交渉なるもの
前話:トリス(ベアトリス・ゴルドー)らと決別することになりました。
またアレスのみが残り、村の広場に静寂が戻る。
元々2人で会話していただけであり、広場の端々まで響くような声量ではなかった。
話声という音源があろうがなかろうが静かなのはあまり変わりなかったが、いまはその静けさが嫌に気になった。
トリスが去ってしばらくの後、言葉通りエリアスが宿屋から出てきた。
特にこちらを探した様子もなく、歩み寄ってくる。事前に窓からこちらの様子を覗いていたのだろう。
はてさて、エリアスの話とはなんだろう。1年以上冒険を共にした仲ではあるが、さりとて感慨に耽るような男ではないと思うのだが。
「おう、負け男」
開口一番から罵ってきた。
「……」
「派手に負けたな」
言い返せないままに口を閉じていると、にやけ面をしながら追い打ちをかけられた。
神官のくせに無抵抗な者への攻撃になんの躊躇いもないようだ。
「はぁー……もう少し神官らしい言葉をかけて欲しいもんだな」
「慰められても気落ちする癖によく言うぜ」
エリアスは飽きれたように言い放つが、確かに言う通りではあった。とはいえ、嬉々として傷口に塩を塗りたくられる己を看過できはしない。
「配慮する心遣いが大事なんだよ」
「なるほどねぇ……」
エリアスは少し考える素振りを見せた後、改めて言葉を発した。
「ボコボコに負けて残念だったな」
……もうこの筋肉に慈愛を求めるのはよそう。
「死人に鞭打つために来たのかよー」
「冗談だよ冗談」
白い歯を覗かせて笑ってはいるが、冗談めかしている訳ではなく、こちらの反応を楽しんでいる様に見える。
神官として大事な部分が筋肉に侵されて正常機能していないのではと錯覚する。
「空元気でも言い返せる気力があるようで何よりだ」
「……いまいち実感が沸いてないってのもあるんだがな……」
三年近くパーティーと供に旅をしてきたのに、もうすぐ独りになる。それも半ば唐突に。
これでは実感が沸かないのも無理はなかった。ただ……ネロとの決闘に負けたこと、それが否応なく現実を直視させた。
「そうか……」
ハッと、不味いことをしたという思いに駆られた。せっかくこの筋肉が気を使って……かどうかは定かではないが、重苦しい雰囲気を取り払ってくれたというのに。
意味もなく自分の情動に他人を付き合わせてしまうのは慎まねばいけないと自省する。
「まぁ俺としてはお前の感慨には興味ないけどな」
前言撤回しよう。目の前の脳筋には同情という精神性を少しばかり持ち合わせてもらいたい。
脳筋神官相手に慈しみの心をどう説いてやろうかと思案を巡らせていると、筋肉が二の句を告げてきた。
「お前、ゴルドーに気があるだろ」
「は?」
こいつは急に何を言い出すんだ?
「唐突すぎたな、先に断っておくと別に男と色恋の話で盛り上がる趣味はない」
目の前の筋肉が弁解を口にしているようだが、あまりにも予想外の話題の振り方に一言目から飲み込めていない。そんな俺を後目に筋肉は更に言葉を重ねようとする。
「でだ、お前がゴルドーに気がある前提で話すが、今後のパーティーの動向が気にならないか?」
パーティーの動向……。「俺がトリスに~」といった文言については、この際無視して話の本筋にこれと目をつけて返答しよう。
「元メンバーだった手前、動向が気にならないと言えば嘘になる」
「だよな、そこで物は相談なんだが……」
筋肉はパーティーのその時々の様子や行動について記した手紙を定期的に俺に送ろうか、と持ち掛けてきた。
すごい提案をする奴だ……ただ、俺はもうパーティーとは関係のない人物だ。にも拘わらず、パーティーの動向を知ろうとするなど俺の未練がましさを体現させようとしている提案だ。更に言えば、俺に報せるメリットはなんだ。
怪訝そうに眉を顰めていると、筋肉はそれを察したように話を続けた。
「無論これは貰うがな」そう言いながら、右手の人差し指と親指を擦り合わせながら口角を上げた。
なるほど。
この筋肉の気質を思えば、深く考えるまでもなかった。
メリットは、金だ。
下世話な筋肉神官というインパクトに隠れがちだが、それに加えて金庫番とも揶揄されるほど、金に一家言ある男だった。
要するに金儲けがしたいのだ。ただ、クエスト依頼などからしたら俺から手に入る金など小銭に過ぎないとは思うのだが……得られる利益は大小問わず逃さない精神は見習うべき点かもしれない。
「はぁー……商魂たくましいことだ」
「褒めるな褒めるな」
皮肉に笑みを浮かべながら肩を叩いてくる。殴打されてる感覚を覚える。
「で、どうするんだ?」
「そんな提案、俺が受けると思うか?」
「受けるね」
即答された。
エリアスは射すくめるような鋭い眼差しと真剣な表情でこちらを見る。
この提案はストーカー行為の教唆に等しい。
思い人の言動を知っておきたいという、歪んだ独占欲を刺激するような提案だ。
まして、その思い人に拒絶された上での行為ならば、これ以上に女々しい行為も少ないだろう。
高潔な男であれば、このような下卑た話は唾棄して然るべきだ。
だが、
「受けよう」
しかして、幸か不幸か俺は清廉潔白な男ではない。使えるものはなんでも使う冒険者だ。
この提案は諜報活動の幇助に等しい。
目標の情報を集めておきたいという、歪みない戦略眼を試そうとするような提案だ。
まして、その目標と物理的距離が空くというのであれば、これ以上に捗々しい行為も多くないだろう。
明達な男であれば、このような魅力的な話を蹴れるわけがない。
目の前の取引相手がニヤリと口角を吊り上げる。
「流石、俺が見込んだ男だ」




