しみだった。
家のドアを開け体を中へと滑り込ませると、一目散に万年床となっていた布団に倒れこむ。
明日もまた同じ仕事が待っているが、この時だけは布団の柔らかさに包まれていたい。
そう思いながら疲労感に任せて爆睡したんだ。
そう、明日も同じことの繰り返しになる。
そうなるはずだった。
昨日は家に帰って寝たはずなのに、目が覚めたらまったく覚えのない部屋にいた。
正面にはよくわからない台座、その上に輝く球形。さらに奥には重厚そうな扉。周りは一面の白い壁、後ろを振り向けば……なんだろう? 何か別の部屋に飛べそうなポータルみたいな物体がある。
あれ? 俺の家具はどこにいったんだ? それに布団もないや。一体何がどうなってるの? 誰か説明してプリーズ!
「目覚めたね、異世界転移した気分はどうだい?」
ふーん、俺、異世界転移したんだ……
「えっ!? 俺、転移したの!? いや、それより今誰が説明してくれたの!?」
答えてくれた相手がまったくわからないのが怖い。
俺の叫びに答えるかのように少し部屋が明るくなった気がした。いや、違うな。部屋の中央にあった球が光ったんだ。
「君に話したのは目の前にある球っころさ、そして君は私によばれてここにきたのさ。おめでとう、念願の異世界転移じゃないか」
……うん、ありがとう。転移してしまいましたよ。え? ほんとに異世界転移しちゃったの俺?
どうしよう、したいなーと思ってはいたけど、実際転移しちゃったら俺は何すればいいの? これからどうすればいいの?
「聞きたいことがあるなら聞いてくれていいんだよ?」
その提案は実にありがたい。遠慮なく質問させてもらおう。
「この世界にはケモミミの美女はいますか?」
そう! せっかく異世界に来たんだ! まずはこれだろ!
「……最初の質問がそれでいいのかい?」
声の主が呆れたように返答する。
「俺にとっては最重要な事なんだよこれは! 地球じゃどんなに恋焦がれても探してもケモミミ娘はいないんだぞ! 俺が異世界転生したいって思ってたのも画面を通さない動くケモミミ娘の耳と尻尾を見たいからだ! そしてあわよくばお付き合いしたい! お付き合いしてしっぽを撫でてみたいしケモミミを触らせてもらいたい!」
一息にまくしたてると、相手は完全に黙ってしまった。これは……引かれてしまったか?
冷静になってくると、この静寂がなんとも身に刺さる。
「えーと、ごめんなさい。ちょっと興奮しすぎました。それで答えはどうなんでしょうか?」
とりあえず謝ってみると、中央の玉がまた光り出す。そんな気がした。
「うん。君がその気になれば君の好みにあうケモミミ美女に出会える……というよりも作り出せるよ、でもね――」
え! マジで!? 俺がケモミミ美女を召喚できるってよ奥さん! やっぱり異世界は最高だぜ!
高まりすぎた期待の勢いのままに、右手でグーを作り球体にむかって振り上げる!
「じゃあ早速! ケモミミ美女を召喚だ!」
心のおもむくままに叫んだ俺の声が部屋中に響き、やがて静寂が部屋を支配する。だがケモミミ美女が召喚されてくるどころか、何も反応がない。
あれー?
「ちゃんと話は最後まで聞きたまえ、今君が召喚しようとしたら干からびて死んでしまうよ? それでもいいのかい?」
え、俺死んじゃうの? 死んじゃったらケモミミ美女見れないじゃん。やっぱり異世界はハードだぜ。
振り上げた右こぶしが俺の期待に満ちていたはずの心と共に消沈して下がっていく。
「まぁ、その辺りはしっかり説明してあげるよ。私にとっても重要な事だからね。それより、他にも質問したいことはあるんだろ?」
「あー、うん。なんかすみませんでした。じゃあ定番ですけど貴方はどちら様ですか?」
球体は何かを考えるように明滅する。
「君の中の記憶だとダンジョンコアってやつが一番近いかな? そして君は私のマスター、だからダンジョンマスターってやつだね」
ダンジョンマスターだって!? 転移先としては大当たりじゃないか!?
それは将来俺がなりたい職業、いや転職したい職業の五指に入る地球ではありえない、夢の職業じゃないですか!
自分の根城のダンジョンを改築して、敵をハメたりなんやかんやしてDP稼いで悠々自適な生活を送る。
社畜だった俺にはまぶしすぎる職業だったが、なってしまいましたよダンジョンマスターに。
平静をたもってはいるが、心の中の俺は何回もガッツポーズをしている!
「次の質問、君の記憶の中ってどういうこと? まさか心を読み取れるとかそういう事?」
「私によばれてマスターになった時に、お互いの記憶というか知識の一部を共有したんだよ」
「はぁ、共有ねぇ……」
「あんまり信じてないみたいだね」
なんとなく、何かを思案しているようにダンジョンコアの光が薄くなっていく
「ふむ、これは君が中学二年生の頃、9月8日の下校中に起きた事だね」
いや、突然日付を出されましても……そんな細かく覚えてるわけないでしょ。
「その日、君は学校から家に帰る途中、友達に煽られて当時流行っていた漫画"るろうに真剣"にでてきた”二重の――」
「ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!」
こいつ、完全に忘れさられていたはずの黒歴史の封印を解いてほじくり返してきやがった!
ダンジョンコアの声をかき消すために悲鳴を上げて耳を塞ぐ!
それは絶対聞きたくねぇ! 頼むからそれを思い出させないでくれ!
「……の真似をして壁を殴ったら右手首を捻挫して、その時に親と医者に言った言い訳が――」
「わかった! 信じる! 信じるからもうやめてええぇぇぇ!」
こいつ! 直接脳裏に響いてるから耳を塞いでも意味がねぇ!
やめて! やめて! ほんとにそれだけはお願いだから! 勘弁してください!
「信じてくれて何よりだよ、このようにお互いに共有してる記憶があるんだ。だから、君も私の後ろにある扉の中の部屋がなんなのかなんとなくわかってるんじゃないかな?」
奥の扉……ああ、あれか。
……確かにまったく知らないはずなのに、あの部屋が何をする部屋なのかわかる。
子供のころに習った計算を誰にどうやって教えてもらったかはおぼろげだが計算方法自体はわかる。
例えるならそんな感じだろうか。
扉に向かって歩き、右手で扉の片側を押してみる。重厚そうに見えた扉はさほど力を込めずともあっさり開いた。
部屋の中は……おや? 重要な部屋のはずなのに何もないぞ?
「ここは迷宮の維持に必要なエネルギー。そうだね、マスターの認識に合わせてDPにしておこうか。それを作り出すための部屋だよ」
「DPを作り出すのはいいが、部屋が空っぽだぞ?」
「前マスターが死んで補給が途切れたからね、なけなしのDPで君をよびだしたというわけさ」
維持費いるんだこのダンジョン。それなのに必要なDPを使って俺を召喚するとはなかなかギリギリな事をする。いや、補給してくれるやつがいなくなったんだから当然か。
「という事は、俺はここにエネルギーに変換できる何かを運んでこないといけないわけか?」
「察しが良くて助かるよ。その通り、頑張って私を養ってくれたまえ。期待してるよ私のマスター」
あれー? 思ってたんと違う。マスターってダンジョンを扶養しないといけなかったっけ?
扉から手を放すと音もなく閉まったので、ダンジョンコアの方に振り向いて話しかける。
「持ってくるものは何でもいいのか?」
「一応なんでも変換できるんだけど、食べられるもの以外は変換効率が悪いよ」
「うーん、俺が想像するこの手のダンジョンというと、ダンジョン内ならどこでもなんでも吸収できるイメージがあるんだけどなー」
「君は消化器官以外からエネルギーを吸収できるのかい? それと同じことだよ」
「確かに、そう考えるとあの部屋は迷宮の胃袋みたいなものなのか」
「なかなか上手い例えを言うね。じゃあこれからここを『迷宮の胃袋』と呼ぼうか」
この部屋が胃袋だとすると、ダンジョンコアは脳みそってとこか。
いや、そんなどうでもいいことを考えてる場合じゃない。真っ先に確かめないといけないことがある。
「それで、胃袋が空っぽなのは大丈夫なのか?」
「大丈夫どころかかなりマズイ状態だね。今はDPの補給がなくて、じりじりと減っている状態だ。このままだと後二日もすればDPがなくなる」
「おいおい……DPがなくなるとどうなるんだ?」
「DPがなくなった場合、マスターの君から維持に必要なDP分の栄養を常時もらうことになる。今の君の体力だとそうなったとき一瞬で干からびて死ぬことになる。そうなると私も活動を停止することになるね」
ちょっ!? 異世界に来て早々命の危機かよ!
ダンジョンマスターになりました!