武器なるもの
前話:〈 門 〉について話し合いました。
「作戦といってもいつも通りであろう。陣形は縦列でアレスが最前で敵を止め、次でトリスが抜けを狩る。中後でワシが周辺警戒と援護射撃を行い、最後のエリアスが全体支援と中後の直援」
見事に言い当てられた。
「森ってことで、索敵と戦闘において視界の悪さが考えられるぞ」
「コボルト側に遠距離攻撃があると厄介だねー。近距離なら私とアレスで対応できるけど」
「気が付けば頭から矢が生えてるってのは、ごめんこうむりたいの」
「そこはエリアスに瞬時に防壁を張ってもらおうと思うけど、可能かなー?」
「弱弓程度を防ぐものであれば、単純詠唱で可能だ」
「頼もしいの」
「カー…ドロシーに比べればまだまだだ」
エリアスが呼び名を言い淀んだ末、ファーストネームに言い換えた。部屋へ戻ってきた時に耳打ちで彼女の仲間意識の高さを報せたのだが、変に意識させてしまったか。
「ドロシーは防御から迎撃も即座にやりそうだな」
「買い被りじゃ、攻撃は攻撃、防御は防御、適材適所がよかろう」
「わかりやすいほうがいいよねー」
「じゃぁ、遠距離対策は良いとして。次は攻撃なんだが…」
「相手は獣じゃ、火を見れば、怯え竦もうて」
「野生動物ならまだしも、コボルトにそれが当てはまるとは限らんだろ」
「甘いの、火で発展してきた人間とて火に気軽には近寄らまい。感覚の鋭敏な獣であれば強者であろうが必ず怯む……む、なんぞその目は」
「焼野原にしないように」
トリスが「わかりやすいほうがいい」という発言をしたのも相まって、なんとなく釘を刺しておかないと怖かった。
「な、なんと失礼なやつじゃ」
「冗談だ、冗談」
そう笑顔を取り繕いながら返すが……。
「冗談には聞こえんかったぞ」
どうもにも効果は薄かったようだ。
「実際はどうなんだ?」
「む? もちろん火炎の使い方には細心の注意を払うのは当然であろう。つけ加えて言えば、木々に燃え移ったとしてもワシの魔素が混じった火であれば鎮火も可能じゃ」
「はぇー……ドロシーすごいねー」
トリスは口を開いて感心しきっている。
ドロシーの話を聞く限りでは、やはり桁違いに卓越した魔導師といった印象を受ける。というのも、魔法発現後にその魔法の在り方を変化させるなど考えたこともなかった。試したところで、アレスには出来そうにない領域だ。
ただし、実行は無理だとしても知識としては知っておきたい。知っていれば、それを利用することも出来る。
「鎮火というのは、時間が経過しても可能なのか?」
「それは難しいな、魔法の火も時間が経てば詠唱者由来の魔素が薄れ、自然由来の魔素に依存するようになる、そうなれば命令は届かん」
「中々興味深いな、今度改めて聞かせてくれ」
「構わんよ」
ドロシーは得意げに即答してくれた。アレスとしては、それを見越してのお願いではあったのだが、同時に少々迂闊だとも思った。
仮に自分がドロシーの立場であれば、種明かしには及び腰になる。というのも、知識や情報は力だからだ。惜しげもなく披露すれば、それは敵対者の力にもなり得る。または対策を講じられる。そのデメリットを考えれば、中々できることではない。
まぁ、仲間内での共有に限れば、相乗効果が期待できるためメリットしかないのも事実だ。ドロシーはその点に重きを置いているのだろう。
「ありがとう。ちなみに、俺はドロシーのように魔法を急場で繊細に使える自信はない。炎熱魔法は自重しておく」
「私はどうしようかー」
「ベアトリスも俺と同じで基本的には剣撃で対応だな、遠距離や殲滅火力はドロシーに依存しよう」
「じゃ、こっちはドロシーに近寄るものを殴打する」
「コボルト程度どうとでもできるが……万が一の時は頼むぞ」
「遺跡までの道中は、そんなところか。遺跡内部、特に集会所と目されているような開けた場所での戦闘は臨機応変にいこう」
「うん、私とアレスが前列でドロシーとエリアスが後列ってぐらいの分け方でいいよね」
全員が同意する。
「よし、後は各自で装備の点検を済ませた後、向かおう」
各々席を立ち、寝台に戻ると自身の装備を改め始めた。
アレスは事前に装備や道具の点検を済ませていたので、その他のメンバーを眺めていた。そこで目に入ったのが、エリアスの武器だ。本当に神官が持つものなのかと疑問を抱いてしまう。
「いつも思うんだが、その鈍器は教義に反しないのか?」
「と言うと?」
エリアスが手に持つ物の欠けや歪みなどを確認しながらに言う。
「神官は刃物の携帯を禁じるってあるだろ」
「ああ、あるな」
当然だ、と軽く流される。その上で聞きたいことなんだが……。
「理由はなんでだっけか?」
「刃物は誰にでも扱えて強力無比だ。持ち主を簡単に畏怖の対象にしてしまう。なにより優しく触れても人を傷つけてしまう」
「なるほどな……」
お前の手に持ってる鈍器も鋭利な物が付いてるし、云うなれば『ソードメイス』だけど、それはいいのか……。
「その点、この武器は素晴らしい。神官が理想と現実の合間で唸り、その果てに作り上げた至高の品といっても過言ではない」
「そ、そうか」
武器を眺める恍惚とした表情からは、その存在に微塵も疑問を抱いていないことが窺えた。正直、単純な刃物よりも強力無比で脅迫的に見えるが、神官の苦悩の塊といえば言い得て妙か。
「初めてこの武器を観たときは感動を覚えたもんだ。この手があったか、と」
言ってしまうのか、それを。
「少々値は張ったが、もはや普通のじゃ物足りん」
考え方が戦闘職のそれと同じだ。殺傷能力に重きを置いているあたり、神官というよりは聖戦士の類だ。
エリアスは点検を終えると、ご自慢のソードメイスの柄をこちらに向けてきた。
「ブラウニーも使いたくなったか?」
「いや、俺じゃ扱いきれそうにないから遠慮しとくよ」
「そうか……」
とてもいい笑顔で渡してきたが、断るとその表情は気落ちしたものへと変わった。とんだ布教活動だ。
「そういえば、ブラウニーはよく剣を買い替えているな」
自分のことばかりを話しているのは不公平に感じられたのか、今度はこちらの武器に話題を振ってきた。
「ん? そうだな、一応理由があるんだけどな」
「ぜひ聞かせてもらおうか。散財癖があるのかと気が気でなかった」
他称金庫番が真剣な眼差しをこちらに向けてくる。その視線が痛いほどに突き刺さる。
「そんな悪癖はない。だけど、あんまり褒められた理由でもない」
「言ってみろ」
「理由は、俺の武器の扱い方が特殊だからだよ」
知っての通り、俺は中途半端に魔法が扱える剣士である。
普通に魔法を撃つだけなら、ドロシーのような専門的な魔導師には遅れをとる。そこで悩んだ挙句、もうひとつの自分の領分である剣に魔法を掛け合わせることにした。
例えば、剣に熱を持たせたり、風を纏わせたり、標的に差し込んで発熱させてみたり。
通常、剣はそういった使われ方を想定した作りにはなっていない。そんなことを繰り返していると、金属の疲労蓄積は異常に早くなり、戦闘中にも関わらず破損して使い物にならなくなる。
それを未然に防ぐために、剣をよく買い替えているわけだ。
魔法との融和性が高い金属で作られた剣があれば最適なのだが、あいにくそんな武器には巡り合えていない。あったとしても手が届かないほど高価だろうことが想定される。
こういうとパーティーメンバーとして問題かもしれないが、安物買いの銭失いといった状態だ、とエリアスに説明した。
「なるほど、燃費が悪いな」
歯に衣着せぬ物言い、金への執着からだろうか、はたまた僅かばかりの老婆心か。
「でもまぁ、金はかかるが悪いことばかりでもない」
「金を失うことを上回る利点が?」
そう言われると自信を無くす発言になるが、目の前の巨漢は俺の発言が不思議でならないようだ。
「剣を買う時は大体似通った剣を買うわけだが、作り手によって癖ってのが大小ある。そういった癖にとらわれずに、あるいはそれを利用した使い方ができるようになってきている。要するに、剣であれば形状は問わなくなりつつあるってことだ」
「ふむ……1つの物に信を置かないのも生きる術だな」
以外なことにあっさりと理解して貰えたようだ。
銭失いという例えから、食い下がってくるものだと思っていたが……自身が神と金とを天秤にかけているような人物だ。言葉通り思うところがあるのだろう。
「そう言ってもらえると助かる」
「ちなみに、安物買いと言っていたが、買う剣の平均的な値段は?」
「……大体一本3万ツーカぐらい」
アレスらが請け負っている依頼の平均料金は一件につき二〇万~三〇万ツーカほどだ。これを人数で割れば、1人に入るのは一件につき5~7万ツーカ。いま現在アレスはおおよそ3件につき1本のペースで剣を買い替えている。
「……やはり根本的解決が求められるな」
自分でもよく思う。