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違和感なるもの

前話:森での薬草採取が終わりました。

 ……どうも話がかみ合わない。

 遺跡で死体として転がっていた上位種は2匹だった。1匹が真っ二つになったヒュージコボルト。もう1匹が上半身と下半身が分かれたコボルトソーサラー。


 モリスンも先ほど強そうなのが2匹いたと言っていたので、てっきりコボルトソーサラーの見分けがついていたと思ったのだが……。


 そうこう考えているうちにモリスンの走るペースが段々と低下していき、最終的には立ち止まってしまった。


 モリスンは肩で息をしながら、道標として発光している木に手をついて体重を預けている。

 すぐさまモリスンの脇に立ち、替わりに前方へ注意を向ける。


「久しぶりに運動してる気がするよー」

「いい走りっぷりです。おかげで街道まではあと少しですよ」

「ブラウニーさんは流石だねー、息ひとつ乱してないねー」


 モリスンがこちらに顔を向けて、感心するように頷いている。

 アレスはそれに笑顔で応えた。


 まぁ冒険者など日々あくせくと走り回っている人種だ。戦闘以外における、単なる小走り程度などいくらでも続けられる自信がある。


「よし、もうちょっと頑張ってみるよー」

「その意気です」


 モリスンが小走りを再開する。

 これまでと同じように追従するアレスだったが、走りながらに微かな違和感を覚えた。

 モリスンの速度が走り出しより落ちている点ではない。これは体力低下によるものだろう。


 ……先ほどまでと比べて音が多い気がした。

 モリスンとアレスの足音、モリスンの小気味よい呼吸音、籠が揺れ薬草の跳ねる音。


 何ら変わりないようにも思えるが、違和感を拭えない。冒険者として、こうした勘には忠実でいるべきだろう。

 単なる取り越し苦労で終われば、それはそれでよい。終わらなければ、それもまたよい。


【近くで囁いて、私はあなたの全てを聞き漏らしたくはない】


 走りながら聴覚強化の魔法を唱える。近くの音のみならず遠くの音まで鮮明に耳に入り込んでくる。


 おかげで、すぐに違和感の正体を突き止めることができた。

 真後ろからモリスンとアレスの足音に雑じるように追走してくる別の足音が聞こえたのだ。


 ……追跡されている?

 更に耳を澄ませば、ハッハッハッと荒い吐息が微かに聞こえる。この犬のような息遣いは昨日何度か聞かされた。十中八九、コボルトのものだ。現状、音は一つしか聞こえない……昨日の残党だろうか。


 こちらに追い付こうという気配はしない。

 このまま街道に出るまで追いかけっこを続ければ、必然的に当初の目標は達成されるのだが……相手の意図が不明だ。


 仮にこのまま村までついてこられたら、村民や村長に狩り残しがいたと騒がれるかもしれない。そうなれば村からの心証は最悪だ。明日の依頼どころではなくなる可能性が高い。


 ……よし、狩ろう。


 しかし、いざ対決しようにも立ち止まれば相手も同じように止まるはずだ。寄ってきてくれない限り攻撃を加えることは難しい。

 となると、あれしかない。


「モリスンさん、次の道標の木でまた止まってください」

「えー?なにかあったの?」


「コボルトにつけられてます」

「いッ……」


 コボルトが近くにいると聞いた途端、モリスンが言葉を詰まらせ、唾を飲んだ。


「大丈夫です。ここで仕留めます」


 道標として発光する木まで到着し、アレスはその木にまた別の魔法を唱える。


【行かないで、離れないで、止まっていて】


 詠唱中に真後ろに耳を傾けるが、案の定コボルトも立ち止まっているようで音はしない。


「すみませんが、また少し進んで、すぐここに戻ってくることになります」

「いいよいいよー、やっつけられるならなんでもしてー」


 モリスンは笑みを絶やさず賛成してくれる。ただし、若干顔が強張っている。

 無理もない、戦闘力が皆無なのだから、頼みの綱は護衛である俺だけだ。一刻も早く安心したいという気持ちが強いと見える。


 準備を終えると、先ほどと進路を変えずにまた走り出す。

 程なくして、後ろからギャウッという鳴き声が響いた。


 一定の間隔を保つという小賢しい真似をしてくれたが、しょせんは浅知恵だ。

 踵を返し、【緑樹縛】に引っ掛かったコボルトに近付く。


「GURURURU」


 四肢に木々が食い込み身動きが取れないでいる。地面には短刀が転がっており、不意に勢いよく捕らえられたのだとわかる。


 コボルトはこちらを睨みながら身じろぎして唸っている。

すぐさま殺そうかと思ったが、ついでなので先ほどの説明の補足をさせてもらおう。


「これがごく一般的なコボルトになります」

「うんー、最近はよく見かけてたよー」


 流石のモリスンも間近でコボルトを目にすれば、笑顔ではいられないようで、困り顔になっている。


「先述したように装備も粗末な短刀のみのようです」


 地面に落ちた短刀を拾って、モリスンに示す。


「魔物といえど、血が通った生物ですし、コボルトなどは急所が人間と似通ってます」


 言いながらに剣を抜き、コボルトの胸に剣を突き立て、一突きにして絶命させる。


「GYA……GGAAA…」


 木に縛り付けられた体が、その身から魂を吐き出すかのように痙攣している。


「う……」


 一瞬、モリスンの顔が険しくなる。

 あ、不味い。今後の自衛のための知識にと思っての事だったが、直接的すぎたか。


「と、まぁ、もし万が一、対峙するような事態があれば参考までに……」


 しどろもどろに言い訳をするも、完全に裏目ってしまった気がする。


「う、うん、ちょっと驚いたけど、タメになったよ」


 引いてるな、これ。

 こんな時は早急に場を変え、流すに限る。


「さ、さて脅威も取り払ったことですし、後は街道にたどり着いて、村に帰りましょうー!」


 気まずい。


 アレスはモリスンを追いながら、余計なことをしてしまったと反省していた。

 口で説明するだけに留めるか、下手だが図でも書いて説明すればよかった。


 目の前で実践してみせるなど、冒険者の感覚を非戦闘職に強要させたようなものだ。非常事態であれば慣れさせるためと言い訳も立つが、先の状況はその限りではなかった。


 まぁ……良くも悪くも鮮烈に記憶に刻まれたはずだから、それが吉と出るか凶とでるかといったところか。


「やっぱり流石だねー」


 街道まで後少しというところで、無言に耐え切れなくなったのか、モリスンが話しかけてきた。それも重い雰囲気を解消しようとしてくれている。


「急なことをしてすいませんでした」

「いやいや、驚いただけだから気にしないでよー」


 確かに、一般人では滅多に見ることはできない光景だ。


「見事な手際だったよー、あのバカでかいのを2匹も倒しただけあるよー」

「ははは、それほどでも……」


 ……ん?


「あっ、森を抜けるよー」


 ようやく鬱蒼とした森を抜け、街道にたどり着いた。

 モリスンは「疲れたー」と大きく息を吐き、自身の両膝に手をついて呼吸を整えている。


 体力も限界に近かったのか、はたまた緊張の糸が途切れたのか。それにしてもよく走ってくれた。


 そんなモリスンに感心しつつも、先ほどの彼の言葉が気にかかった。

 バカでかいのを2匹とは……?


 コボルトとコボルトソーサラーの違いがわからないのは仕方ないにしても、コボルトソーサラーとヒュージコボルトを見間違うなどありえるか?


 だが、上位種は2匹……2匹……まさか……。


「ブラウニーさん、どしたー?」


 森を抜けたにも関わらず、無感動で一言も発しないアレスにモリスンが堪らず声をかけた。


「モリスンさん!」

「え、うん! どした!?」


 疑惑が確信に変わった瞬間だったために声が大きくなってしまった。それに釣られてモリスンまで声が大きい。焦るな俺。


「急にすいません、モリスンさんはバカでかいコボルトを2匹見たんですか?」

「う、うん、そうだけど」


「それは2匹とも筋骨隆々としていて、その時周りにいたコボルトとは比較にならないほどでしたか?」

「んー、そうだねー、あんな怪物はじめてみたから見間違えないよ」


 やはりそうか……厄介なことになった……


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