憤怒なるもの
前話:アレスと黒甲冑(ネロ)を交代しようという話が出ました。
「……聞き間違いか?」
エリアスが首を振る。
「お前と黒甲冑の男を入れ替えるそうだ」
「……」
「わ、わしは反対しとるぞ」
俺がいない間になにが起こったのか理解が及ばない。俺は自分がいまどんな顔をしているのかわからない。
エリアスとドロシーの発言を聞かなかったかのように、部屋に入ろうとする。
しかし、扉は取っ手に手をかける前に開かれた。向こう側にはトリスが居た。
「アレス話があるの」
「ああ」
そうだろうな、俺もこの短時間で話したいことが山ほどできたよ。
トリスは部屋の中で話そうとしたが、それは俺が固辞した。流石に現時点で部外者の男を交えて話すのはどうかと思ったのだ。
トリスにとっては既にそうではないのかもしれなかったが……。
エリアスとドロシーにはトリスと入れ替わるように部屋に戻ってもらい、男の監視役を頼んだ。パーティーの行く末を決めかねない会話だが、元狂人を1人にしておくわけにはいかない。
「話ってのはなんだ?」
「うん、ネロさんのことなんだけどね」
トリスの言う、「ネロ」とはあの男のことだろうと推測できる。
「あぁ、エリアスとドロシーに聞いたよ、そのネロとかいうのをパーティーに入れるって?」
「うん……」
「はは、流石トリスだよ、すごい案だ」
「そ、そうかな!」
「……」
別に褒めたわけではないが、若干はにかんでいる。いままでトリスの出す案に真っ向から反対したことはなかった。それはパーティー運営に対する、自分なりの規範に基づいたものだった。
メンバーはリーダーというトップを支え、その言に一定の理解を示して、行動に反映する。
……そのはずだったが、今回ばかりは真意を問わねば、到底許容できるものではない。
「正気か?」
「え……?」
「こちらの命を狙ってきたようなやつだぞ?」
「でも、いまは別人みたいに話も通じるよ……」
「そうだな、いまは記憶がないそうだから錯覚するのも無理はない。だが、記憶が戻った時はどうする?あの凶刃がいつまたこちらに向くかわからないんだぞ」
「……そうなったときは僕が抑えるよ」
「抑えるって……」
「それが可能なことをアレスは知ってるよね」
力強くそう告げる彼女に俺は口ごもった。
確かに……剣のみの戦いであれば可能だ。そう言い切れるのは、トリスの見切りの良さと、扱う剣技に依る。
トリスの体得している【英雄剣技】は、相手への観察時間が長ければ長くなるほど、その者へ振るう剣技の鋭さと的確さを増していく代物だ。
極端なことを言えば、トリスは一度戦った相手には負けることがない。
おかげで単純な剣の勝負で勝てたのは、パーティーを組む前にまで遡らなければ思い出せない。
「そうだな……」
トリスだけが対処できたとしても問題は残る。しかし、それを言えば彼女は常に一緒にいるから大丈夫だ、と言い返してくるだろう。
それはそれで問題だ。
大問題だ。
「向こう側には迎え入れる旨を伝えたのか?」
「うん、最初は戸惑ってたけど、快諾してくれたよ」
快諾だと?
記憶喪失で前後不覚の人間が寝起き直後に居合わせた者の提案を素直に受け入れたのか?
幸いにしてトリスらが悪党ではなかったにせよ、あの男に猜疑心というものはないのか。
「観測球……パーティーメンバーの人数規制はどうするつもりなんだ」
トリスがばつの悪そうな顔をした。言いにくいことだろう。
俺も聞きたくはないことだが、いまからの会話には避けては通れない質問だ。
答えはエリアスとドロシーから間接的には聞いた。しかし、それでも問わねばならない。
なぜ入れ替えてまで……と。
「それについてはね……アレスには街に、国に戻ってほしいの」
なんとも優しい言い方だ。国とは故郷の王国のことか。
「以前から考えてたことだったの、アレスを私の無茶にこのまま付き合わせていいのかどうかって。もしアレスが死んじゃったらお母さんになんて言ったらいいのか、それに私たちの使命でもある〈 門 〉の破壊はこれからも数をこなしていかなくちゃいけない。だから……決めたの」
お母さんとはトリスの実の母親のことではない。
トリスは幼少時に既に父親しか親がいなかった。そんなトリスの母親代わりとなったのが、俺の母だ。
母は実の息子である俺と変わらぬ愛情をトリスにも注いでくれていた。そんな母に恩義を感じているのだろう。ましてその息子が死ぬようなことでもあれば、顔向けできなくなる、悲しませたくないと云う。
だが言葉の裏を返せば……要するに俺が頼りないから……今後使命を全うする上で死ぬ可能性があるようなやつを守っていては、パーティーの穴になる可能性があるから……とも受け取れる。
「……俺の意思はどうなる? 無茶に付き合っているという風に云うが、俺は俺の意思でお前と共に冒険者になり、〈 門 〉の破壊という使命に携わっている。お前の無理無茶無謀はいまに始まったことじゃない。それこそ子供のころから一緒に居たんだ、お前の親父さんだって、俺の母だってそれを承知で俺とお前を送り出したんだ。そんな言葉では引き下がれない」
「……」
トリスは黙って聞いている。
「それに俺が抜けた後の代替となる人間についても異論はまだある。やつを入れて戦力増強につながると思っているのか」
「……思ってるよ」
「なぜそう思った」
「遺跡での戦闘が全てだよ、単身で私たち全員を相手取って圧倒してたんだよ? 単純に考えてもわかるよ」
「こちらに殺す気はなかったし、結果的には打倒できたろう」
「じゃぁ……アレスはひとりで……」
「なんだ?」
「……アレスはひとりでネロさんに太刀打ちできるの?」
「それは……」
「だから、心配しないで」
心配?
俺が戦力不足を心配して言っていると思っているのか、ならそれを言い返された俺はどうなる。それに、パーティーには連携というものが……しかし、これを言えば自分の力不足を自ら認めることに……。
「それにねアレスができることはみんなでできる、だから大丈夫」




