強襲なるもの
前話:準備完了し、森に出向きました。
一行は宿を出て、村を後にする。
宿では、見た目が厳つい亭主に笑顔で送り出された。街道へ出る際は、村入口で歩哨に立っていた自警団員に「お願いします」と、暗にコボルト退治に精を出してくれと言われた。
聞き込みの際にも思ったことだが、この依頼は名目上ただの遺跡調査だ。
であれば、コボルトの存在などは村ぐるみで秘匿していた方が良いのでは、と変な気遣いをしてしまう。
代表依頼者である村長の依頼料削減といった目論見は、村全体のお人よしな風土によって露呈してしまっている有様だ。
報告書にはなんと書くべきか……アレスは頭を悩ませていた。
しばらくの後、一行は街道を外れて、依頼の遺跡が存在する森に分け入った。
宿部屋で話し合った通り、先頭にアレス・次にトリス・その後ろにドロシー・最後がエリアスの布陣だ。
生い茂る草木をかき分けながら、ドロシーが呟く。
「承知の上ではあったが、歩き詰めよの……」
肉体労働主体ではない人物だ。若干の弱音や愚痴が混じって取れる。
気分転換に小言に付き合うのも悪くはないと思ったのか、皆が手足とは別に口も動かし始める。
「直近の村からとはいえ、遠いな」
「森はあんまり近すぎても弊害があるからな、仕方ねぇよ」
「えー、森が近くにあったら、森林浴とかできてリラックスできそうだけどなー」
黄金髪を揺らしながら歩くトリスの発言は、どこか能天気なものに聞こえる。
幼馴染であるアレスは最早慣れたもので、可愛げすら覚えている。要するに彼女は天真爛漫なのだ、と。
「昼はいいかもしれないけど、夜は基本的に魔物が跋扈する人外魔境だぞ」
「然り、森は人類域外ぞ」
「みんな悪いことに目を向けすぎだよー」
「勇者殿が人一倍良いことに目を向けるからバランスはとれておろう」
「そういうこと」
「むー」
先頭を歩いているせいで、声でしか判断はつかないが、ふくれっ面のトリスが想像できる。うん、可愛い。
妄想に疲労感を癒されながら、アレスは手元にある地図を見る。
「遺跡までは難なく行けそうだな」
そう呟きながら、途中で道案内をしてくれた商隊を思い出す。
アレスら一行は、森までの道すがらに商隊に出くわしていた。
街道ですれ違った商隊は村を経由して都市を往復するものらしく、コボルト退治だと告げると快く森に関する情報提供をしてくれた。
街道を頻繁に利用する身の上だ。恐らくは、商隊にとってもコボルトは気兼ねであったのだろう。
一応、護衛は付けていたが、とても精悍そうには見えない面々だった。コボルトの群れに襲われれば、ひとたまりもないだろう。
それ故に商隊を率いる商人は、森の知り得る限りのことをアレスらに教えてくれた。
おかげで進行は順調そのものだ。
「いざコボルト退治!」
意気揚々としたトリスの声が響く。
物思いに耽っていたせいで、どういう経緯の発言かはわからなかったが、戦意十分なのは良いことだ。
ただし、
「本題は遺跡調査ぞ」
ドロシーの言う通りだ。命懸けの戦闘がないに越したことはないし、あくまで依頼書記載の目的を果たさないとならない。魔物を蹴散らして帰ったのでは、不十分なのだ。仮に依頼の真意が魔物を蹴散らすことであったにせよだ。
森の中では、木漏れ日が一同を部分的に照らし、身体に斑模様の光と影が浮かぶ。足を降ろす度に枯れ葉、枯れ枝が踏みつけられ、体重に押されて「パキッパキッ」と小気味よい音を鳴らす。
一同の鼻をくすぐるのも森独特のものであり、枯れ葉と土が露といった水分で蒸されて醸し出す、腐葉土の匂いだ。
これが散歩であれば、森林浴と言えるかもしれない。
だが、歩を進める内、先ほどまで気分上々だったトリスの声が潜められた。
鉱山のカナリアのようにわかりやすい。
「……空気が変わったね」
「あぁ、嫌な感じだ。日中だってのに、陰気が過ぎる」
「明るくなるように燃やしてやってもよいぞ?」
「怖い冗談いうなよ」
「焼野原にすれば、遺跡までの見晴らしもよくなると思ったのだが……」
物騒すぎる考えだ、森との心中に付き合いたくはない。
「想定通り視界が狭いな」
「おかげでこちら側への狙撃は難しそうだ」
「確かに、コボルトに木々の合間を縫うような射撃は無理だろうからな」
「足元もあんまりよくないね」
「歩くたびに足裏にゴツゴツと当たるのはアブラ実か」
『アブラ実』とは、着火剤にも使われたりする木の実のことだ。絞れば可燃性の油脂が採取できるので、なにかと重宝される植物だ。
「よく燃えそうな森で結構」
「冗談で済ませてくれよ」
「早く調査を済ませて抜けてぇ」
一同、喋りながらも歩を止めず、自身が警戒すべき視点を理解して歩いている。遺跡に向かって歩き続けていると、進行方向に開けた場所が見えた。
おあつらえ向きに切り株があり、休憩してくれとでも誘っているような場所だ。
「笑えるぐらい怪しいな、エリアス詠唱準備」
「いつでもいける」
エリアスとの掛け合いの最中、トリスは身に付けた『観測球』を起動させる。
『観測球』とは冒険者ギルドから貸与される魔法道具のことである。
大きさは大人の握りこぶし程度、形状は名前の通り球体。その役割は使用者の付近に存在する魔物の種類と数のカウント。加えて、貸与している冒険者からの賃料搾取。
その役割から一部では、呪いの装備だと嘆く冒険者もいる。
その他にも冒険者ギルド用の機能があるようだが、詳細は極秘らしい。
依頼完了後、この観測球は冒険者ギルドに一時提出される。ギルド側は冒険者からの報告書と観測球からの情報を照らし合わせて、依頼を達成したかどうかの判断の一助としているそうだ。
一同は、切り株のある場所で歩みを止める。
その時、犬の遠吠えにも似た雄叫びがあがった。
「GRUOOOAAAUAAAOッ!!」
雄叫びのする方角にトリスが視線を向ける。先頭のアレスは視線を動かすことなく、全方向に気を配り、あえて警戒を散らす。
その獣声の中、かすかな風切り音がパーティーに近付く。と同時にエリアスが魔法詠唱を始めた。
【神の加護によりて 礫を遮れ】
瞬間、一同の周囲に乳白色の被膜のようなものが現れる。
そこへ最前列のアレスめがけて飛翔してきた矢が衝突し、被膜は矢を弾いた部分からパラパラと瓦解し霧消していく。
「射手は前方、距離100以内、目線から大凡45度の高さに位置。エリアスの防御がある限り脅威ではない」
「右方向から聞こえた声は距離にして300といったところぞ。接敵までは時間があるが……隙を作ろうとは小賢しい奴らよ」
各自が得た情報を即座に共有化する。
「左から複数の足音と荒い吐息、推定3」
「ドロシーは弓兵に照準を絞って警戒待機、いくぞトリス」
「うん!」
アレスとトリスは剣を構え、ドロシーと敵とを遮るように陣取る。