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襲来なるもの

前話:村長との問答の最中、村の警鐘が鳴り響きました。

「村長‼」


 血相を変えた自警団員の男が村長宅のドアを乱暴に開け放って現れた。


「どうした!」

「あぁあいつです! あの怪物がでました!」


 再び村長と視線が交差する。


「あ、あんた! 倒したんじゃなかったのかよ! ふざけんなよ!」


 自警団員は村長に警鐘の理由を告げた後、ようやくアレスの存在に気付いたのか、その胸中を言葉にして浴びせてくる。


「落ち着け! 怪物は1匹だけか、他にはいないのか!」

「え、ええっと、ま、周りに小さいのが7匹いました!」


 狼狽しながらも更に悪い知らせを口にした。

 考え得る中で、最も悪い展開を目の当たりにしているようだ。思えば、この村に来てから碌なことがない。呪われてるんじゃなかろうか。


「自警団員を含め男は武器をもって中央広場に集まれと伝えろ! それと女子供は宿屋の二階へ避難させろ!」

「は、はいぃ!」


 指示を受けた自警団員は慌てふためきながら、家を飛び出ていく。


「ブラウニーさん! 言った言葉をいまここで現実にしてもらうぞ!」


 村長は壁に立てかけてあった古びた剣を携えて、アレスに参戦を促す。

 最悪な展開だが、避けようはない。まして逃げる選択肢などありはしない。


「ええ、もとよりそのつもりです!」


 そう力強く応えると、村長は無言で頷いた。


「アンナ、お前も避難しておけ」

「いえいえ、私も一緒に行きますよ」

「奥方、戦闘が始まれば誰もあなたを守れません。避難してください」


 だからこそ村長は提言したのだ。実際、非戦闘員が戦場にでても足手まといになるだけで、なんの役にも立ちはしない。厳しいようだが、避難してくれたほうがよっぽど助かる。


「お気遣いありがとうね。でも昔を思い出すわ」


 そう言うと、奥方は村長に革製の胸当てをつけはじめた。


「お、おい」

「まだ取っておいてよかったー……よいしょっと」


 胸当てを取り付けた後、奥方はどこからかメイスを取り出した。なんでそんなものを……。


「さ、早くいきましょ」


 村長とアレスが呆気に取られているうちに奥方の支度は終わり、早く中央広場へ行くように催促された。


 ……恐らく、いや間違いないだろうが、この2人は元冒険者だったのだ。

 村長宅を走ってでる際、「お詳しいわけですね」と、村長に向かってぼそりと呟いてやった。狸は苦虫を噛み潰した顔をしていた。


 中央広場に向かうと、既に武器を手にもった自警団員と村の男たち、それに昨日街道ですれ違った商隊の護衛も集結していた。男衆の中には、モリスンと宿屋の主人の姿も見える。


 モリスンはおどおどと落ち着かない様子だ、昼間の笑顔と比べると酷く可哀相に思える。一方、宿屋の主人は自前の斧を携え、毅然とした態度をとっている。


 自警団員が村長と奥方を含め7人、男衆が9人、商隊の護衛が4人、そして俺が1人。広場には計21人が居た。


 数の上では圧倒しているが、まともに戦えそうなのは村長と宿屋の主人、それに護衛と俺ぐらいだろうか……村民らはみな顔が青ざめて、見るからに萎縮しきっている。


 自警団員も似たようなものだ。槍を握りしめて体の震えを抑えようとしており、呼吸は浅い、極度の緊張状態だ。村民に毛が生えた程度なのだから、仕方もない。そのうちの何人かは俺を睨んでいる。


 護衛は実戦経験があるためか、それよりもマシのようだ。ただし、とてもじゃないが強くは見えない。今朝方に宿屋の主人が言っていた通りだ。


「状況は!」

「コボルトの群れが8匹、うち1匹はデカ物。柵手前まで来てる」


 宿屋の主人が落ち着いた口調で村長に答える。場慣れした雰囲気から察するに宿屋の主人も元冒険者なのかもしれない。

 ちなみに、村の柵など吹けば飛ぶ程度のものだ。防御用というよりも敷地をわかりよくするための区切りといった意味合いが強かった。


「GUAAAAOOOOOOOOッ‼」


 獣の咆哮と共にメキメキと木材が破砕される音が中央広場に響く。

 早速、区切り板は吹き飛んだようだ。


「ヒィッ!」


 自警団員と男衆の中からいくつか悲鳴が聞こえる。


「……自警団員以外の男共は全員宿屋の入口を固めろ」

「えッ……」

「万が一、コボルトがここを抜けた場合、女子供の命はお前らに掛かってる」


 良い判断だ。萎縮して能動的に動けない人間が戦場に居ても邪魔になるだけだ。それにここにいても無駄死にするのが目に見えている。


 それぐらいなら、比較的安全圏に離し、女子供を守るという、必須かつ解り易い目的を与えた方が役に立つ。そしてそれはここに残る者らの心配を少なからず緩和する。


 しかし、男衆は動こうとしない。

 しきりに顔や視線を動かし、他の者がどう出るか気にしている様子だ。どうやら、ここから離れる行為に逃げ出すような格好悪さを感じ、動けないでいる。

 こんな状況でも体面を気にするとは……。


「さっさと行かんかぁッ‼」


 それに業を煮やし、宿屋の主人が男衆を一喝した。その怒号にハッと我に返った男衆全員は、宿屋方面へ走りだした。


「ったく……俺は残るがな」

「当然だ、昔のように馬鹿力の見せどころだぞ」


 宿屋の主人は、この場に留まり戦うようだ。村長もそれを当然の如く受け止めている。

 ズンっ……ズンッ……。

 地面が重量物によって沈み込む音が近づく。


「GURURURUAAA」

「GUUAARURU」


 その足音よりも先にコボルトが広場になだれ込んできた。


「来たか……」


 ズン……。

 そしてその後ろから、ひと際巨大なコボルトが現れる。


 獰猛な狼に酷似した凶悪な面構え。剥き出しの牙。小剣のように尖った爪。手に握るは岩から削りだした大石刀。全身を覆う黒い体毛。通常のコボルトを4~5倍ぐらいに膨れ上がらせたような巨体。それらを支える野太い筋骨。


 そうだ、これが遺跡で死体を見つけたヒュージコボルト。そして、その生きた姿。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼」

「……ッ」

「あ、ああ……」


 不味った。

 その獰猛な見た目と咆哮の迫力を目の当たりにし、自警団員は元より護衛と村長すらも気圧されていた。完全に放心状態だ。このままでは実力を出し切れぬままに屠られる。


 アレスは即座に剣を抜き、肩に担ぎ、魔法を唱えながら振り下ろした。


【纏いしは風 疾らせるは刃】!


「GIIッAAAAッ」


 一閃。【風刃】を敵方先頭にいたコボルトに叩き込み、見事両断せしめる。

 コボルトが血しぶきをあげて倒れ込む。


 まずは景気づけに1匹ッ! 更に返しの刃で、もう一閃!

 狙うは敵指揮官、恐怖の根源。その首級。


 ガッ……風切り音は岩を削る音へと変わる。

 間髪入れぬ【風刃】は直撃したかに思われたが、その寸前で大石刀によって容易く弾かれてしまった。

 ……そう簡単にはいかないか。だが、目的は果たせた。


「あ……ッ」

「呆けている場合か! 武器を構えろ!」


 戦闘は既に始まっているのだと、村長らを現実に引き戻す。乱暴な言葉遣いになりはしたが、この緊急事態に言葉など選んではいられなかった。


「くっ! 自警団員2、護衛1で3人1組を作ってコボルトに当たれ!」

「GAUUAAA」

「GUUOORUAA」


 我に返った村長が指示を飛ばす。それとほぼ同時にコボルトも一斉に躍り掛かった。

周囲で戦闘が起こる。コボルトの獣声と自警団員らの武器を振り回す音が入り乱れる。


 そんな中にあって、アレスはヒュージコボルトから目を離さなかった。そしてヒュージコボルトもアレスに鋭い眼光を向けている。


 幸か不幸か先の攻撃で奴の注意を独り占めできたようだ。もしくは……最初から俺目当てだったのかもしれない。


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