1-9 何でももらえるとなると、むしろ悩む
熊の解体を全部石槍で行うのは流石に無理がある。
だから熊の左腕を切り取って迷宮の胃袋に運び、DPに替えて鉈にすることにした。
ただ召喚できるDPがたまるまでには相応の時間がかかる
せっかくなので奴が作った獣道を通ってダンジョンの外にでる入り口のポータルに行ってみよう。
ポータルを抜けた先は洞窟だった。ただ、出口が見えたのでさほど距離もないようだ。
歩いてそとに出ると、そこには見渡す限り一面の岩と土しかない世界が広がっていた。
「ほんっとーに荒野だ、何もねぇ」
思わずつぶやく。ここはダンジョン外なのでコアさんの声は届かないし話せない。
上を見上げると太陽が見える、日本と同じなら今太陽はほぼ真上にあるので正午と言ったところか。
周りを見渡す。
多少の起伏はあるがやっぱり石と土しかない、少なくともこの付近では動物は生息できないだろう。
となるとあの熊はわざわざ生活ができる箇所からはるばる荒野を渡ってここに来たことになる。
なぜわざわざここに来たのか理由が気になるが、今はまだやる必要もない。
行くにはもっと強くならなきゃな。少なくともあの熊に圧勝できるくらいには……
「戻るか」
このまま荒野を眺めていても他にすることがない。
振り返ればそこには俺がでてきた洞窟ある。大きさは一軒家くらいでワゴン車がギリ通れるくらい。
その奥にポータルがある。
こうしてみるとこの世界のダンジョンというのは、さらに異世界……というか異空間に作られてるもんなんだなぁ。
これ以上は想像でしかないし別に解析する気もない。重要なのはケモミミ美女を召喚できる愛しい我が家という事だけだ。
今回はなんとか撃退できたが、今後は防衛もしっかり考えないといけない。
しばらくは我が家に引きこもる決意を新たに俺はダンジョンに戻っていった。
♦
「おかえり、外の空気は美味かったかい?」
「ああ、排気ガスの味がなくて最高だったよ」
割と恒例になってきているコアさんのおかえりコールに返事をして、熊の死骸がある位置まで戻る。
早速鉈を召喚して解体の続きをしよう。
穴からあげることができる重量になるまで小さくして引き上げ、引き摺って迷宮の胃袋に運ぶのを繰り返す。
地球だと一日ではとても終わらない作業量だっただろうが、腐らせるのが嫌だったので日照時間を無制限にして一気に作業を完了させた。
その後に川で鉈と体についた血とか他のものを洗い流す。
さらに野営の準備を終わらせてから、無制限を解除すると空が徐々に赤くなってきた。
石に腰かけ魔力で火を出して薪用の枝に火をつける。
魔法を知ってから寝る前や寝付けなかった時に筋力トレーニングならぬ魔力トレーニングをしていたので、ちょっとだけ魔力が強くなっていた。
まぁ、薪に火が付く前に魔力切れを起こす頻度が多少減った程度だけど。
それでも進歩があるのは嬉しいもんだ。
「お疲れ様。今日は大変だったね」
「まったくだ、今日はマジで死ぬかと思ったよ。だからあらためて礼を言わせてもらうよ」
コアさんが話しかけてきたので返答する。夜になって焚火のそばで独り言を言う男など不審者を通り越して不気味だが、他に人がいないので問題は何一つない。
「それで今、熊をDPに変換してるけど鉈と体力以外で、他にどう使うんだい?」
「そうだなぁ……」
実は鉈以外にすでに自分自身をさらに強化している。一般人程度の体力では重い熊の死体を引きずって獣道を何往復もするのは大変だった。
だから少しずつ体育大生くらいの体力くらいまで強化して、何回か休憩をはさんで運び込んだのだ。
そうそう! それで強化ウインドウ開いた時に気が付いたんだけどね!
状態異常の欄から痛風と胃潰瘍がなくなってたんですよ!
まだ数日とはいえ社畜から解放されて、たっぷり寝たり運動とかするようになったからかな!?
「まずほしいのはきゅうりの生態と育て方の知識かな」
このダンジョンのルールで「DPの使い道は?」なんて聞かれたら「願いを言え」と言っているのとほぼ同じだと思うんだが、それでも出てくるのがきゅうりの育て方とはね。
これはギャルのパンティといい勝負なんじゃないかとひっそりと脳裏によぎった。
あ、ギャルのパンティで1つ欲しいの思い出した。
「あとは着替えだな。ボロ以外に着替えがないのはつらいからね」
「ああ、ギャルのパ……」
「男物! 俺はトランクス派だから!?」
記憶を共有されたからかコアさんは時折、マンガのセリフや場面を引用してくる。
フレーズが気に入ったんかな?
「それから森林エリアの草を食ってくれて、できれば狩れるか飼える動物がほしい」
今の森林エリアには動物がいないので草木が伸びっぱなしなんだよなぁ。
せめて草を食ってくれる動物がいれば、草が減って歩きやすくなるんじゃないかと思うんだよ。
地球の動物だと鹿あたりが妥当なんじゃないだろうか?
「それなら丁度いいのがいるよ、ダンゴウサギって言うんだけどね」
ダンゴウサギ、丸いウサギなのか? それとも餅でも持っているんか?
「君が知ってるウサギと比べてしっぽが体と同じくらい大きくてね。外敵に襲われるとしっぽを切り離して逃げるんだよ」
違った、トカゲだった。
「そのしっぽは栄養価がいいからウサギ本体は割と見逃してもらえる、というより切り離すとすごく素早くなる。しっぽを切り離したウサギは、早くしっぽを生やすために食欲が旺盛になるんだ」
この世界のウサギはなかなか逞しい進化をしておられる。
しかし確かに今の環境ならコイツほど適した動物はいない。
「後は防衛もだな、しばらくは外にでたくないから入り口から罠で埋めておきたい」
ただしウチのダンジョンは広くなるほど維持費を食う性質がある。
臨時収入で大拡張してしまうとDP収入が赤字になってしまう。
そうなると俺が死ぬので拡張は細心の注意が必要ではあるが。
本当なら入り口から塞いで、そこにダンジョンがあるのかすらわからないようにするのが理想だったんだが、それはコアさんに止められてしまった。
設備以外のもので塞ぐのは、ダンジョンにとっては気道を塞がれるのと同じだそうでいろいろ不都合がでるのだそうだ。
「後はケモミミ美女を召喚したい!」
現代人の俺がこんなサバイバル生活を心が折れずに続けられるのも、ひとえにコアさんという話し相手がいることもあるが、何よりつられたエサが魅力的だったからだ!
あの熊は巨体だったからDPを切り取って使っても、まだ人一人分くらいならいけるはず。
ああ、DPが溜まるのが待ち遠しすぎる!
でも、死にかけた今日くらいは自分にご褒美を出してもいいよね?
♦
パクッ!
「うめ」
パクッ!!
「うめ」
バクッ!!!
「うめぇ!」
「おかわりはないんだから味わって食べなよ」
召喚したCo-Co-コーコーカレー(大盛)を泣きながら食べる。
まだ異世界に来て数日だが昼休みによく食べていたこのカレーに懐かしさがこみ上げてくる。
この世界ならDPで出せるからいつでも食えると思っていたが現実は甘くなかった。
食べ物は手が加わったものほど必要なDPが二次関数的に増えるようで、今まで手が出せなかったのだ。
「ねぇマスター」
コアさんが話しかけてくる。今まで食事中に話しかけてきたことは1度もなかったので珍しいな。
口の中に入っていたカレーを飲み込む。
「何だ?」
「マスターは地球に帰りたいと思ってるかい?」
これまた珍しい質問をしてくる。今まで共有した記憶を元に地球から召喚したいものとかを雑談交じりに話したことはあっても、帰還の意思を聞くような事は1度もなかった。
ちょうどいい機会なので改めて自分が今後どうしたいのか自身に問う。
最初は乗せられたようなもんだし、特に今日は熊に殺されかけた。
一刻も早く帰りたいという気持ちは確かにある。でも、やっぱりそれ以上に……
「今はまだ帰りたくないね。確かに今日殺されかけたから帰りたいとも思ったけど、まだ1人もケモミミ美女を召喚してないのに地球に戻って社畜生活に逆戻りする気はないよ」
少なくとも人一人分くらいはたまる見込みがあるし、今すぐ帰る選択肢はないな。
苦笑しながら返答する。
「ああ、でも家族には一言連絡したいかな? 『俺の事は心配するな、新しい夢に向かって頑張ってます』って伝えたい」
家で寝てる時に召喚されたからなー。きっと捜索願とか出されてるんだろうな。
「成程、マスターはそう思ってるんだ。どこまで記憶があるんだろう?」
「ん? 今のよくわからなかった、なんだって?」
コアさんとの会話は脳裏に直接響いて理解できるんだが、今のは何か話が来てたのはわかるんだけど内容まではわからなかった。
「いや、今回の熊のおかげで大分DPが増えたねと言ったんだ」
体よくごまかされた。この場合追及してもコアさんは答えてくれないので、話題転換に乗ることにする。
「大きく前進したってところだけど、実際はまだ家もないしサバイバル生活を抜け出せてないけどな」
家は必要性がないから作ってないだけだが、そろそろ土器とかは作って縄文時代に入りたいもんだ。
最後に残ったカレーをスプーンにかき集めて口に運ぶ。これでまたしばらくカレーはお預けになるのでじっくりと味わおう。
辺りはもう真っ暗なのでたき火の光を頼りに川辺まで歩いて皿とスプーンを洗う。
そのまま川辺に洗った皿とスプーンを置いてたき火に戻り、火を消した後に草の寝床に倒れこむ。
DPの使い道を聞いた時に例え毎日死と隣り合わせでもこの世界は魅力的とか思ってたけど、実際死にかけると魅力的でもなんでもなかったわー。
むしろハーレム作る前に死んだら死にきれない。
「おやすみマスター」
「ああ、おやすみ。明日からまた木の実集めしないとな」
熊の撃退したり解体したり運んだりして精神的にも肉体的にも限界だわ。
睡魔はすぐにやってきたので、今日はぐっすり眠ることにした……
2018/09/18
読了いただき誠にありがとうございます。
これにて第一章が完結となります。