誠心なるもの
前話:黒甲冑(ネロ)の装備に保険をかけることになりました。
※引き続きトリス(ベアトリス・ゴルドー)の視点。
「ええっと……ごめんなさい!」
不平不満はないと口にしていたが、そうは言ってもという節はあるはず。仲間の態度なども然りだ、謝意を声に出さなければ気が済まない点は間々あった。
「気にしないでくれ。それにゴルドーさんはリーダーなのだろう?」
「一応……」
一応と言ってしまった。今回の件でリーダーらしい振る舞いが出来ているのか心配になったせいかもしれない。
「であれば、私のように信を置けない相手には気軽に頭を下げないことだ」
「信を置けないって、そんな風に思ってないですよ」
私の言葉にネロさんは髪を揺らす。
「大変ありがたいことだが、それを前面に出してしまうのはやはり頂けない。率直に言えば、仲を取り持とうとするのもやめてほしい。私は私自身で信用を勝ち得たいと願う」
……真っ向から否定されることが多い一日だ。
「これは私の我儘だけの話ではない。私をかばう発言は組織内に対立構造を生みかねないものだと心得てほしい」
「対立構造……」
「ただ誤解しないでほしいのは、ゴルドーさんのパーティー加入の提案には感謝している」
私が顔を曇らせていると、ネロさんは慰めるように言葉を続けた。
「これ以上、ゴルドーさんの優しさ……否、配慮を享受し続けるわけにはいかないということを理解してほしい」
「……うん」
「自分自身が何者かすらわからない男が恩人に説教を垂れるなど恥ずべき行為だな」
「そんなことないよ! 意見はどんどん言ってもらえたほうが助かるし、それにネロさんの発言には重みというか深みというか……私じゃ思い至らないところがあるから!」
矢継ぎ早に話す私にネロさんはクスと笑った。
「なぜだろうな。こんな物言いができる自分が不思議でならない」
「うーん、騎士みたいな甲冑を着こんでたぐらいだから、相応の人物なのかも?」
「はは、聞く限り敵の直中に一人で居たぐらいだ、色んな意味で大した人物なのかもしれないな」
男はそう言うと、ベッドから身を抜き、立ち上がった。拳を握りしめる動作を繰り返し、身体の各関節を点検するように動かしている。
いまに至るまで同じ姿勢が続いていたせいか、動かす間接によっては骨の鳴る音がする。
「随分と寝ていた気がする」
実際は半日にも満たないのだが、記憶喪失という状態を考えれば、そう思えるのも仕方ないのかもしれない。
「どこか痛みますか?」
「いや、まったく問題ない」
考えてみれば、遺跡で対峙し打倒した際、魔法以外では一撃も与えることができていない。愚問だった。
ネロさんの点検運動を眺めていると外から部屋の扉が開かれた。
「終わったぞ」
ドロシーとエリアスが入ってくる。
ネロさんが2人の抱きかかえている武具を見つめている。
「気になるか?」
「当然だ」
「安心せい、もう用は済んだ」
ドロシーらはネロさんに剣と甲冑を手渡した。受け取った側のネロさんは不意に剣を取りこぼしそうになった。
それを見てドロシーの傍らにいたエリアスが瞬時に武器に手をかける。
「見た目より軽いな」
「……はぁッ」
一瞬、場の空気が変化し殺伐とした雰囲気を漂わせたが、すぐに弛緩した。
「変な動作をせんでくれ、心臓に悪いわ」
「すまない」
「ほんとに戦えんのか?」
「問題ない、武具を着込んだら軽く運動させてもらう」
エリアスの疑問も当然だ。身体的記憶まで失っていたとしたら戦いにならない。
そんな疑問を他所にネロさんは着々と黒甲冑を着こんでいく。脱がせる際は装着者が心神喪失状態だったので手間取ったが、そうでなければ案外軽快に着込むことができるのだなと感心した。
「なにか違和感はあるかの?」
「……いまのところはないが、そのような細工でも?」
「勘ぐるでない、性能を落とすようなことはしておらん」
「ありがたい」
「ふん……わしはアレスの方を見てくる」
ドロシーは彼の行動に興味がないのか、自分の用は済ませたと言って、足早に部屋を後にした。
「後は時間まで各自ご自由にってことで、俺は少し寝る」
そう言ってエリアスは寝台に横になった。
私は……私は念のためにネロさんの動きを頭に収めておこう。
一挙手一投足を見逃さぬよう、穴を空けるぐらいに見つめる。
「まだ信用はされてない……かな」
「あっ、いえいえ! そうじゃなくてですね!」
「では、変な動きだったということかな」
「そ、それも違くてですね! お気になさらずに!」
無遠慮な視線を向けてしまったことを恥じるばかりだ。邪魔をしてしまった。
こっそり見よう。
そそくさと自分の寝台脇にしゃがみ、気配を殺してネロさんを見つめる。
視界の端に居るエリアスが寝転がって、こちらを嘲笑とも哀れみともとれない眼で見ている。
傍から見れば、覗き見に至る過程が馬鹿丸出しであったことにトリスは気付いていない。




