帰路なるもの
前話:森で薬草摘みの護衛をすることになりました。
「その抜いてるの全部毒草だからねー」
「えっ」
戻った後に見分け方を教わろうと多種多様な薬草を摘んでいたアレスだったが、その全てが毒性を持つ草らしかった。
いままさに抜き取ろうとしていた草も全体的に黄色く黒い斑点がある草で、その色合いから神秘的な薬効に期待していたのだが……。
「その草なんて、即効性の幻覚作用と遅効性の神経異常を引き起こす劇物よー。他の毒草と混ぜ合わせたら、それらの毒性が跳ね上がるって性質もあるしねー」
「……」
「魔物すら近寄らないのに……逆に才能だねー」
今後の旅路にて緊急時は薬草で糊口を凌げればと画策してはいたのだが……やめよう、と深く心に誓った瞬間であった。後、緊急時は自決用に使えるかもと前向きに思った自分が嫌になった。
アレスは不貞腐れながら、遂に職務だけに専念することにした。
モリスンの背負う籠が満杯になりつつある。
気付けば、木々の影が背伸びをはじめる時間帯になっていた。
日の沈みと辺りを見渡しながら、そろそろ潮時だろうとアレスは思う。
当初、薬草の採取は街道からほど近い場所、森の中では浅いとも言い換えられる場所で開始された。しかし、群生地をはしごするように歩くにつれ、深みに差し掛かる場所まで分け入ってしまっていた。
モリスンは薬草のことであれば無我夢中になるようで、日の沈みと現在位置には無頓着だった。最も地面ばかりを見ていたという事もあるし、アレスを信用しているからこその無頓着ぶりなのかもしれない。
ただ、アレスは地元民ではないし、土地勘のない者にとって森は迷路でしかないのだが……と思いはするが、そこはパーティーを解雇されども冒険者の端くれだ。迷わないように抜かりはない。
というのも、ここに至るまでの木々に魔法を用いた細工を施している。
その細工に手を翳せば、細工された木々が発光するようになっている。この光を追えば、最短距離で街道まで戻れる。
木々の細工が正常に機能していることを確かめてから、アレスは声をかける。
「モリスンさん、そろそろ戻りましょう」
「うんー?」
モリスンは屈んだ状態から起き上がり、全身を伸ばす動作を行う。長時間同じ姿勢が続いていたためだろう、硬直した筋肉をほぐすさまは心地よさそうだ。
ひとしきり伸びをした後、辺りを見回して一言。
「ここどこ?」
……まじかこいつ。
無頓着な素振りを見せながらも、その実は……という展開を少しばかり期待していたが、淡い期待だったようだ。
モリスンが薬草の採取に護衛を必要とするのは、魔物の存在に依るものよりも、道案内的な意味合いが強いのかもしれない。
「森の割と深い場所ですが、大丈夫です」
アレスはそう言いながら、自身が施した細工を披露してみせ、発光する木々を追えば街道に出られることを示す。
わかりやすい道標を目の当たりにし、先ほどまできょとん顔だった男は「おぉ」と唸っている。
「では私が殿を務めますので、もし前方に不審なものを見かけたら立ち止まってください」
護衛対象であるモリスンを先頭に立たせるのには、主に3つほど理由があった。
1つめは、進行速度をモリスンに合わせやすくなる。
薬草の採取により荷物が膨れ上がったモリスンは移動速度が著しく低下している。故にアレスが先頭に立って進めば歩幅の調整が上手くいかず、距離が開くという事態が起こりえる。
2つめは、モリスンを常時視界に収めておける。
モリスンを先頭ではなく後方に立てた場合、それが困難となる。
必然、視界外でのアクシデントには対処が遅れる。全方位に気を配りはするが、やはり視界外では虚を突かれやすくなる。万が一モリスンの身に危害が加われば、護衛任務としては失敗だ。
3つめは、使えるものは何でも使う。
せっかくなので護衛対象であるモリスンの視界も索敵に利用したい。非戦闘員であるモリスンに広い索敵能力を期待してはいないが、自分自身が走りぬける前方だけは注意して見ることができるはずだ。
もし、アレスが先頭に立って走ってしまえば、モリスンはアレスの背中しか見なくなるであろう。そんな眼の無駄遣いをしてはおけない。
無論、護衛する側が2人であれば、モリスンを挟み込んで進行したのは言うまでもない。これはあくまで護衛する側がアレス1人である故の策だ。
ほッほッほッ、と息をつきながらモリスンが小走りする。地面を足で蹴るたびに背負った籠が上下し、籠の中の薬草がワッサワッサと音を立てる。
その光景と音を五感に捉えながら、アレスも追従している。
モリスンが思いのほか健脚であったため、予定よりも早くに街道まで抜けることが出来そうだった。
既に街道までの道のりは半分以上踏破している。このまま何事もなく森を抜けられれば、ほぼ任務完了と云えるだろう。
単身初となる仕事は存外楽なものだった。
前日にコボルトの群れを掃討していたことが、この護衛を楽にしてくれていた。
ヒュージコボルトとコボルトソーサラーからなる20匹以上の群れは、この森のパワーバランスを完全に狂わせていたはずだ。おかげで以前まで森を闊歩していたであろう魔物や野獣などは形を潜めている。
これが期間を置いていれば、また別の魔物の縄張りが形成されていたかもしれないが、流石に昨日の今日ではどんな魔物も影響を及ぼせないとみえる。
モリスンに見えない位置で、アレスはほくそ笑む。「明日も依頼します」となればいいなと下心が顔を覗かせている。
いかんいかん、まだ護衛は途中だ。気を抜くには早い。
「それにしても獣を見ないねー」
小走りに馴れたのかモリスンが足以外にも口を動かすようになった。
「ええ、この辺りは昨日倒した魔物の縄張りでしょうから」
「言われてみればそうかー」
「ただ十日も経てば以前のようになるかもしれないので、いまが穴場といったところですかね」
さりげなく明日も豊富な採取が可能なことを仄めかす。
「それにしてもあんな強そうな魔物よく倒せたねー」
強そうな魔物……おそらくは上位種であるヒュージコボルトのことだろう。群れにはそれ以外にもコボルトソーサラーといった上位種も居たが、冒険者や戦闘職の人間でもない限り、普通のコボルトとの区別は難しい。
それに魔法使いというのは、一見して強そうには見えない。中肉中背よりも筋骨隆々の方が強く見えるのは自然なことだ。
「自分一人では難しかったかもしれませんが、仲間がいればどうということはないですね」
先ほどのモリスンの話を若干借りた形で話す。ただ、実際に倒したのは自分たちではないのだが、そこは嘘も方便だ。
「おおー言うねー」
素直に感心してくれているモリスンに、ちょっとばかり呵責を覚える。
「強そうなのが2匹も居たからさー、村長に慌てて話したのよー」
2匹……ということは、コボルトソーサラーも勘定に入っていたのか?
しかし、今更な事ではあるが、モリスンの話には聞き捨てならない点がいくつもある。
あの村長、やはり上位種の存在を知りながら黙っていやがった。平然と依頼書に虚偽を記載し、口頭でも謀るとは……。
まぁ……既に依頼を受けたパーティーは村を出ていて、そのパーティーに属していないアレスが何を知ろうと追及はできない。だが、憤慨ものだ。
モリスンも村長に口止めされていない訳はないだろうが、軽々しく喋るのは俺を信頼しきっているからなのか、将又、単に口が軽いだけなのか……。
「コボルトソーサラーも存じていたんですね」
「え、ソーサラーってことは魔法使いなの?」
流石に名前までは知らないか……だが、そうすると見かけに惑わされず力量を判断したということになるが……モリスンは薬草以外にも見る目があるのかもしれない。
「はい、見た目には普通のコボルトと大差ない奴なんですが、魔法を放ってくる厄介な奴です」
「はー……あんなバカでかい図体で魔法も使うんだねー」
バカでかい図体?
「ああ、身体の大きい方はそのまんま戦士みたいな戦い方をしますよ。いま言ったのは小柄で装備がちょっと風変わりな奴の方ですよ」
狼を二足歩行させたようなコボルトは一見するとどれも同じように見える。だが、よくよく身に着けているものを見れば、色々と判別がつく。
人間と同じで着飾っていたり、上質な装備を身に着けている奴は往々にして強者であり、上位種だ。
コボルトソーサラーも例外ではない。普通のコボルトが無手か粗末な短刀を装備しているのに対し、コボルトソーサラーは必ず杖を携えている。加えて、見た目にはわからないが、知恵も回る。まぁ、コボルトにしては、といった程度だが。
「ええー……そんな奴いたかなぁ……小柄な奴らはいっぱいいたからなぁ」
……どうも話がかみ合わないな。




