放逐なるもの
前話:ヒュージコボルトを打倒しました。
翌日、村長に起こされ、自宅に招かれた。
奥方は負傷者への治療を続けているようで、不在だった。
招待されたものの村長相手はどうも気まずい。
アレスが椅子に腰を掛けた後、村長は不在の奥方の代わりに自分で飲み物を淹れ、アレスの分と共に机に置いた。この葉の煮汁を飲む動作で何秒稼ごうか、と考えていると村長から話が切り出された。
「アレス・ブラウニー、君の働きに深く感謝する」
随分と畏まっている。昨日まであまり良いように対応してくれなかった村長だったが、ここにきて態度を改め、アレスに謝辞を示した。
「いえ……自分は出来ることをしたまでです」
改まった面持ちの村長を前にアレスも居住まいを正して、言葉を返す。
村の救世主ばりにに尽力したとはいえ、それを鼻にかけては今日からもしばらく世話になる予定の村には居づらい。
アレスとしては、この件はもう水に流して、新たな生活基盤の構築に専念したい気持ちだった。
「ふっ、謙遜だな」
驚いた、村長が笑ったところをはじめてみた。
「これは少ないが、追加報酬だ」
そう言いながら、村長はアレスの前に五万ツーカを差し出した。
まあ……確かに少ない。ほぼ単身でヒュージコボルトを討伐したにしては少なすぎる額だ。実際、異種闘技が催されるコロシアムで同じ相手に打ち勝てたならば、この数倍近くの報酬を手にできる。
しかし、アレスもそれを口に出すほど浅はかではない。それに村の状況もわかっているつもりだ。死者も出た上、負傷者も多い、村の再建には様々な労力と費用が必要になるだろう。この報酬はそんな村の村長の自費で賄われている。こうして形で感謝を表してくれているだけでも、こちらの頭が下がる思いだ。
それらを考慮すると受け取るには忍びなかったが、アレスも背に腹は代えられない困窮具合だ。村長の言葉に甘えよう。
「ありがたく頂戴いたします」
「うむ、それとな……」
村長は更に剣を差し出した。
柄と鞘が古びた剣、それは紛れもなく昨日の戦闘で村長が振るっていた長剣だった。
「これは……?」
「少ない報酬への詫びだ」
ッ狸オヤジめ、粋なことを……。
「そんな、受け取れません」
「気にするな。この腕じゃ当分は振れない」
村長は添え木で固定された腕を見せながら言う。腕の傷は、奥方が唱える【小回復】では治療に限界があったようだ。これを完治させようとするならば、元パーティーメンバーの神官並の回復魔法使いでなければならない。
「それに未練がましく持ってはいたが、正直、宝の持ち腐れだ」
未練がましい、という発言に、かつての冒険者の面影を見た。
村長曰く、この剣は魔法道具だそうだ。その効果は【自浄】というもので、剣が常に清潔に保たれるのだとか……すごい……どうでもいい効果だ。
その効果を聞いて、顔には出していなかったはずだが、村長が自嘲気味に話を続けてくれた。実際、戦闘で有意義に使えた試しはないらしい。だが、冒険者の端くれとして魔法道具を持っていたのは自慢であり、引退してからも唯一手放せなかった品なのだと明かしてくれた。
そんな話を聞かされては、尚の事受け取れないと返そうとしたが、「この村を救った証だと思って持っていてくれ、それに予備の剣だけじゃ心もとないだろ」、と村長に押し切られた。
そうも言われ、更には内情までお見通しでは、アレスとて固辞できない。
村長から剣を受け取り、柄を握って驚いた。恐ろしく手に馴染む。
試用するまでもなく、思いのままに振れるという確信めいたものを感じる。長年使い込まれているにも関わらず、整備を怠らなかったが故の手への馴染みようだ。
「気に入ってくれたようでなによりだ」
一言も発していないのに村長には悟られてしまった。
「大事に使わせていただきます」
「そうしてくれるとありがたい」
こうして用件は終わったかに思えたが、その後は雑談が弾んだ。
やれ、王都には地下水路があり魔物が巣食っているだの、やれ、筋肉の塊は脳まで筋肉でできているのだ等、冒険者だった時の噂話や体験談を愉快気に話してくれた。
脳筋のくだりについては、恐らく宿屋の主人のことを言っているのだろう。
幸いにして、先日の戦いで負傷した宿屋の主人は大事に至っていなかった。いまは村長の奥方に回復魔法をかけてもらっているか、モリスンの薬草を処方されているはずだ。
村長との談笑が一区切りついた時、外からドアを叩く音がした。村長が椅子に腰かけたままノックに応じると、村人の声が返ってきた。
「村長、商隊が出立の準備を始めました」
「……わかった。連絡ありがとう」
村長の返答を聞き、外の村人は家から遠ざかっていった。
「昨日の今日ですが、もう商隊は立つのですね」
「ああ、彼らも商売があるからな、走って稼いでいるようなものだよ」
聞くところによると、この村で定期的に油実や薬草などを仕入れ、市場で売りさばいているのだそうだ。その話を聞き、安く買い叩かれているのではと危惧したが、適性価格での取引が成立しているようだった。どうやら商隊の元締めは村長らの元パーティーメンバーらしく、その関係性は今も変わらず良好なのだとか。
いまの俺にとっては眩しすぎる話だ。
「それでな、ブラウニーさんには言いづらいんだが……」
「はい?」
どうやらここに呼ばれた用件は終わっていなかったようだ。
どうしよう「復興が終わるまで、この村に残ってくれ」などと言われたら。
現状、実家以外に行く宛のない身だ。そういった提案にはアレス自身やぶさかではなかった。実際、今日もこれからモリスンの元へ行き、薬草採取を持ち掛けようかという予定だ。
それを考慮すれば、当分の間この村に定住するのも悪くはない。ここでしっかりと資金なりを蓄え、今後の身の振り方を熟考するのは……悪いどころか、良いではないか。
そうと決まれば、村長の提案が如何様なものであれ意欲的な姿勢を示しておこう。そういった行為の積み重ねが心証を良くしていくのだ。とはいえ、この村の危機を供に乗り越えた時点で、かなりの好印象ではあるはずだが。
神妙な面持ちの村長、前途ある冒険者の足を止めてしまうのは気が重いのだろう。
しかし、そんな村長の言に食い気味で応えるべく、アレスの身体は次第に前のめりになる。
さぁ村長、遠慮せず言ってください。俺の答えは決まっています。
村長が喉を鳴らす、意を決したようだ。
「ブラウニーさ「はい」ん……」
速すぎた。
落ち着け俺。
次だ。
「村をでていってくれ「はい!」ないか……」
ん?
「そうか……本当に申し訳ない」
なんと言った?
「私は心苦しいよ、襲撃による遺族や被害者からね、非難の声があがってね」
うん? え? あれ?
「皆、ブラウニーさんが村を救ってくれたのだと理解はしているはずなのだが……上手く割り切れないのだと思う」
定住の話は? 好印象じゃ……?
……人間の心理とはよくわからないものだ。
魔物が襲撃に訪れたのは、冒険者らが討ち漏らしたことによる報復行為であり、その責任は依頼を請け負った冒険者のアレスに依るところがあるのだそうだ。
今回の襲撃で死傷者が出たにも関わらず、その責任者がのうのうと村に居るのが許せない村人も居るという事だ。
まぁ……報復云々は知れた事ではないが、そもそも依頼内容は魔物退治ではなかった。更には、与えられた魔物の情報が乏しい中、独自に聴取も行い、その上で本質的に望まれている依頼を熟したはずなのだが……それを説いても詮の無い事か。
想定していた提案とはあまりにもかけ離れた村長の言葉に衝撃を受け、その後の言葉は間々にしか聞き取れなかった。
もうすぐ商隊が商業都市へ出立する予定だ。それに便乗してほしい。
護衛が一人減っているのもあって、アレスにはその一人分を受け持ってほしい。
護衛報酬はでる。
気が付けば、村長と奥方、それにモリスンに見送られながら、商隊の荷馬車に腰かけて村を出ていた。
思い描いた村での生活が瓦解し、放心状態となってしまった。
ふと横に視線を向けると、傍らに大きな獣の頭蓋骨が置かれていた。頭蓋骨は所々黒ずんでいる。十中八九ヒュージコボルトのものだ。
そういえば、村長が「これをギルドに持っていくといい」と言って渡してきた気がする。図らずも大荷物を抱えてしまった。
揺れる荷馬車の中でアレス・ブラウニーは思う。
世の中、想定通りに行かないことの連続だ。
不意にパーティーを追い出され、
不意に村を追い出され、
今度は行先である商業都市でも……
いや……それよりもまずはこの荷馬車から不意に追い出される方が早いかもしれないか。
まぁその時はその時だ。
何事も死ぬ気でやれば、八割方はどうとでもなるだろう。
残りの二割に転んだときは……もう祈ろう。
後のアレス・ブラウニーの手記には、こう書かれている。
放逐から始まった冒険譚であった。と。
ここで一区切りとさせていただきます。
初作品故に展開速度がなろう向きではなかったように思いますが、読んで頂いた方をはじめ、ブックマーク・評価していただいた方には感謝の念しかありません。
『宵越しにパーティーはなく』、ご愛読ありがとうございました。




