猛威なるもの
前話:村にヒュージコボルトが襲来しました。
昨日使い果たした魔力はまだ回復しきっていない。おまけに薬草採取の際に少しばかり消耗した。あまり無駄撃ちできるような量はなく、奴を倒す手段も限られる。
打倒のための思案を巡らせるが、そのヒュージコボルトに動きがあった。前傾姿勢を取っている。
目の前の乱戦を避けて、こちらに跳躍しようとし……次の瞬間、地面が抉れるほどの脚力でアレス目掛けて飛翔染みた突進を仕掛けてきた。
その突進に巻き込まれ、前方に位置していた自警団員と護衛の1組が跳ね飛ぶ。強力無比な突撃は彼らの絶命もしくは戦闘不能を余儀なくさせた。
完全に予想を外された! まさか眼前の事物を意にも介さず突っ込んでくるとは……!
標的になったアレスは咄嗟に横方向へ飛び退く。
障害物とも認識されなかった自警団員らの骨身が砕ける生々しい音が耳に残る。
あの質量を受ければ剣が折れるどころか腕もなにもかもが粉砕されかねない。
従って、敵の攻撃は常に回避の一手だ。
突進をすかされたヒュージコボルトは急速反転し、振り向きざまにアレスへ物を投擲してきた。
一瞬、武器である大石刀を投げてきたのかと錯覚したが、近づいてきた飛翔体は人の形をしていた。それは突進に巻き込まれ、ヒュージコボルトの身体に張付いた自警団員だった。
咄嗟に身を屈め、投擲物を辛うじて避ける。
なんでもありか! 化け物め!
たかがワンアクション程度で、こちらの戦力の四分の一を削られた。
「早くそいつをどうにかしろ!」
あまりの惨状に村長が喚き散らす。
わかってる! 出来るものなら早々やっている!
声には出さず頭の中で反応する。少しの無駄な動作が生死を分かつ状況だ。気軽に罵り合うなど出来ない。
あちらも一人頭約一匹のコボルトを相手にせざるを得なくなっている。体裁を取り繕う余裕などないのだろう。
しかし、敵が膂力脚力を存分に発揮して戦うことはわかった。ならばそれを逆手にとって一矢報いるまで。
【ただ動じないでいよう それだけが取り柄だ】
【騒ぐな 慌てるな これは意図した暴発だ】
「GURURURURURU」
凶獣が咽喉を唸らせる。嗤っているかのように口角を吊り上げて、牙を光らせる。
ヒュージコボルトは先ほどと同様に前傾姿勢を取った。
初発の突進時よりも距離は近い。すなわちそれだけ衝突までの時間は短く、勢いも強い。
アレスも同じくして腰を屈め、体勢を低くする。懐深くに剣を置き、切っ先を敵に向けて、両手で柄を握りしめる。
土砂が舞い上がる!
ヒュージコボルトがアレスを轢き殺そうと突撃した。
アレスもそれに応じて突撃する。
頭で思い描いた通りだ。
昨日の森での遭遇戦における、トリスの刺突を真似た。それにアレンジを加えた攻撃。
敵との衝突時、切っ先のブレを抑えるため【衝撃耐性】を自身に付与。更に攻撃の致死性を高めるために剣が敵の体内深くまで滑り込んだ瞬間、内部で炸裂するよう【武器破壊】を自分の剣に施した。
如何に強固な身体つきといえども、その内部で鉄くずが四散すれば致命的だ。
とはいえ、突進自体を阻めるわけではない。その威力は殺しきれぬままにアレスは食らうことになる。
……まず間違いなく、腕はへし折れるだろう。それでもこいつの命と引き換えならば安いものだ。冥土の土産に安物剣もくれてやる。
ヒュージコボルトとの距離が詰まる。目に映る光景が徐々に遅くなる感覚を覚える。耳に入る音も間延びし、ぼやけて聞こえる。時間の流れがとてつもなく遅い。
危機的状況に陥ったとき、人は極限の集中力から認識と体感にズレが生じることがある。アレスも過去幾度か体験したことがある。この状態に陥ったならば、それを利用して切っ先の差込口をより殺傷に至らしめることが可能な部分に誘導するまで。
死に晒せッ‼
剣を勢いよく突き出しヒュージコボルトの喉元に突き立てる。
後は放っておいても刺さる……はずの切っ先が敵の身体がすり抜ける。
あろうことか、獣は空中で身をよじり回避行動をとった。
それと同時に奴の武器が俺の左側面を殴打しようと急接近するのが見える。避けられない。
【防壁】‼
直後、ガラスが割れたような音と共に、アレスの体に抗いようのない衝撃が走る。
敵の攻撃を空中で受けたがために、アレスは右方向へ吹き飛ばされる。その身体が地面に着地後も跳ね転び、家屋に衝突しようやく止まる。
咄 嗟の判断で防御魔法を展開したが、詠唱不足でまともな防御力を備えられなかった。結果、防御はガラス細工のように叩き割られ、無様にも跳ね転ぶ羽目になった。
なにが起きた……殴られたのはわかったが、自分がどうなったのか理解が追い付かない。
「……! ……じょ……ぶ⁉ ……てる⁉」
土の味がする。視界がぼやける。誰かが傍で喚いている。
脳が揺れ、意識が混濁している。
森でのモリスン、元パーティーメンバーら、憎きネロの姿が脳裏に浮かぶ。
「GOOOOOOOOAAAAAAAAA‼」
凶獣の雄叫びにより意識が現実に戻り始める。
違う……仲間はいない……いまは、早く戦線に復帰しなければ……敵の勝鬨に浸っている場合ではない……ッ。
「生き……み……いね!」
声の主は村長の奥方だった。傍でこちらの容体を確認してくれていたようだ。
「……あ、あ」
上手く声が出せない。地面や家屋との衝突の影響で力が入りづらい。
空中で攻撃を受けたことが威力の分散に繋がった。加えて中途半端ながらも防御の甲斐があり、数多の裂傷と打撲以外に深刻な傷を負ってはいない。なんとか立てる……まだ戦える。




