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衝撃なるもの

前話:トリスらと黒甲冑(ネロ)の事情聴取が終わりました。


※アレス(アレス・ブラウニー)の視点に戻ります。

 宿屋の主人との会話に区切りをつけ、アレスは宿屋の二階へと向かう。

 少々話し込んでしまった。村長との会話よりも主人との会話の方が盛り上がり、更には時間を割いてしまっていた。


 黒甲冑の男という懸案もあるというのに、いかんなこれは。

 反省しつつ足早に階段を駆けあがると、宿泊部屋前の廊下にはエリアスとドロシーが立っていた。


 なぜ2人が外に? ということはトリスと黒甲冑だけが中に居るのか?

 足音に気づいたのかエリアスとドロシーがこちらに顔を向ける。心なしか顔色が曇っているような気がした。


「村長への報告ご苦労」

「割と長引いたな」


 やはり意外に時間を使ってしまっていたようだ。宿屋の主人と話し込んでいましたというのは、あまり格好のいい話ではない。話題を変えよう。


「ああ、報告以外でちょっとな、それより部屋の外に突っ立ってどうしたんだ?」

「それがな……黒髪の男が目を覚ましてな」

「本当か、どんなやつだった?」


 外見は美丈夫な顔つきということで十分だ。問題は内面だ。

 会話ができるかどうかすら怪しかったが、できなければ再度昏倒させてしまえばいいだけだとも考えていた。


 そんな男の目覚めであっても、一応は素性が知りたくなった。あれほどの戦闘力を有しているのだ、勇名悪名どちらかで名をはせているかもしれない。


「なんというかな……」

「うん?」


「記憶がないってよ」

「……」


 きおくがない……? 記憶がない?

 意味がわからず、エリアスの言葉を脳内で反芻する羽目になった。一瞬の間をおいて、ようやく言葉が理解できた。


「はぁ!?」


 しかし、意味は理解できていない。むしろ唐突すぎる情報に理解しようという気になれていない。


「記憶がないってのは、どこまでの記憶がないんだ?」

「自分の名前以外はほぼ全てじゃな」

「遺跡のことは勿論、自分がどこから来て、どういう人間なのかすら覚えちゃいねぇ」


「……はは」


 乾いた笑いがでた。想定外すぎる。なぜそんな事態に陥っているのだろう。


「虚偽の可能性は?」

「無論、疑ってかかったさ」

「色々と揺さぶりをかけてはみたが……期待した反応は得られなんだ」


 ふたりは緊張と緩和をかけて、男の動揺を促したが、全くといっていいほど動じることはなかったと云う。


 エリアス曰く、間近で相手の眼球運動を観察していたが、下手な詐欺師特有の動きは視られなかった。


 ドロシーも手や顔面の表情筋に注目していたが、会話を取り繕うような滑稽な動作はなかったそうだ。


 見識深いふたりのことだ、その経験則に裏打ちされた観察力は本物だろう。だが、何事も自分で見なければ納得などできない。


 部屋に入ろうと、ふたりの間を抜けようとした時、ドロシーが続きの言葉をかけてきた。


「しかしなにより……勇者殿がそやつをな……」


 なんと歯切れの悪い発言だ。なんだ? トリスがどうしたというんだ?


「ゴルドーはな、奴さんを仲間にしようってんだ」


 なかまにしよう……? 仲間にしよう?

 またも意味がわからず、エリアスの言葉を脳内で反芻する羽目になった。先ほどと同じように一瞬の間を置き、ようやく言葉が理解できた。 


「はぁ!?」


 だがしかし、二の轍を踏むように意味が理解できていない。先ほどの情報を凌駕する衝撃に理解が追い付かない。追い付けない。


「な、仲間ってあの男をこのパーティーにか?」

「ああ」


 流石トリスというべきか、凡人の発想ではない。

 だが、その案は難しいと言わざるを得ない。


 それは観測球に問題がある。


 冒険者ギルドの活動資金は、仲介手数料と冒険者に貸与される観測球の貸付金によって成り立っている。


 観測球は1パーティーにつき、1個の貸与が行われており、冒険者ギルドが規定しているパーティーの人数構成は基本的に4人までだ。


 なぜ人数を規制しているのかといえば、金の問題へと繋がる。


 要するに、冒険者ギルド側はパーティーの人数を制限し、必然的にパーティー数を増やしたいのだ。そうすれば観測球の貸与数は多くなり、儲けられるという仕組みだ。


 じゃぁ、冒険者1人につき、1個貸与すれば、ウハウハなのでは、との考えが浮かぶ。

 しかし、人間という種族がそうであるように、大半の冒険者は脆弱だ。徒党を組まねば、命懸けの依頼など熟せはしない。


 観測球を冒険者1人1人に貸与して、貸付金をせしめていたのでは冒険者への成り手は極端に減る。そうなるとギルド側は本末転倒だ。


 それに観測球は魔法道具であり、製造にはそれなりのコストが掛かっている。

 生還しない冒険者を含めた全員に行き渡らせるほど生産していたのでは、割に合わない。


 ただし、今回のトリスの案を無理にでも採用するならば、あの男で1人パーティーを作って、こちらのパーティーに同伴すれば、5人パーティーの結成もできなくはないのだが……。


「観測球の問題がある」


 端的にトリスの案の問題点を挙げる。


「そうだな……そうなんだがな……」


 先ほどまで遠慮なく物を言っていたエリアスが口ごもる。ドロシーもその後の発言をためらっている。

ふたりはトリスの案に賛成なのだろうか?


 仮にそうだとすればドロシーはまだしも、エリアスは不本意だと察することができる。

 守銭奴とは言わないまでも金勘定に一家言ある男だ。5人パーティー結成による観測球の貸付金増加に異議がないはずがない。


「トリスは中に居るんだろ? ちょっと話さないとな」

「待てい」

「まだなにかあるのか?」


 再び行く手を阻まれたことに、少々イラつき、ドロシーを睨んでしまう。俺のあまりに不躾な態度にたじろいでいる。

 それを見かねたのか、エリアスが替わって発言した。


「……ゴルドーはな……お前と、あの男を入れ替えるって言ってんだ」


 ん?

 ああ、観測球の問題の話か。

 たしかに、既にいるメンバーと交代すれば、パーティーの人数は解決できるだろうな。


 でも、誰を交代させ……俺?


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