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勝算なるもの

前話:黒甲冑(ネロ)の準備が整いました。


※アレスの視点に戻ります。

「ふぅ……」


 アレスは決闘の場となるであろう村の中央広場にいた。地面状況などを確かめるためだ。


 トリスの発言を聞き、ネロと対面した際、頭には完全に血が上っていた。その結果、決闘を申し出たのだが、その実、勝算は薄かった。それでも申し出ずにはいられなかった。


 そこで咄嗟に決闘までの準備時間を設けることにした。この時間が千載一遇ともいえる勝利への活路になり得る。自分で自分の発言をほめてやりたい。


 宿部屋を出た際、真っ先に思い至ったのが、外的要素による勝算の底上げだ。

いざ決闘を前にして剣の素振りをしたところで意味はなく、無理に筋肉を酷使していては身体機能の低下は免れない。


 それに……対戦相手であるネロの剣技に匹敵しようと努力をするなら、素振りなどといった単調なものでは到底及ばない。現時点では、時間も知識も足りておらず不可能なのだ。


 ゆえに自分自身の技量の上達や能力の上昇といった内的要素に期待する策は時間の無駄だという結論に至った。


 そこでこうして敗因を排除しつつ、勝因を積み上げているわけだ。

 ただ困ったことに、この作業は村の自警団員の眼には不審な動きと捉えられたようで、先ほど事情聴取を受けた。


 不幸中の幸いは、職務質問をしてきた自警団員が遺跡から戻ってきた際に出迎えてくれた青年と同一人物であり、こちらの苦しい言い訳を好意的に受け取ってくれたことだ。


 まぁ、宵の時刻に村で見慣れない存在がうろついていれば、自警団員でなくても怪しがるだろう。職務質問を受けるのも至極当然と思える。


 こうした下見などの作業によって自分の頭が冷めてきているのを実感する。

 その証拠だろうか、後ろから歩み寄ってくる人物が誰であるかわかる。


「……アレ「どうした? ドロシー」……ス」


 立ち上がり、後ろを向くと予想通りの人物がそこに居た。


「……魔導士の言葉に発言を被せるとは感心せんな、嫌われてしまうぞ」

「すまんな、ちょっと自分の感覚を試しただけだよ」

「わしを実験台にするとは度し難いな」


 ため息交じりにドロシーが話を続ける。


「……それで地面をさすって感傷にでも浸っておったのか?」

「感傷に浸れるほど余裕じゃないな」


「本当にやるのか? いまならまだ皆で説得すればトリスの意見を変えられるかもしれぬぞ」

「……ここまで来て退くことはできない」


 ドロシーの心遣いには悪いが、暗に「パーティーに必要ない」と言われたのだ。この決闘を撤回したところでトリスの意見が変わりはしないだろう。


 それに正直なところ、ネロを打ち負かしたとして、関係が戻るとも思っていない。トリスとは深い溝ができてしまった。


 したがって、勝った後もパーティーには長くいられそうにないかもしれない。決闘という咄嗟の選択は己が矜持のためだ。


「力を念頭に物事の解決を図ろうとするのは悪性になりうるぞ」


 押し黙っていた俺に対して、諦めたように告げる。


「これが終わったら、肝に銘じて生きるよ」

「ふん……勝算はあるのか?」


「俺が負け戦をすると思うか?」

「さてな、今朝〝自己紹介〟を終えたばかりの関係じゃからな」


 ドロシーが苦笑する。

 真面目に話していた手前、突然の軽口に意表を突かれた。思わずこちらまで笑ってしまった。


「勝つさ」

「そうじゃな……土いじりの成果、見せて貰おうぞ」


 やはりというべきか、どうやら小細工は見抜かれていたようだ。


「ネタばらしは勘弁してくれよ」

「そんな無粋な真似はせんよ」

「それを聞いて安心したよ」

「……一応伝えておくが、あやつには保険を付けておいたからの」


 保険……おそらくはネロがこちらを欺いていた場合と記憶を取り戻した際に取りうる行動への予防策ということだろう。


「流石だな」

「当然じゃ、お主とて同じことをしたじゃろう」


 これで憂いはなくなった。もし俺が居なくなったとしても何ら問題はない。


「他に何かしておくべきことはあったかの?」

「そうだな……欲を言えば、俺の防御魔法はドロシーに担当して欲しかったな」


 不意に本心が口から滑り落ちてしまった。


「なっ……なにを、そういうことは先に言わんか」

「いや、すまん、いまのは忘れてくれ」



 ドロシーが防御魔法の付与を提案した際、すぐにその効力について考えてしまっていた。

 ドロシーとトリス、両者とも防御魔法を得意とはしていない。


 しかし、専門の魔導師と片手間の魔法使いでは、その効力には差が生じる。敗因を排除するためにも、こちら側にドロシーを誘導したかったのだが……。


 それにトリスには悪いが、あの男を受け入れようとする立場では、追い出される立場への魔法の行使に迷いが生まれるのではという懸念があった。


 そういった下種の勘ぐりを悟られるのはどうにもばつが悪い。いまの本音は吐露すべきではなかった。


「まったく……お主が望むなら……」


 ドロシーは身じろぎしながらぶつくさと呟いている。


 ……反応を見るに現時点では気付かれてはいないようだ。だが、これ以上会話を続けているといつまた自分の口が綻んでしまうか、わかったものではない。


「いまからでもアレスにつくのはやぶさかでは……」


 ドロシーは顔を覆い隠している帽子の下に手を潜らせている。位置的には口元に手を当てているようだが、そのせいでなにを呟いているのかはっきりと聞き取ることができない。


 俺の発言の意図を推理しているのだとしたら厄介だ。


「ドロシー」

「もしくはこのまま……」

「ドロシーっ」

「!」


 呼応するようにドロシーが居ずまいを正した。


「な、なんじゃ」

「日が暮れてしばらく経つ、そろそろ宿に戻った方がいいぞ」

「?」


「寒さで身じろいでいたろう」

「う、うん、そうかの、そうじゃな」

「悴んで口が回ってないぞ」


「し、失敬な、お主はどうするのじゃ」

「俺は慣れるためにもここに残ってるよ」

「そうか……とはいえ、身を休めるのも大事ぞ」


「ああ」

「では、また後でな」


 ドロシーは自身が着込んでいるコートのポケットに手を突っ込んで、宿の方へと歩き出した。

 その姿を見つつ、言い忘れていたことを思い出した。


「ドロシー」


 呼びかけに対し、ドロシーがこちらを向く。


「ありがとう、世話をかける」

「?……あぁ、保険のことなら気にするでない」


 そう言い、手を挙げてまた宿に向かって歩きはじめた。


「それだけじゃねぇよ」


 小さく呟く。

 誰にも理解されず、独りで戦うことほどつらいものはない。意図してかは定かではないが、ドロシーはその不安を解いてくれた。


「さて……やってやりますか」


 アレスは自分に意気を込めるように言葉を発し、決闘の時刻を待つ。


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