依頼内容なるもの
前話:パーティーメンバーが揃いました。
「森林の遺跡調査か」
落ち着いた声でそう尋ねてきたのは、先ほどトリスと共に宿部屋へ戻ってきた金庫番と揶揄されるエリアス・イェロという神官職の男だった。
頭髪はやや赤みがさした黄色、淡黄色とも呼べる色合いをしており、短髪ながらサラサラと風になびく髪質。釣り目で堀が深く、普通にしているだけでも凛々しく見える。
ただ、彼の眼差しは彼を知らないものからすれば、所かまわず睨んでいるかに見え、他人から無為に怖がられる災難な点も含んでいた。
体格は筋骨隆々としており、身の丈もアレスより頭一つ大きい。筋肉量も相まって、まさに巨漢といって差し付かえないその体躯は本職である神官職ではなく、戦士職のそれだと勘違いさせるに十分な質量を誇っている。
更に神官職に似つかわしくないのは体躯だけではない、その心根もだ。神に仕える者は基本的に有償無償を厭わぬ献身さを持ち合わせているはずなのだが……彼、エリアス・イェロは金銭面に関して信仰心と遜色ないほどの執着を見せる。
機会があれば、諸々の気になる点について、ドロシーとしたように〝自己紹介〟でもやってみよう。
「おい?」
「あぁ、すまん。調査といっても既に実施済みの遺跡なんだがね」
その証拠、とでも言うように、遺跡の位置を示した地図と遺跡内外の構造が描かれた紙がアレスの手元にはあった。
「地図を見たところ、古代の祭壇やそれを催した集会場のような遺跡らしい」
「では、再調査ということか? 珍しいな」
通常、一度調査が行われた遺跡や遺構などの建築物は再利用や学術的な価値がない場合、地図に記された後は捨て置かれる。物好きな考古学者などは発見した遺構の保存を求めるそうだが、国としては維持費に費やす金はないという姿勢らしい。かといって、識者を蔑ろにしていると国政批判を始めるので、初期調査に関しては念入りに行うそうだ。最もその調査の意味合いは、無価値の確定を強めるためのものらしいが。
「実はその遺跡がある森と遺跡付近で、コボルト――獣面鬼――をやたらと見かけるって話があってね」
「コボルトか……森であれば特に珍しい魔物とも言えんが……」
コボルトとは、犬の様な顔で背丈は子ども程の低位の魔物である。低位と言えど、道具を身に着けることが可能な知能と猟犬さながらの牙と顎を有しており、人の肉を用意に噛み千切る獰猛な魔物だ。
大昔は同じく低位の代表各ともされるゴブリン――醜小鬼――の亜種とも言われていた時代があったが、生態が明らかに異なり、なおかつ獲物へのアプローチの仕方に共通点が見られないことから完全な別種と認識されるようになった。
「問題はその数と行動だな」
アレスはそう前置きしてから、冒険者ギルドで受け取った依頼書に書かれている情報以外のことを話し始めた。
アレスらのパーティーは依頼を選ぶ際に、依頼書の概要をパーティー全体で共有し、話し合うことにしている。
その結果、全体の総意として依頼受注の可否が決まるのだが、問題は依頼書の内容と実際に現地へ赴いた際の依頼内容に少なからず差異が生じることがある点だ。
そして今回の依頼は、その差異が顕著に表れていそうなものだった。
そもそも依頼書と依頼内容に差異が生じる原因は、依頼者が嘘を吐いているケースが最も多い。というのも、依頼者は依頼内容を軽めに申告することもあれば、大げさに申告することもある。そうする理由は依頼料金の設定に起因している。
軽めに申告すれば、単純に依頼料金を安くあげられる。また難易度を低く設定することで、食い詰め気味の多くの冒険者に依頼を受けてもらいやすくなる。
逆に大げさに申告すれば、問題の解決に緊急性を持たせられる。また大げさに伝えることは難易度の上昇を意味し、同時に依頼料金が上がるわけだが、そうすると今度は選りすぐりの冒険者が依頼を受けようかと乗り出しやすくなる。
虚偽の申告には相応の言外意識があるのだが、結局のところ、軽めに言おうが、大げさに言おうが、冒険者は釣れる。
ただし、依頼を受けた冒険者にとっては、依頼書と実際の内容の誤差というのは許しがたいものがある。というのも、冒険者とは、基本的に命を対価に危険に飛び込む仕事だ。
依頼書には鼠退治と書かれており、現場に行けばドラゴンが居たというのでは、割が合わないというものだ。
今回その遺跡付近において目撃が相次いだコボルトの数は、少なくとも一五体以上。
これは村での聞き込みで判明したことだが、本来であればこの規模の魔物の数が存在する場合、遺跡調査という〝お遣い〟のような名目ではなく、魔物討伐といった命懸けの依頼に分類される。
更に不審なのは、その行動だ。
コボルトの群れは森から這い出て、街道を通る人間を襲うといったことはせず、森に閉じこもり遺跡に他者を近づけない行動をとっている。
その行動は明らかに自らの欲望を抑え、上位者の命によって統率されている兆候だった。人間側からすれば、無価値と判断された遺跡をそうまでして防衛する目的が不可解極まりない。
「……一五体以上か、各個であればさほどの脅威は感じんが、遺跡内で囲まれでもすれば少々厄介だな」
「あと、それらを束ねていそうな上位者の存在だな」
「単純に同種族の上位種であると考えるなら、コボルトリーダーやコボルトソーサラーといったところか?」
魔物の種族にも、人間と同様に階級や職業といった概念がある。人間ほど細かな区分はないが、前衛職と後衛職に大別されるようなものだ。
エリアスが述べたコボルトの上位種、コボルトリーダーは、コボルトの指揮者にあたる。
ただ単に群れているだけのコボルトに戦術染みたことをさせる厄介な存在だ。その見分けは簡単で、一見してわかるほど体毛の色が異なっている。一般のコボルトは灰色であるのに対し、コボルトリーダーは黒い毛色をしている。
もしコボルトリーダー率いる群れであった場合、黒い奴から始末をつけることで群れの統率を崩し、掃討が容易となる。
またコボルトには魔法を行使するものも存在する。それがコボルトソーサラーと呼ばれるコボルトの魔法使いだ。
一般のコボルトが粗末な剣などを振り回すのに対し、コボルトソーサラーは魔法を扱うことができる。その魔法は人間の魔法使いと比べれば精細さに欠け大味であり、個体であればさほどの脅威ではない。ただし、取り巻きのコボルトと連携された場合は致死の脅威となる。
コボルトソーサラーは仲間である同種を攻撃対象の足止めにし、それらを含めた標的丸ごとに対し、魔法を叩きつけてくるのだ。
上位種ならではの身勝手な行動ではあるが、非凡な能力をもつコボルトは同種から祭り上げられ、統率者として機能する。
「その可能性も高い。ただし遺跡に陣取るような連中だ。もしかすれば、別種に支配されていることも考えられる」
アレスが云ったことは、稀なケースではある。
基本的に魔物も同種同士の交流や群れを形成することに違和感を覚えはしない。だが、異種族と積極的に関わろうとすることには拒否反応を示す。生態の違うものと肩を並べたり、指図を受けるというのは屈辱的でもあり、生存を考える上では非効率であるからだ。
ただし、それは今現代の話であり、古くは違ったらしい。
魔国と呼ばれる国が存在した時代には、魔物同士は徒党を組み、軍を成し、人間と大陸の覇権を争っていたというのだ。魔法で強化された魔物、その背後から援護射撃を行う魔物、また移動手段として使われることを厭わない魔物、それら全てを巧みに統率する知能を有する魔物。それらで構成された軍隊。
想像しただけで、怖気が走る。地獄のような世界観である。
よくそんな時代を乗り越え、人間は生き残れたな、と感動すら覚える。
今現在、アレスらが思い悩んでいる事柄、コボルトが同種族の上位者に統率されて多数で群れている程度のことなど可愛らしいものなのかもしれない。
「ふむ、不確定な情報が多いが、観光次いでとは思わないほうが良いな」
「全く、冒険者ギルド側で情報の収集と精査ぐらいしてほしいもんだよ」
「して、遺跡にいるコボルトらが別種に支配された群れであった場合、考えられるのは〈 門 〉か?」
エリアスとアレスの会話を黙り聞いていたドロシーがそう問いかけてきた。
「もし〈 門 〉となると、気合をいれなきゃね!」
つられて、リーダーのトリスがそう言い放つ。