誤解なるもの
前話:森を抜けました。
上位種が2匹という事に、村側と冒険者側に認識の違いがあった。
上位種を2匹倒したと報告した際に村長が意図せず深く安堵していた理由はこれだったのだ。
村側は、モリスンが見たヒュージコボルト2匹の存在を知っていた。
一方、冒険者側はそれを知らず、ヒュージコボルト1匹とコボルトソーサラー1匹の死体を見つけ、上位種を2匹倒したと報告した。
その報告を受けた村長は、上位種2匹という単語をヒュージコボルト2匹と置換して受け取ったのだ。この誤解は、森でのモリスンとの噛み合わない会話のこともあるので間違いないだろう。
報告した側であるアレスの言い方にも非はあるが、知りつつも秘匿していた村側も謗りを免れない。だが、問題はそこではない。
いまこのときも野放しになったヒュージコボルトが森の中、または村の付近にいるかもしれないことが何よりも問題であり、このまま放置していては依頼を受注したパーティーの沽券にかかわる。
完遂したと云って、その実完遂してないのだ。背景はともかくとしてその事実に違いはない。
いくら情報を出し惜しみした村のせいだとしても、それは副次的なものと見なされるだろう。悪評というのは火の粉のようなものだ。一度火が点けばあちこちへ燃え広がる。そうなれば火消しは事実上不可能に近い。そうなる前に火種を消すしかない。
正直なところ、既に脱退したパーティーのことだ、放っておくという選択肢もないことはない。だが、その時の依頼に俺はパーティーメンバーとして居たのだ。
知らぬ存ぜぬを決め込むなど出来はしない。
それに……袂を別ったとはいえ、トリスが謂れのない悪評を浴びることになるなど俺自身が一番許せない。
故に俺が止めるしかない!
でも、どうやって……一人でどうやって止める……!?
「モリスンさん、申し上げにくいことですが森……いえ村付近に未だ怪物が潜んでいるかもしれません」
「え? ど、どうしたのさっきからー」
モリスンはあからさまに困惑顔を浮かべているが、日没も間近だ、立ち止まって話すには少々時間が惜しい。アレスは怪物がまだ居る理由を村へ戻りながらに説明すると告げた。
帰路の途中、アレスからの説明を受けたモリスンは当惑していた。
心配いらないと言って安心させたいのは山々だが、安易にそんなことが言える魔物ではなかった。
というのも、問題のヒュージコボルトは強い。
その体躯は巨体。強靭な筋力と獣ならではの俊敏性を持ち合わせ、更には武器まで使用する。そこに統率力と戦闘技能が加わった正真正銘の怪物。
その能力値の高さは人間のスペックを遥かに超え、比喩すれば猛将の類だ。
はっきり言って、並みの冒険者では奴の一薙ぎで戦闘不能にされるだろう。
そしてアレスは並みの剣士であり、並みの魔法使いだ。
危なげなくやり合おうと思えば、追加でもう2人分のアレスが欲しい。
悶々としながら、早歩きをしていると解決策も思いつかぬままに村へ着いてしまった。
辺りはすっかりと暗くなり、村の出入口には自警団員が歩哨として立っていた。
自警団員は街道からきた人物がモリスンだと認識すると、「大量だねモリスンさん」と声をかけて出迎えてくれた。アレスに対しても「護衛ご苦労様」と労いの言葉をくれた。
「では、私は取り急ぎ村長に報告にいきます」
「あ、待ってー。今日の報酬―」
そういえばそうだった。元々はこのために今日1日を費やしたというのに、すっかりと失念してしまっていた。
モリスンから念願の七〇〇〇ツーカを成功報酬として頂戴した。問題は山積しているが、いまはこの報酬を得た喜びが心に染みる。
これでなんとか宿が確保できる!
「ありがとうございました!」
「こちらこそだよー。でも、大丈夫かな……」
何が、とは言えない。大丈夫だ、とも言えない。
「なんとか……します!」
モリスンは、うんと頷き、そこでアレスは別れた。




