033「新生」
――感動的なフィナーレから半年あまりが過ぎ、新しい生活にも、すっかり慣れてきた。
「住めば都とは、よく言ったものよね」
パチパチと薪が弾ける音がする暖炉の横で、アキミは安楽椅子に座りながら、二本の編み針で毛糸を編んでいる。
――あれからシュウくんは、ヴェーチャさんの口利きで、半官半民の「労働者傷害保険協会」に就職した。この職場の休みは日曜日だけだけど、勤務時間が七時から十三時までの六時間なので、シュウくんとは三食を一緒にすることができる。安定した仕事で、毎月、定額の収入があるから、贅沢を言わなければ、それなりに満足した生活を送ることが出来て、とても助かっている。
「華やかさは無いけど、何の保障も無いまま人気に左右されるより、よっぽど精神衛生に好ましいわ」
――それにしても、俳優時代にろくに寝る時間も無いまま事務所の人間に連れ回されたシュウくんが、非人道的な雇用者から労働者を守るために勤めているというのが、皮肉が利いていて面白い。しかも、その妻が私であるのだから、なおのことブラックジョークが利いてる。
「さて。このへんで切り上げて、そろそろランチの用意をしようかな」
アキミは、ククッと小さく笑いをこぼすと、編みかけのマフラーを踏まないように注意しながら、そっと編み針と一緒に椅子の上に置いて立ち上がり、キッチンへと向かう。そして、マッチを擦ってかまどに火を入れたあと立ち上がり、銀色に輝く指輪を見ながら物思いに耽る。
――もうすぐ三十四歳の誕生日だけど、それ以外にも、報告しなくてはならないことがあるわね。私のおなかの中には、新たな命が宿っているということを。
「来年の秋に生まれる君は、どんな人生を歩むのかしらねぇ」
そう言って、アキミは愛おしそうに、指輪のはまった手で腹部を円く撫でさすった。