029「天使」
「シャワー戦士、参上! ――あれ? お父さんとお母さんは?」
オーバーサイズのバスローブを引きずりつつ、ドミトリーが客室のドアを開けて言うと、グルッと見渡してシュウスイとアキミしかいないのに気付き、近くにいるシュウスイに尋ねた。
「二人なら、ちょっと大人だけで話したいことがあるといって、どこかへ移動したよ」
「え~。ずるいよ、大人ばっかり」
ドミトリーが地団太を踏んでいると、アキミが立ち上がり、微笑ましげにバスローブを着付けなおす。
「ちゃんと着ないと、湯冷めして風邪を引いちゃうわよ」
「ありがとう、お姉さん。――ねぇねぇ、お兄さん」
着付けが終わったドミトリーは、シュウスイに駆け寄る。
「なんだい、ジーマ」
「お兄さんは、何か面白い話を知ってる? 英雄が出てくる、カッコいい話が良いんだけど」
「ヒーローか。そうだなぁ。桃太郎は知ってるか?」
「モモタロ? 知らないなぁ」
二人が和気藹々と話していると、アキミはシュウスイの肩をポンポンと叩き、向かいのベッドを指差す。シュウスイは振り向いて頷くと、立ち上がってドミトリーをベッドに誘導しながら言う。
「それじゃあ、良い子に寝る準備が出来たら、話してやろう」
「は~い」
元気良く返事をすると、ドミトリーはスリッパを脱いでベッドに上がり、毛布をくぐりぬけ、枕の上に頭を乗せてスタンバイする。シュウスイは、その枕元に移動すると、昔話を始める。
「むか~し、むかし。あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんが山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に出かけました」
「お庭じゃなくて、お山の芝を刈りに行ったの?」
「そのシバじゃない。おじいさんのことは、一旦、忘れてくれ。――おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から、大きな桃が、どんぶらこ、どんぶらこと流れてきました」
「モモって何?」
「知らないのか? 丸くてモ、……ピンク色の果物だよ」
「プラムのこと?」
「違う、違う。プラムより大きくて、こう、先のほうが少し尖ってる」
シュウスイがジェスチャーで伝えると、ドミトリーは、同じような手振りをしながら言う。
「なんか、蕪みたいだね。どんな味がするの?」
「えっ、味か? 味は、関係無いんだけどなぁ」
話が脱線して進まない二人のやり取りを見て、アキミは静かに微笑みを浮かべると、目でヘルプを求めるシュウスイを無視し、窓の外を眺めた。
――ジーマくんが戻ってきたら寝かしつけることを頼まれたときに、二人ともコートを持って出たから、きっと星空を満喫してるわね。
*
編成の最後尾のにある展望デッキで、オリガとヴィクトルがスキットルを片手に話し合っている。
「あの二人。わりに相性が良いと思うんだけど、どう思う?」
「僕も、悪くないと思うね。でも、一歩を踏み出せないでいるみたいだ」
「やっぱり、そうよね」
それからしばらく、二人は後ろへ後ろへと流れる大草原の星空を眺めていたが、ふと、オリガがヴィクトルのほうを向いて提案する。
「ねぇ。美男美女のクピードーになってあげましょうよ」
「あぁ。俺も、同じことを言おうと思ってたところだ。ハハッ。気が合うな」
そして二人は、肩を寄せ合い、ヒソヒソと耳元で密談を交わした。