決着なるもの②
前話:アレスが勝利を確信していました。
……破顔したのも束の間、アレスは眼前の光景に目を奪われる。否、視界そのものを奪われた。
目に映るもの何もかもが黒で染まっている。上下左右奥行きに至るまで全てが黒い。眼球が潰れたのかと錯覚するほどの暗闇に突如として身を包まれた。
次の瞬間、胴体に衝撃が走る。身体が宙を浮き、飛ばされている感覚に襲われる。
なにが起きた!?
蹴り飛ばされたのか!!
空中浮遊から落下するまでの間に視界に光が戻り始める。あまりの事態に受け身を取り損ね無様に地面を跳ね転げる。
防御魔法により身体へのダメージは全て吸収されているが、このことが幸か不幸かは定かではない。もとよりそんなことを考えている暇と余裕はアレスにはなかった。
なにが起きたかなどは後回しだ。
いまなにが出来るかが最重要だ。
視界はまだ黒ずんでいる。
幸い失明したわけではなさそうだが、敵の位置が未だ把握できない。
それでもまだ対処できる。【風の便り】のおかげでネロが近寄ればわかる。
先の蹴りと落下横転で、防御魔法は限界寸前だろう。下手をすれば転倒しただけで崩れ去る危険性を孕んでいる。
……無茶を承知で身体強化と感覚強化を重ね掛けするしかない。
いまこの場、この状態で決めるしか勝機はない。
【我が身を庇いはしない この身諸共に打ち砕かん】
【見えている 聞こえている 触れている 限界を知りたい】
重ね掛けの強化魔法により筋肉の増強が著しく許容を超え、断裂しかけている。それに圧迫され、骨が軋みをあげる。神経はむき出しになったかの如く、痛いぐらいに鋭敏だ。
先の暗転がネロの所業であるなら、この好機を逃しはしないはず。
奴は間髪入れずに攻撃をしかけてくる。
それを紙一重で避け、強力無比のカウンターで防御魔法を叩き割る!
【風を纏いて 刃を成す】
剣を構えると同時に【風陣】を詠唱し、アレスは自身を中心とした微かな旋風を起こす。
これまで使用してきた【風刃】は、風により剣を振るうことで離れた敵に損傷を与える魔法であった。一方、【風陣】は自分自身に風を纏わせる魔法だ。
耳を澄ませば、飛翔体の如く速く恐ろしい風切り音がこちらに目掛けて突撃してくるのがわかる。
まだだ、まだ避けるな、揺れただけではじけ飛んでしまいそうな体を気力で抑えつけ、紙一重を狙う。
…………いま……ッ!
胴体擦れ擦れを通過する大剣を肌で感じる。回避した切っ先の反対側に奴の存在を感じる。
この速度に合わせた反撃からの回避は不可能!
ここで【風陣】が真価を発揮する。
術者が振るう剣の相対方向から【風刃】が発生。振るった実剣が物体に触れた瞬間、発生した【風刃】も物体を挟み込み、実剣と風の刃が交差し物体を両断せしめる。
両の刃から繰り出される剣戟は防御をも不可能とする。
ハサミの原理を剣と魔法で再現した【断切鋏】とも名付けられる技。
回避も防御も許しはしない!
ぶッた斬れろッッ!!
全身全霊を込めて剣を振るう。
硬質な音が半球体内部に響きわたる。
魔法防御が霧消化していく感覚が伝わる。
アレスの視界の黒ずみが落ちてゆく。
光を取り戻したその目に映るのは……空を切った剣……。
「は……?」
なにが起きた。
横を振り向けば、ネロが眼と鼻の先に居り、拳をアレスに向けて突き出して立っている。
その拳はアレスの脇腹に触れており、アレスの防御魔法が霧消化していることに気づかされる。
なぜ拳が?
大剣は?
俺が攻撃を受けた?
俺はなにに剣を振るった?
理解が及ばない。
確実視していた予想を覆され、思考がまとまらない。
ネロの居る反対方向に首を動かすと、地面に大剣が転がっている。
なぜ大剣が……投擲、したのか……!
それを突きかかってきたと誤認し、俺は剣を振るった。
そこで生まれた盛大な隙に殴打を浴びせられた……。
防御魔法が限界だったために、これが決定打となったのは想像に容易かった。
負、けた……だと……。
「アレス!」
仲間の声が聞こえる。
いや……仲間だったものの声か。
ネロは突き出していた拳を静かに降ろした。




