決闘なるもの②
前話:決闘開始直後に不意打ちされました。
大上段から振り下ろされた黒甲冑の大剣は豪速をもってアレスに叩きつけられた。
頭蓋を叩き割り、勢いをそのままに大剣は下腹部まで打ち下ろされたところでようやく止まった。
正に唐竹割が如くだ。過小評価していたわけではないが、それでも本気で振るわれた大剣の威力がここまで見事に人体を破壊し得るとは思ってもいなかった。
一切の抵抗がかからない状態で、まともに食らえば防御魔法など紙切れに過ぎないということを理解した。
「即死だな……」
土くれによって形成された【囮】の無残な様を見ながら……アレスは呟く。
数瞬の差であった。防御魔法の付与が相手より早かったのが幸いした。もし相手側の付与が速い、あるいは同時だった場合、回避行動は間に合わなかっただろう。
あの土くれを自分自身に置き換えて観るのは容易だった。
決闘前にやけに舌が回るとは思っていた。その実、位置的有利を最大限に生かすための足止めだったとは。
自分が逆の立場でもそうしたであろう。立場の違いからアプローチの仕方は異なるが、奴も同じことを考えていたという訳だ。
奴の記憶喪失という欠点を過大評価していた自分の甘さが嫌になる。
おかげで切り札を一枚切らされる羽目になった。あの【囮】は触れたモノを縛り付けて行動を阻害する効果も含ませていた。確実に動けなくなった相手に致死の一撃を食らわせる算段が破綻したのは相当な痛手だ。
とはいえ、その【囮】のおかげで距離を取り、自身に強化魔法を付与する時間は得られた。
【風に教えを請いて 知りうることもある】
【見逃さず 聞き逃さず 触れ逃さず 全てを欲す】
【この身に余ると知りながら 求めしは更なる力】
【刹那を拾いて 事を成す】
【暗がりを照らすは 偽りの太陽】
【風の便り】・【視覚・聴覚・触覚強化】・【筋力増強】・【反射神経向上】・【光球生成】
アレスは現状考え得る最高の状態となった。
夜目に慣らしていたとはいえ、やはり距離を取ると暗がりと相まって黒甲冑の輪郭はぼやけてしまう。そのため自身の頭上に発光する魔法の球体を生成し、敵の視認を容易にする必要があった。
しかし、遺跡での戦闘を思い返せば、明るい場所であっても奴はどういう絡繰りか姿をくらませて攻撃を繰り出すことができていた。
原理不明の攻撃に加えて、破壊力は高く、リーチは長く、身体能力も凄まじい上に武具も優秀。
やる前からわかっていたことだが、反則染みてないか。トリスの判断は間違いじゃないな……。
「ハハッ……」
思わず自嘲してしまう。絶望的な差に対する精神の安定行為かもしれない。
敵が土くれを四散させたのが目に見えた。意外と拘束時間が長かったように思える。自分の魔法の効力が高かったのかと楽観視したいところだが、先ほどの不意打ちから察するに敵は相当な食わせ者だ。こちらの追撃に対して反撃を合わせようとしていたのかもしれない。
こう思わされていることが歯がゆい。虚実を見抜けなくなってしまっている。
苦渋を味わっている最中、敵が行動を開始した。
敵はこちらに向かって真っ直線に突進してくる。
その移動速度は凄まじく、大剣を携え全身を甲冑で覆っている人間の速さとは思えない。
瞬く間に距離は詰まるが、アレスもその場で迎撃態勢を整えていた。
後数歩で敵の攻撃圏内に入ろうかという瞬間、敵の姿が消えた。
来た。全神経を極限まで高ぶらせる。
刹那、右側面から空気が押し退けられ、切り開かれる。死を感じさせる風だ。
反射的に身を屈めると、一瞬前まで首があった位置を大剣が通過していく。
事前に発動しておいた【風の便り】によってアレスは周囲の空気の流れを把握していた。
やはり初撃は首を取りにきた!
しかもその一撃は遺跡での初太刀と同じ軌道。
アレスは敵の記憶喪失に未だ懐疑的であったが、皮肉にもこれで確信が持てた結果となった。不意打ちを平気でやってのける人間が同じ相手に同じ攻撃を行うわけがない。
問題はここからだ。
遺跡での対戦において、敵と刃を交えれば、その速度から必然的に防戦一方になることがわかっていた。今回はドロシーの援護射撃もない中でその選択はジリ貧と呼べる愚策。
故に取れる策は、一撃離脱。
身を屈めた状態から、敵の左足に一閃を食らわせ、走り抜ける。
アレスの振るう剣が対敵以来、初めて黒甲冑に触れる。
しかし、当然ながら防御魔法に阻まれ敵の足を切り裂くことは叶わなかった。金属と防御魔法が擦れる硬質な音と感触だけがアレスの強化された感覚に反芻される。
だが、そんなことは想定内。【囮】による一撃必殺が不可能になったとはいえ、こうして削り倒すのも攻略手段の一つであった。
ただし、容易に走り抜けさせてもらえるような存在ではない。奴の進撃速度は異常だ。追い付かれ背後から大剣で突き刺されるのは目に見えていた。
そこで事前設置した妨害魔法を発動させる。
【緑樹縛】
本来は木々による完全拘束が目的の魔法だが、そんな都合のいい木はこの広場に植樹されていなかった。その為、魔法の依り代として生い茂る草を代用した。
背後から敵の足音と空気を押し退ける気配が感じられない。
どうやら足止めに成功したようだ。
本来の拘束力からすれば遥かに劣るものだが。敵の出足を挫ければそれでよかった。
振り返れば、足に絡みついた草を力任せに一蹴し引き千切っている敵が見えた。
これで苛立ちでも募ってくれれば、判断能力の低下に期待できるが、そこまで浅慮な相手ではないだろう。
……致死の連撃を掻い潜り、威力のほどが知れない一撃を与えるか。
いつ刃が落ちるともしれない断頭台に首を乗せながら解体作業をするような行為だ。
「我ながら正気の沙汰じゃないぜ」




