問答なるもの
前話:村に戻って、村長と話すことになりました。
「村長! 昨日お伺いした冒険者のアレス・ブラウニーです! お話があります」
村長宅の木製扉を手の甲でトントントンと連打しながら、身分と用件があることを伝える。
日が暮れたとはいえ、流石にまだ起きてはいるはずだ。故に声を出さずともノック音だけで来客を知らせるには十分だった。
しかし、悪い知らせというのは可及的速やかに報告しなければならないとアレスは思っている。だから早く出てこい狸オヤジ。
「聞こえてるよ」
ドアを挟んだ家の中から村長が応えてくれた。
聴覚強化の魔法がまだ続いているようで、それほど力強くもない足音が近づくのがわかる。
ギィっと木が軋む音とともにドアが開き、村長が姿を現した。
村長は眉間に皺を寄せ、口を真一文字に閉じていた。恐らく、夜のプライベートな時間を邪魔されたことに思う部分があるのだろう。先日も感じたことだが、存外わかりやすい人だ。
「夜分に突然申し訳ありません。昨日の依頼のことでお伺いしたいこととお話ししたいことがあるのです」
昨日の依頼と聞き、村長の眼が細くなった。依頼書と実際の依頼の差異を蒸し返されると思われたのかもしれない。
「ブラウニーさん、依頼は遂げてくれたんでしょう? その話は昨日終わったと思うんだけどね」
「はい、我々は遺跡調査の依頼を確実に熟しました。その際に障害となったコボルトも掃討いたしました」
「だよね、それでいいんじゃない?」
「ええ、私も昨日はそれでいいと思っておりました」
村長は露骨に煙たい表情を強める。これ以上、回りくどく話すと、ドアを閉められそうだ。
「村長、誤解しないでいただきたい。私は依頼書の内容と実際の依頼の差異を問い質そうと来たわけではないのです」
「……なにを言ってるのかわからないが、じゃぁ君が話したい昨日の事とはなんだね」
直接言っても白を切るか……まぁそんなことはどうでもいい。
「村長も、我々も、両者が倒したと思ったはずの魔物がまだ生きているのです」
魔物がまだ生きている、その言葉に村長の細めた目が見開いた。
「待て、意味が分からないんだが……ちょっと腰を据えて聞こう」
そう言うと、村長は手招きして家の中に入る様に促してきた。
どうやらまともに話を聞く気になってくれたようだ。
家の中に入ると、村長の奥方が油実から油分を搾り取る作業をしていた。力の要る作業のように見える。どうやらこの作業の邪魔をしてしまったようだ。申し訳ないことをした。
軽く会釈すると、奥方は「あらあら」と言いつつ笑顔で迎えてくれた。
「座ってくれ。アンナ、ちょっと彼と話がある。煮汁を頼む」
「はいはい、ちょっとお待ちくださいね」
妻を名前で呼び、急な人使いに嫌な顔をせず笑顔で応えている。村長と奥方の仲が良好なことが見て取れる。
昨日と同じように机を挟んで、村長と対面になる形で席に着く。
「お気遣いすいません」
「気を遣ってなどいない」
ぶっきらぼうに言い返され、まだ警戒心が表面に出ていることがわかる。とはいえ、村長という立場にあって、一冒険者への対応と考えると丁度いいぐらいか。
「それで、さっきの倒したはずの魔物が生きている、というのはどういうことなんだ? ゾンビ化でもしたのか?」
「いえ、そうではありません。しかし、ゾンビ化と察するとは魔物にお詳しいのですね」
「ふん、どこぞで聞いた話を言ったまでだ」
村長ともなると色々なところから情報が入ってくるのだろう。だが、随分と自然に言うものだ。借りてきた知識と呼ぶには慣れ親しんだ言い方な気もするが、余計な詮索か。
「生きているといった表現は言葉の綾です。実はそもそも倒していない、ということがわかりました」
「……なんだと?」
村長は胸の前で腕を組み、頭を若干前に傾け、アレスを睨む。このまま頭突いてくるのではという強迫感を覚える。
「昨日の報告で、上位種を2匹倒した、と言ったのを覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、確かコボルトを24匹を倒し、そのうちの2匹が上位種だったと言っていたな」
正確には、その半数は倒す前に死体となっていたわけで、更に2匹の上位種も死体だった。
「はい、確かに我々はコボルトを掃討し、上位種の2匹の絶命を確認しておりました」
村長が首をかしげる。
「そこだよ、意味が分からない」
「誤解のある言い方をして申し訳ありません。我々が確認した上位種とは、ヒュージコボルト1匹とコボルトソーサラー1匹です」
「……なっ⁈」内訳を聞いた村長は口が半開き、組んでいた腕がほどけた。そして握りこぶしで机を叩いた。
「どういうことだ!」
「……と言われても、困惑しているのは私たちも同じなんですがね」
そう言われた村長の表情はハッとしたものへと変わり、咳ばらいをする。わかりやすい。なのに、人を化かそうとするからバチが当たるんだよ。
「まさかヒュージコボルトが2匹も居たとはね……ですが、先ほども言ったとおり、今更知っていたことを追求しはしません」
「……では、なに用かね」
「ヒュージコボルトは野放しにしておくには危険すぎる存在です」
「……ああ、全く、そうだな」
「ですので、私が倒します」
「……は?」
今度は村長の口がぽかんと開いた。目の前の冒険者が大言壮語したと呆気に取られているようだ。
「……ブラウニーさんの所属していたパーティーは村を出たと聞いたが?」
流石に耳が早い。というよりも当然のことか。4人組だった冒険者なのに、たった1人で村に残って、小銭稼ぎをしていれば噂も立つ。
「ええ、ですので、私1人で倒します」
村長は目をぱちくりさせた後、眉間を指で押さえながらため息をついた。
心中お察しします。
「失礼だが、ブラウニーさんにヒュージコボルトを倒せるとはとても思えないんだがね。仮に1人で倒せるような実力があるのなら、パーティーを除隊させられていないんじゃないかな?」
ですよねー。
村長は早口でまくし立てるように言葉を並べる。
心に突き刺さることを平然と言いやがる。でも俺自身もそう思います。
だが、やらねばならないのだ。やるしかないのだ。
「お察しの通りです、いまの私ではヒュージコボルトを倒せません」
「はぁ……」
村長は机に肘をつき、手で頭を押さえながら飽きれているようだった。
「……ですので、1人で倒せるように策を練り、確実に仕留めます」
「……具体的には?」
まだ弱いか。
「罠を張ります」
「罠ね、森に落とし穴でも掘るのかね?」
「コボルトに有用であればそれも手ですね」
「……」
策を練る、罠を張る、とまで言ったはいいが、肝心の決め手については未だに思案が浮かんでいない。
これ以外に浮かんだのは、陽動だ。
ヒュージコボルトが森または村付近からいなくなればいいわけだから、俺が囮として早馬に乗り、ヒュージコボルトを引き連れてどこか遠くに逃げるといった荒唐無稽な案だ……とても現実的とは呼べないな。
奥方が「どうぞ」と、昨日と同様の葉の煮汁を出してくれるが、この重苦しい中では手がつけ辛い。
カーン カーン カーン
両者が頭を悩ませていたその時、警鐘を鳴らす音が村全体に響き渡る。
村長とアレスの眼が合う。
アレスは瞬時に立ち上がり、自身の装備を改める。
家の外からこちらへ向かって、土を蹴る音が近づいてくる。




