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030「子供」

――あれから一夜明けて、ランチタイム。ヴェーチャさんはシュウくんと話したいことがあるとかで、二人でどこか別の場所へ行ってしまった。

「貧血持ちなら、と思ってキシュカを勧めたんだけど、逆効果だったわね。ごめんなさい」

「いえ。こういう料理は、ニッポニア島には無かったので、驚いただけだと思います」

――元看護師さんだけあって、栄養や健康に配慮してのことなんだろうけど、胃が受け付けないものは仕方ない。

 オリガが謝罪の言葉を口にすると、アキミはナプキンで口元を押さえつつ、首を横に振って答える。テーブルの中央には、豚の腸に豚の血とオオムギが詰められたブラッドソーセージが、存在感たっぷりにドンと鎮座している。

「ねぇ、お母さん。お姉さんの分も、僕が食べて良い?」

「良いけど、ちゃんと野菜と一緒に食べるのよ」

「ムッ。は~い」

 口をへの字に曲げながら嫌そうに返事をしたドミトリーが、木製のサービングスプーンでソーセージを自分の皿に移すと、オリガは同じく木製のサービングフォークで赤キャベツの酢漬け(ザワークラウト)をドミトリーの皿に盛る。

「あらあら。ジーマくんは、お野菜が嫌いなのね」

「というより、酸っぱい物や苦い物が嫌いなのよ。舌が、まだお子さまだから」

「お子さまじゃない。もう六歳だもん」 

 ソーセージを頬張りつつ、心外だとばかりに眉根を寄せて反論するドミトリーに、アキミは思わずクスッと笑いつつ、話を合わせる。

「そうね。もう、片手で数えられない歳だもんね」

「私の四分の一しか歳を取ってないくせに、生意気ね。――そういえば、アキミさんは、おいくつなの? 私は、勝手に同年代だと思って接してるんだけど。ほら、ジパング領の人って、なかなか見た目では歳が分からないから」

――九歳も年下であるとか、十八歳で子供を産んだのかとかいう驚きは、ひとまず脇に置いとくとして。

「もう三十三ですよ。全然、貫禄が無いでしょう?」

 アキミが謙遜して言うと、オリガとドミトリーが新鮮な驚きを込めて言う。

「まぁ。若々しいから、とても三十過ぎには見えないわ」

「うん。でも、お父さんよりは、ずっと若いよね」

――やっぱり、年の差婚だったのか。ヴェーチャさんは、いったい、おいくつなんだろう? シュウくんには教えてないかなぁ。

 何故か片目をギュッと瞑ってザワークラウトと食べているドミトリーを見ながら、アキミは、その場に居ない二人のことを考え始めた。

  *

「ごちそうさま」

「キレイに食べたね、ジーマくん」

 クレープのようなものにバターナイフでサワークリームを塗り広げつつ、アキミはドミトリーの空の皿を見ながら言った。

「ここのブリヌイは、美味しかったから。――お母さんが作ると、生焼けだったり焦げたりするんだよ」

「こら、ジーマ。余計なことを言わないの」

 非難がましく言うドミトリーに対し、オリガは顔を顰めながら注意すると、サッと表情を切り替えてアキミとの会話を続ける。

「それで、話を戻すんだけど。婚姻の届出には、夫妻それぞれに一人ずつ同性が立ち会う決まりがあってね。アキミさんは私が付添人になるし、ドレスは借りられるから問題無いと思うんだけど、どうかしら?」

――ジーマくんにおとぎ話を聞かせるシュウくんを見ていたら、私も子供が欲しくなったと言ったら、恋人のままズルズルと付き合い続けるよりも、いっそのこと正式に夫婦になってはどうかという話が持ち上がったのである。私としては、ありがたい提案だとは思うんだけど。

「でも、指輪もありませんし」

「あら。それなら、心配いらないんじゃないかしら」

「えっ。どういうことですか?」

 アキミが質問を返すと、オリガは皿の端にナイフとフォークを揃えて置きつつ、含みのある笑みを浮かべながら言う。

「ごちそうさま。それじゃあ、私たちは先に客室に戻るから。――行きましょう、ジーマ」

「ハーイ」

 そう言って、オリガとドミトリーは席を外してしまった。残されたアキミは、一人でデザートを食べ進めつつ、思案顔を浮かべていた。

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