吹っ切れなるもの
前話:元パーティーはアレス1人を残し、村を出立しました。
「これって薬草になりますかー!」
宿部屋でひとしきりうな垂れた後のアレスは快活としていた。
今朝方、あるはずの路銀がなくなっているという問題が発覚、宿泊費どころか当面の生活にも困窮する事態に迫られた。そこで宿屋の主人に宿泊費だけでも稼げそうな依頼について聞き込んだ結果、村の薬師を紹介してくれた。
村の薬師は近隣の森に分け入って薬草の採取を行い、それらを調合した薬を店頭販売や村人の治療に用いるといったことを生業としていた。
しかし、最近になり森にコボルトの群れが出現し、薬草の採取が出来なくなっていたそうだ。
アレスが村へ来た当初、情報収集がてら薬師の店を訪れた際に店頭の品数が少なかったのは、そういった背景があった。
無論、いまとなってはその問題はアレスらの手によって解決済みである。しかし、コボルトの群れがいなくなったとはいえ、森は人類域外であり、薬師のような非戦闘職の人間が単身で分け入るには危険が多い。
事実、コボルト以外にもゴブリンや森狼といった魔物や野獣は少なからず生息している。
そんな中でもコボルトが頻出する以前は、村の猟師と供に薬草の採取を行っていたのだが、その猟師はいま都に出てしまっているそうだ。
久方ぶりの薬草採取の機会を前に薬師は途方に暮れていた。
そこで宿屋の主人の紹介の下、アレスが薬草採取の護衛を請け負う流れになった。
捨てる神あれば拾う神ありだ、とアレスは薬師に感謝しつつ、護衛と並行して薬草の採取を手伝っている真っ最中だ。
「ブラウニーさん、そりゃ毒草よー」
アレスの問いかけに対し、飽きれ気味に応えたのが、護衛の依頼主であり、薬師のモリスンという総白髪でおっとりとした顔つきの男だ。
モリスンは蔦で編んだ籠を背負っており、無造作に摘んだ薬草を片っ端から籠に放り込んでいる。
見た感じ簡単そうだというのに……アレスもモリスンが頻繁に抜き取っている草と似たものを抜いたつもりだったが、違っていた。
言われてみれば、葉先の形が微妙に異なっている気がする。モリスン曰く、アレスが抜いた草は麻痺の毒性があるそうで、モリスン御用達の薬草と群生地が似通っているため、素人目では判断が難しいのだとか。
「護衛ってだけでもありがたいからー、無理しなくてもいいんよー」
「むぅ」
実際、知識の乏しいアレスが手伝ったところで、手間を取らせるだけであり、モリスンには採取にだけ専念してもらう方が効率は良かった。
しかし、アレスとしてはこれからの一人旅を思い、野草の見分け方を熟知して生活の足しにしようという腹積もりがあった。
まあ、見分け方については現物さえあれば教わることはできるため、気になった野草は手当たり次第に抜いておき、村へ戻ってから見てもらうとしよう。
「ブラウニーさんが森に付いて来てくれて頼もしいよー」
モリスンが薬草を採取しながら、そんなことを呟く。
「いえ、感謝するのはこちらの方です」
単なる世辞とわかりながらも反応してしまう。モリスンという顧客に出会えていなければ、今日泊まる宿にすら困る有様であったのは言うまでもない。
昨夜、元パーティーメンバーに「客の心証を良くしておいて損はない」と宣ったが、その言は自分にも当てはまっていた。
ここでモリスンに有用な人物だと評されれば、猟師が居ない間の採取には声がかかる。その積み重ねを経れば、口伝てに村人へ評判が行き渡るはず。村唯一の薬師件医師の言葉の信ぴょう性は疑うまでもないだろう。
そうなれば、飯の種にも困ることはない。
現状では、獲らぬ狸の皮算用だが、先行きが見通せない暗闇に居るよりか、はるかにマシだ。
「でもどうして置いてかれたのー」
「うぐッ……」
見えていた先行きが無遠慮な一言によって暗転した錯覚に陥る。
モリスンといい宿屋の主人といい、どうしてこの村の人間は人の傷口を平気で抉ろうとするのか。黙して察してくれよ……。
なんと言おうか迷っていると、手に持った野草に視線が止まった。
「……良い薬草が生えてると、それ以前の薬草は劣って見えるのかもしれませんね」
誰だってより効果のある薬を使いたいと思うものだ。そしてどちらかを選ばなければならないと問われれば、より良いものを選ぶのもまた当然だろう。
「んなことはないよー?」
「えっ」
即座に否定された。
咄嗟にしては、いまの状況にかけて上手いことを言ったつもりだったのだが、全く説得力に欠けていたようだ。
「ブラウニーさんの言う、良い薬草って効能が強いって意味だねー?」
「……無知ですが、一応そのつもりで言いました」
「薬草もさー、効能が強けりゃ強い程いいってもんじゃないんよー」
アレスはその発言の意味をうまく呑み込めないでいた。常識的に考えれば、効能が強ければ、傷や病の治癒を早めてくれるから良いものだとしか思えないのだが……。
アレスが醸す怪訝そうな雰囲気を感じ取ってか、モリスンが言葉を付け足してきた。
「強すぎる薬草には、それ相応の副作用が伴うんよー。まぁ、服用する人の抵抗力にも依るんだけどねー」
副作用……そう聞いて思い当たるものがアレスにはあった。昨夜の決闘の際に使用した魔素還元薬だ。あれも失った体内魔素を急速充填させるという効果があるが、その効果の陰には副作用が謳われている。
先の決闘における決着の間際、ネロの気配を見誤ったのは薬のせいもあるか……?
そんな疑問が脳裏を過ぎるが、あの状況での使用が適切だったのは考えるまでもない。我ながら今更なことだと一笑に付す。
「それに効能の弱い薬草もそれ単体じゃ力不足かもしれないけど、もっと別の薬草と混ぜ合わせることで副作用のない良い薬の材料にもなるんよ」
「混ぜ合わせる……ですか」
協力、と言い換えることもできるか。冒険者であり、パーティーを組んでいたアレスにとっては、わかりきっていたはずのことである。にも関わらず、モリスンの言葉はアレスの胸に響くものがあった。
「後ね、ブラウニーさんは成分が決まりきった薬草じゃないでしょ。成長も変化も自由自在だよ」
額の汗をぬぐいながらにこやかに諭してくれる。日銭稼ぎのつもりが心を癒されることに繋がるとは……。1人になって視野狭窄に陥ってしまっていたのかもしれない。
モリスンと話していると、自分では払拭したと思っていた心のしこりに気付かされる。さらにそのつかえが取れていく。
伊達に村唯一の兼任医師ではないなと感心させられる。
「……ありがとうございます。おかげで気分が晴れました」
素直な謝辞を述べると、モリスンはこちらを見て朗らかに笑ってくれた。
この感謝は言葉のみに留めておいてはいけない。アレスは周囲への警戒を厳にし、それと同時に薬草の採取にも力が入った。
「あ、もう一つ」
モリスンはそんなアレスを見ながら、加えて言うべきことがあると告げた。
いまのアレスにとって、モリスンの言葉は精神的薬効を備えているようなものだ。またその至言を聞くことができるのであれば、いくらでも耳を傾けようではないか。
「その抜いてるの全部毒草だからねー」
「えっ」




