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保険なるもの

前話:決闘の勝敗条件を取り決めました。


※アレスが部屋を出ていった後のトリス(ベアトリス・ゴルドー)の視点。

 着々と果し合いの取り決めが進む中、ベアトリス・ゴルドーの胸に去来していたのは困惑だった。


 なぜこんなことになったのだろう。

 自身の言動がパーティー活動の不和を招いてしまった。

 幼馴染の安全とこれからのパーティーの行く末を鑑みての判断だったのに。


 アレスはいつも私の言うことに反対はしなかった。今回もきっと賛成してくれると思った。これ以上、私に付き合って命を危険に脅かすような真似をしなくて済むのだから、喜んでくれると思っていた。


 だけど、結果は猛反対。


 更には言葉だけならまだしも……決闘じみた行為を誘発する事態に展開してしまった。


 現状の整理が追い付かぬまま、アレスらが話を続けていく。その音声だけは耳に入ってくるが、その意味するところはほとんど頭に残っていない。


 途中、自分の名が挙がったが反射的に返事をするに留まっていた。

 アレスが部屋から出ていく、自然とその後ろ姿を目が追ってしまう。話し合いが一段落着いたようだ。



「……ルドー……おい、ゴルドー」

「……ぁ」

「聞いてるか?」


 意識が辺りを漂ってしまっていた。

 エリアスの太い声により現実に引き戻され、身体が小さく跳ねるように反応した。


「ご、ごめん、聞いてなかった」

「心ここにあらずか」

「まぁこんなことになっちまったからな、ただこっからは身ぃ入れてくれなきゃ困るぜ」


 エリアスの言うとおりだ。いつまでもこんな調子では示しがつかない。

 私はパーティーリーダーなのだ。私自身が決めてしまったことに最後まで責任をとらないといけない。


 両手で自身の両頬に思いっきり叩き、意気を込める。ピシャリという音が部屋に響く。


 部屋にいる全員が私の顔を見ている。エリアスは無表情で瞼をパチパチとさせ、ネロさんは眉を顰め困惑気味な表情を浮かべている。ドロシーの顔色は相変わらずわからない。

 こんなときあの帽子が羨ましく思う。


「すげぇ勢いだな……大丈夫か?」

「うん! もう大丈夫!」

「フッ、ようやくか」


 ドロシーが鼻で笑ってくれた。

 重苦しい雰囲気がすこし和らいだかもしれない。


「話を続けるぞ、決闘染みた事態になった以上、この二枚目には武具を返却しなくちゃならねぇ」


 話というのはネロさんのことのようだ。


「うん」

「アレスと戦うことに賛成したとはいえ、正直なところ俺はまだこの二枚目を信用してるわけじゃない」

「……」


 ネロさんは黙って聞いている。


「ならば保険をかけさせて貰えればよかろう」

「保険?」


「うむ、本人の手前その詳細は伏せておきたいのじゃが、よいかの?」

「そんなの不公平だよ、自分の武具なのに安心して使えないじゃないか」


「いや……構わない。遺跡で対面した際の話を聞く限り、私も自分自身を信用できるやつだとは思えない」


「本人の承諾は得られたのう」

「ネロさん、嫌なことは嫌って言わないとダメだよ?」


 ネロさんは記憶を失くす前のことに随分と気兼ねをしているようだ。

 自分を抑圧するような状態が続くのは心身に悪いと思う。それにエリアスらの態度にも思うところがある。


 しかし、トリスの心配を他所に当の本人は首を横に振る。


「保険は互いのためにある。あなた方は安心を得られ、そのことで私も少なからずの信用を得られる。であれば、断る理由などない」

「えらく物分かりがいいのう」


「自分の立場は弁えているつもりだ」

「むぅー」

「では、早速だが取り掛かろう」


 むくれっ面を見せて抗議の意思表示を図ったが、軽く無視された。


「エリアス、甲冑と大剣持って部屋の外に行くぞ」

「甲冑はいいが、刃物の所持は宗教上ご法度だ。勘弁してくれ」


「俗っぽいのに妙なところで宗教心を見せおるのう」

「うるせぇ」

「か弱いわしにこんなものを持たせるとは……」


 ドロシーが僕のベッドの下に隠しておいた大剣を引っ張り出し、甲冑を抱えたエリアスと共に部屋の外へ出ていく。

 保険――恐らくは魔術的制約を武具に仕掛けるのだろう。その所作と内容を見られたくないようだ。


 部屋には、先ほどと同じように私とネロさんだけが残される形になった。


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