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その者ら

放逐されるに至るまで毎日更新いたします。

 『笑う斧亭』と名付けられた宿屋の一室。


 そこには木の板と木製の骨組みで作られた簡素な寝台が四つ並べられており、それと同じ数の丸椅子、木製の円卓一つが配置されていた。

 機能性重視といえば聞こえのいい、安宿特有の飾り気のない質素な部屋だ。


 その部屋には家具の他に複数人分と思われる荷物が置かれており、更には茶髪の男が1人居た。


 男は木製の丸椅子に深く腰かけ、寝台のひとつに向かって前かがみになっている。その寝台の上には、男の携行品入れと思しきショルダーバッグが置かれており、中身を改めるように内容物の地図や小瓶等が拡がっている。加えて、その寝台の傍らには剣が2本立てかけられており、そこかしこから男の素性が窺い知れた。


「なぁ、アレスよぃ」


 男の作業音しかないはずの部屋に、突如として女の声が響く。

 その声の正体は、帽子だった。


 正確には、くたびれた黒のとんがり帽子を目深く被り、丈の長い黒のコートを着込んだ、人間。

 顔の判別は帽子によって邪魔されており、確認できたことはない。


ただ、その風貌から性別の判断を容易にしているのが、女らしい声色の高さである。また補助的なものとしては、背中の中程にまで及んでいる赤く長い髪、それに申し訳程度に凹凸のある胸だろうか。


 女は椅子に腰をかけ、壁を背もたれとして体重を預けきった座り方をしている。

 一見すると、だらしなく見える上に先ほどまで微動だにしていなかったのだから、置物と誤認するには十分すぎる状態だった。


 しかし、男はそんな女の座り姿を見てもだらしないとは思わず、逆に威厳さすら漂っているように感じていた。


「どうした? カーマイン」


 茶髪の男は、「アレス」との呼びかけに対し、携行品入れの中身を戻しながら、何気なく返事をする。


「はぁ……いまだにそう呼ぶか。最早短くない期間、パーティーで共に居るのだぞ? いい加減、ドロシーと呼んで貰いたいものだが」

「あー……悪い。頭ではわかっているんだが……。どうにもカー……ドロシーのような魔導師と接する時はな」


「ふぅむ? アレスも同じ魔法使いであろう? なにを身構える必要がある」

「……同じ……魔法使いだからだよ」


 同じ、とはとんでもない話だと、茶髪の男、アレス・ブラウニーは内心自嘲した。

 彼女、ドロシー・カーマインは、専門的知識と高度な魔法を習得した〝魔導師〟と呼ばれる存在だ。

 これは『魔導院』と呼ばれる魔法の真理、魔物の生態、世界の法則などの解明を目的とした超国家機関の出を意味している。


 一方、アレスのような独学的に知識と魔法を身に着けた者は半端な〝魔法使い〟として、魔導師からは軽んじられている。


 実際、単純な魔法の威力だけを比べてみれば、大人と子供ほどの優劣差があるかもしれない。また社会的地位においてもその差は歴然だ。


 魔導院出の魔導師は、あらゆる組織、国家から引く手数多であり、その待遇も貴族に近いものがある。一方、野良の魔法使いは、居れば何かと便利だね、程度のものだ。


 魔導師の中には、その非凡な才能と扱われ方から選民意識的なものを抱いている輩が少なからず存在する。アレスは過去にそんな魔導師たちとの接触を経験し、苦手意識を覚えていた。


 ただし、彼女、ドロシー・カーマインは魔導師であるにも関わらず、横柄な態度を一切見せたことがない。それどころか常日頃からパーティーメンバーに対して、「気軽に接してくれ」と軽々しく口にしている程だった。


 自分のファーストネームを呼ばせようとするのも、他者のファーストネームを積極的に呼ぶのも、その一環だろう。


「ふん……強情め」


 アレスの言葉に妙な間を感じ取ったドロシーは、これまでの言いようがまだ足りていないか、といった態度で半ば呆れ気味に肩をすくめた。


「悪かった。この話はまた今度にしよう。それよりも何か用件があったんじゃないのか?」

「む、逃げおったな」


 自分の言動が発端とはいえ、これ以上長くなるのは面倒そうだと判断し、話題を元に戻した。


「まぁよい。用件はな、今回の依頼内容の詳細ぞ」

「あぁ、なるほど。それなら外に出た2人が帰って来てからの方が良いだろう」


 ドロシーは、外に出た2人と聞いて、パーティーの荷物を見まわした。


「それで……その2人は手ぶらで外に出てなにをしておるのだ?」

「さてな、うちのリーダーは好奇心旺盛だからなぁ。今朝は目が覚めたと思ったら、村を見回ってくると言って飛び出していったっきりだな」


「相変わらず、じっとはしていない勇者様よの」


 ドロシーの発言は皮肉気に聞こえるものではあったが、アレスは思わず笑みをこぼした。ドロシーが嫌味として言っているのではないと理解しているからだ。


「そこが良いところでもあるんだよ」

「さようか。で、もう一方の金庫番殿は?」


 ドロシーが金庫番と呼んだのは、エリアス・イェロという神官職に就き、金銭面に少うるさい大男のことだ。


「エリアスはリーダーの散財を気にして、後を追って行った」


 そう聞いて、なんとも金庫番殿らしいな、とドロシーは肩を揺らし笑った。


「で、俺はその間に睡眠中か瞑想中かわからなかったドロシーを見守っていた」

「ほぉ、勇者様のお付きに見守って貰えていたとは光栄だな」


 アレスが放った軽口にドロシーも付き合う。

 実際のところアレスが部屋に残った理由は至極明快だ。


 前日に村へ到着した際、先んじて見回りを済ませてしまったからだ。一応、この村唯一の常設店である薬屋にも情報収集がてら立ち寄ったが、品数は少なく、今回の依頼の補助になるようなものもなかった。


「では、いまからはなにをしてくれるのだ?」


 アレスがこの場に不在の2人の居場所を知らないとなると、探しに行くよりもこの宿屋で待っていたほうが無難だと、ドロシーは判断したようだ。それと同時に暇を持て余すから、暇つぶしの提案をしろとも暗に言ってきた。


 なんとも身勝手な話題の振り方ではあるが、手持無沙汰なのはアレスも同様であったため、一計を案じてみる。


 アレスが腕を組み、暇つぶしの方法について思案している間、ドロシーはその暇つぶしが待ち遠しいと言わんばかりに、両足を交互にパタパタと上下させていた。


 枯れた口調の割に行動の端々に子供っぽい部分が見られる。アレスはドロシーを見ていて可笑しく思えた。個人的にはこのまま見ているだけで、こちらは暇をつぶせそうだが……それではドロシーの反感を買いそうなので、またの機会にとっておこう。


 少し考え込んだ後、アレスは以前から聞いてみたかったことを暇つぶしに代用することにした。


「思いついたぞ」

「おぉ、なにをする?」


 アレスの言葉にドロシーは待っていましたといった反応を示した。


「改めて、自己紹介をするなんてどうだ?」


 堂々とした態度でアレスはそう告げた。

 しかし、先ほどまで好反応だったドロシーの返事はない。


「ど、どうした?」


 アレスは1人たじろぐ。即座に返事があるものと想定していたのに、部屋が静まり返ったせいだ。


「……自己紹介が……自己紹介が必要なほど、希薄な関係という認識だったのか……」


 部屋の沈黙を破ったのはドロシーの嘆きのような声だった。

 ドロシーの表情は帽子で隠れて見えないものの、先ほどまでの陽気な雰囲気とは打って変わって、沈んでいる。不思議と感じとれていた威厳さも見る影はなく、負のオーラに取って代わられている。


 ドロシーの落胆ぶりから、アレスは慌てて自身の言葉足らずを訂正した。


「誤解だ。自己紹介というのは例えのつもりだ。言い換えるなら質疑応答で相手を知ろうってことだ」

「……解せん」


 まだ言葉が足りない。


「いまさら、俺が魔法も使える剣士で~とか、ドロシーが魔法の中でも炎熱が得意で~とかってのは、2人の中ではわかりきったことだから知る必要はないだろう?」

「うむ」


ドロシーは当然だと言うように頷く。


「それよりもお互いが相手に対して聞きたい事を質問して、それについて答えた方が、よほど自己紹介になるかと思ってな」

「ふむ……なるほど。多少合点がいった」


 ドロシーが納得してくれたことで、アレスはようやく安堵することができた。それと同時にドロシーの仲間意識の高さもわかり、今後はより一層くだけた対応をしようと留意した。


「それじゃ、まずは発案者の俺から質問させて貰うがいいか?」

「構わん。だが、答えたくない事は答えんぞ」


「勿論だとも、配慮はするが、もしそういった質問があれば遠慮なく突っぱねてくれ」


 言わずもがなである。下より関係をより密にするための〝自己紹介〟なのだ。その逆になるようなことはあってはならない。

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