観戦なるもの
前話:一撃離脱を繰り返すことになりました。
※決闘開始直後のドロシー(ドロシー・カーマイン)らの視点
「あ、死んだ」
淡黄色の髪色をした筋肉達磨がそう呟いた。
その筋肉達磨が魔法で形成した半球体の中では、今まさに決闘が始まっていた。その実況はのっけから不吉な発言で締めくくられようとしている。
「よう見やれ、間一髪避けたわい」
戦闘開始は当事者ら次第だが、いまのはネロによる完全な不意打ちに見えた。ただ、それも勝利への正当な手段だろう。アレスも事前準備に余念はなかったのだから、文句は言えぬ。ましてワシが異議を唱えることもできん。
「回避可能な間合いじゃなかったはずだが、よく避けられたもんだ」
確かに、初動が同じであれば避けきれなかったであろう。一寸差ではあったが、トリスの方がアレスへの防御魔法の付与が早かった。その後にワシがネロへ防御魔法を付与したわけだが、その差がアレスの命を救った。
「あのデコイを挟んだのも功を奏しておる。あれが剣速を殺いでおらねば、回避したとしても切っ先が触れて、防御魔法は雲散霧消化しておったかもしれん」
とはいえ、咄嗟にあのデコイを形成するのは予定になかったはずだ。敵の攻略手段を一つ潰されたのではないだろうか。
「ネロの方は剣を振ったきり動かねぇな」
「デコイに行動を阻害する魔法を重ね掛けしておったのであろう。触れたモノを一時的に繋ぎとめるといった類のな」
「ほー、アレスがその気になりゃネロを身動きとらせずに倒せるってことか?」
「あの魔法を準備もなく連発できるのであれば可能かもしれん……だが、魔力量が足りんじゃろう」
アレスは器用貧乏と自嘲しておったが、あながち間違いではないか……専門性が足りぬために、魔力消費に無駄がある。
「ドロシーとゴルドーはどっちが勝つと思っている?」
「私はネロさんだよ」
トリスは観戦に集中しているかと思ったが、しっかりと傍耳を立てておったか。
「即答じゃな、エリアスこそどう思うておるのじゃ」
「ネロが勝つ」
エリアスも躊躇いなく言い放つ。その発言にトリスがエリアス側へ顔を向ける。歴戦の猛者風の男が自分と同意見なことに、よほど興味がそそられたと見える。
「根拠はなんじゃ?」
「戦闘が始まる前までは、アレス有利だと思っていたよ。なにせ相手は記憶がないからな。ところが蓋を開けてみれば、太刀筋に一切の迷いが見られない。その威力で相手がどうなるかなども考えていない。遺跡で見た奴そのものだ」
「……なるほどな」
「ドロシーはどうなのさ?」
「ワシはアレスが勝つと思うておる」
「……その理由は?」
トリスはエリアスの質問を奪うように聞いてきた上、自身が求めた答えとは違った返答に怪訝な顔を示し、更に問い詰めてきた。
「魚の目に水は見えぬということじゃ」
「?」
トリスは首を傾げ、エリアスは頓智を試すなと野次を飛ばしてきた。
「お主らは真新しさに目を奪われ、新参であるネロにばかり目が向いておるが、アレスへの考察については不十分と言わざるを得ん」
「考察っても、アレスの剣の腕は並みかちょっと上程度だぞ」
「……魔法も僕よりは上だけど、ドロシーと比べたら、見劣りしちゃうんじゃないかな」
ふたりは反論とばかりに、これまで旅を共にしてきた上での客観的事実を述べる。ただし、それは見たままに過ぎない。
「そこよ、お主らはアレスの近くに居たがために盲点が生まれておる。剣は並み、魔法もワシに劣る。なるほど、確かにお主らの言う通りであろう。だが、パーティーを組んで以降、アレスが剣と魔法の腕を総動員し、本気で戦った所を見たことがあるか?」
「……」
ふたりは押し黙り、過去の記憶を思い起こそうとしている。
「剣はトリスと分担、魔法は基本的に自分より得手であるワシかエリアスに任せておった。アレスは常に余力を持って事に当たっておったのじゃ」
全力を出さないことは怠慢と捉えられるかもしれないが、それは否だ。不確定要素の多い戦場において、不測の事態に対応するための余剰戦力をアレスは軽んじていなかった。
「だが、この決闘において後顧の憂いは存在せん」
「出し惜しむ必要がないってわけか」
「……無論、出し惜しんで勝てる相手だとも思っておらんじゃろう。見やれ、環境補正魔法に加えて、自己強化魔法を発動したとみえる」
それに……言いはせぬが。ここはあやつの用意した殺し間。加えて云えば、絶命を狙う必要のないルールも有利に働いている。
「ネロさんが動いた」
「アレスも構えてはいるが……見えていないのか?」
エリアスがアレスの反応に対して発言する。
ただし、アレスは辛くもネロの初撃を回避。
「見えずとも感じとってはおるようだな」
そしてそこからの反撃。対敵以来、初と言えるネロへの物理攻撃の成功を目の当たりにする。しかし、その一撃では防御魔法を突破することは叶わなかった。
横では息を飲み、両者の攻防に見入るトリス。自身の発言が発端の決闘だが、目を背けることをしないのは、パーティーリーダーとしての矜持だろうか。
「あれは! 拘束魔法か」
一閃を繰り出し走り抜けるアレスに対し、ネロは身を翻し追撃を行おうとする。が、その足に生い茂る草が絡みつき出足を挫く。
「巧い」
単調な戦闘になるが、これを繰り返すことができれば確実に勝てるかもしれない。
ただ、ネロの魔法防御を割るまでにアレスの魔力はもとより気力が持つかどうか……。
開始時のデコイの無残さがアレスの中に死のイメージを付き纏わせているはず。ましてその死から遠ざかるのではなく、肉薄せねば勝機はない。となれば、アレスの神経の摩耗具合は推して知れる。
トリスやエリアスには希望的観測を上げへつらったが、単純戦力ではネロの方が圧倒的だ。
精神的余裕も考慮すれば、更にネロに分があるか……気張れよアレス。




