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027「相室」

「前の駅で、外套(コート)を買っておいて正解だったな。この駅は、弁当一つ売ってない」

「本当。緯度が上がるだけで、ここまで気温が下がるとは思わなかったし、ここが無人駅だとも思わなかったわ」

 絣を着たシュウスイと小紋を着たアキミが、それぞれ、角袖と道行を畳んでカバンに詰め込んでいる。部屋の隅に設えられたストーブでは、赤々と石炭が燃え、窓の外では、小雪がチラついている。

――くどいほど防寒対策をアナウンスするものだから、どんなものかと思ったら。トンネルを抜けた途端、別世界に繋がったわ。

 汽笛が鳴り、列車がノロノロと動き始めたとき、二人がいる六人用のコンパートメントの出入り口をコツコツとノックする音がする。そのドアの向こうでは、すりガラス越しに背の高い人影が浮かんでいる。

「はい。――開けていいよな?」

「えぇ」

「どうぞ」

 アキミに確認を取ったあと、シュウスイが立ち上がってドアを開けると、その向こうから理知的な顔をした中年の男が姿を現し、よく通る声で二人に向かい、にこやかに話しかける。男は背広の上にインバネスコートを羽織っており、その手には大きなトランクを二つ持っている。

「先客があったようですね。ここは、二等車のエフ十六号室で間違いないでしょうか?」

「えぇっと。――合ってる?」

 シュウスイが振り返り、アキミに質問すると、アキミはボストンバッグの外ポケットから乗車券を抜き取って確認しながら答える。

「確かめるわ。……えぇ、そうね。エフの十六だわ」

「ありがとう。――間違いないです」

 アキミに礼を言ってからシュウスイが返事をすると、男は安堵したのち、廊下に向かって大声を出し、そこにいる人物を呼び寄せる。

「それは、良かった。――おーい。この部屋だぞ!」

――他にも、同行者が居るのね。

 ドタバタという足音とともに、まずは少年が、続いて若い女が姿を現す。同時にアキミは立ち上がり、三人を見比べつつ、女に向かって声を掛ける。

「あら、ご家族ですか?」

「はい。夫のヴィクトル・U・ロマーヌイチと、息子のドミトリー・R・ヴィクトロヴィチです。二人のことは、ヴェーチャ、ジーマとでも呼んでください。そして私は、オリガ・M・イワーノヴナと言います。気軽にオーニャと呼んでください」

 男と少年を片手で指し示しながら女が説明すると、アキミも、ドアの前で立ったままのシュウスイを紹介しようとする。

「私は、アキミ・G・白道です。こちらは、エー」

――夫でも無いし、婚約者でも無いけど、友達でもなくて、う~ん。

「アキミの恋人で、シュウスイ・G・黄虎と言います。どうぞ、よろしく」

 アキミが言葉に詰まっていると、シュウスイがあとを続けた。

「いい人そうだね、お父さん」

「そうだな。――短いあいだですが、よろしくお願いします」

 コートの裾を引きながら少年が小声で言い、男がそれに答えてから二人のほうを向いて慇懃に挨拶すると、横から女が付け足す。

「お二人の恋路を妨害するつもりは無いんだけど、子供が居るから、迷惑をかけないとは言い切れないの。そこのところ、理解していただけるかしら?」

「あっ、はい。――構わないよな、アキミ?」

「えぇ。――何も問題ないですよ」

「それじゃあ、お邪魔します。――ほら、ジーマも」

 シュウスイが確かめたあと、アキミが返答すると、女は少年の手を引いて客室に入り、そのあとに男が続くと、アキミは散らばった小物を片付け、シュウスイは後ろ手でドアを閉めた。

――汽車移動の後半は、少しばかり賑やかになりそうだ。

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