028「好意」
「市民革命で衆愚制から王政になった世界帝国が、独裁制に落ちなければいいと、常々心配しています。女王陛下は象徴であり、政治には形式的にしか関わらず、実質的には民主政です。しかし、やや貴族制のきらいがあり」
「ヴェーチャ。ジーマが退屈するから、天下国家論は、そこまでにしてちょうだい」
「これは失礼。細かいことが気になって、余談が長引いてしまうのが、僕の悪い癖でしてね」
オリガの制止を受け、ヴィクトルは話を切り上げた。二人の横では、ドミトリーが脱出ゲームのアイテムを探すかのように、クッションを裏返したり、カーテンや引き出しを開け閉めしたりして一人で遊んでいる。
――ヴェーチャさんは判事さんで、オリガさんは元看護師さん。三年ほど外局にお勤めで、久々に本局に戻るところなのだとか。単身赴任ではなく家族一緒に移住するところが、ニッポニア島とは違うと言ったら、とても驚かれた。ヴェーチャさんは「妻と離れるくらいなら、転勤の話を無かったことにしてもらう」と言い出すし、オリガさんは「家族より仕事を優先するなら、離婚する」と息巻く始末。所変われば、品変わるものである。
「話を戻しましょう。でも、どうしてブリタニア島を経由されたんですか? キエフィア島へ行くなら、ニッポニア島から直行の飛行船があるでしょうに」
オリガが当然の疑問を呈すると、アキミは何も言わず、シュウスイと顔を見合わせる。シュウスイは、やれやれといった様子で、ポツポツと話し出す。
「これには、いろいろとありましてね。さきほど、仕事の話が出ましたから、その辺から説明しましょう」
そう切り出すと、シュウスイは、自分たちがニッポニア島では俳優とアイドルだったこと、仕事が伸び悩んで経済的に支えられるか不安になり、一度は関係を白紙に戻したこと、身勝手さを反省して話し合おうとしたら、ブリタニア島に渡航したあとだったことなどを、ときおり当時のエピソードなどを交えて伝えた。
*
「フ~ム。なかなか、そちらも訳ありですね」
「大なり小なり男女の仲には、のっぴきならない事情があるものだけど、ずいぶん複雑なのね。――ジーマ。宝探しは、その辺にしなさい」
「はーい」
ヴィクトルが深く頷き、それにオリガが共感しつつ、ベッドの下に潜り込んでいるドミトリーに向かって注意すると、ジーマは不服そうに頬を膨らませながら出てくる。その滑稽な様子を見て、アキミとシュウスイは、自然と表情筋を緩める。
「さて。お互いに関する情報を交換で来たところですし、そろそろディナータイムですから、食堂のほうへ移動しませんか? ――ジーマも、おなかが空いたろう?」
「うん。もう、ペコペコ。早くいこう!」
アキミとシュウスイに提案しつつ、ヴィクトルがジーマに言うと、ジーマはニパッと明るい笑顔になり、ヴィクトルとオリガの手を引いてドアへと引っ張ろうとする。その様子を微笑ましく見ながら、アキミはシュウスイに言う。
「私は、三人と一緒でも構わないけど」
「俺も、構わない。――行きましょう」
「よ~し。それじゃあ、急ごう、お兄さん」
シュウスイが立ち上がると、ジーマは二人から手を放し、シュウスイの手を引いてドアへ向かう。シュウスイがドアを開けると、ジーマは手を握ったまま、廊下の端へ向かって走り出したので、シュウスイは慌てて駆けだす。そのあとを、三人が続いて行く。