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聴取なるもの

前話:依頼主である村長への報告が済みました。


※ここからは一旦アレスと分かれた後のトリス(ベアトリス・ゴルドー)の視点。

「自警団員の視線が痛いぜ」

「さながら人さらいを見るようじゃったな」

「確かにー」


「ゴルドーまでひどいぜ」


 アレスが村長宅へ出向き、トリスらは宿屋へ歩き出していた。


 遺跡でも話したことだが、やはり人間を肩に担いで運んでいる姿は奇異である。好奇の目を向けられるのも仕方のないことだろう。


 それにしても、この担がれた人物をどうしたものか。他のメンバーは冒険者ギルドへ引き渡すつもりだろうが……。私には別の考えがある。


「いらっしゃい」


 宿屋に着くとハゲ頭の主人が笑顔で出迎えてくれた。

 今日泊まる人間が一人増えることと、後から来るもう一人が合わせて清算をすると伝えて二階の宿部屋へ上がった。


 宿部屋に入ると、担いでいた甲冑の男をエリアスが自分のベッドの上に寝かせた。

 トリスが抱えていた大剣はアレスの指示通りに遠ざけて置いておいた。部屋の中で、エリアスのベッドから最も遠いドロシーのベッドの下に隠すように。


「ようやく肩が軽くなったぜ」

「ありがとうねー」

「ご苦労」


「とりあえずベッドに転がしたはいいが、どうする?」

「身包みを剥ごうかの。持ち運びを考えて着せたままであったが、いざ対話となったときの安全を考えたほうがいいであろ」


「俺の事を人さらいだとか言ってたが、お前は追いはぎみたいだな」

「失敬な、自衛ぞ」

「はいはい、喧嘩しないでー」


 たとえ徒手空拳の状態であっても甲冑を着込んだ人間は暴れるだけで十分な脅威となりうる。剣を振り回す要領で顔面を殴られでもすれば、絶倒は免れないだろう。


 エリアスに甲冑の男を押さえておいてもらい、甲冑の取り外しはトリスが担当。ドロシーには不審な動きに対応できるように即時詠唱可能な態勢をとってもらった。


「他人の甲冑の着脱を手伝うなんて貴族の従者にでもなった気分だぜ」


 エリアスが皮肉げにぼやきながらも、取り外しが容易になるよう体を傾けたり、腕を持ち上げたりと補助動作を行ってくれた。

 やけに手慣れている気もするが、言葉通り従者の経験でもあるのだろうか。


 補助のおかげもあり、思いのほか短時間で取り外すことが出来た。時折、甲冑の主である黒髪の男が低い呻き声を漏らしていたが、終始起きることはなかった。


 黒髪の男は甲冑の下に鎖帷子を着用しており、更に下には厚手の肌着を身に着けていた。


「甲冑を着てる時点でわかっていたことだが……まさに完全防備だな」

「うむ、これでは剣は容易には徹るまいな」


「そもそも攻撃が当たらなかったよー」

「そこはゴルドーもブラウニーも腕を上げねぇとな」

「お主も避けられたろうに」

「神官に戦闘技術を求めちゃいけぇねよ」


 その割には冒険の度に鈍器を振るっている姿が印象に強い。ただし、前衛職の不手際を拭ってくれている面が多々あるため黙っておく。


「さて、鎖帷子も外して丸裸同然にしたな」

「隠し武器の類は見当たらんかったのう」

「後は起きるのを……」


 甲冑と鎖帷子は男の直下、寝ているベッド下に置いた。これらは剣と違って、着用するにも時間がかかる上、手にもって殴るのにも適してはいないとの判断だ。


 武器とするなら部屋の丸椅子を持った方がまだ凶器になるだろうが、流石にそこまで警戒していては、同じ部屋にいることすら困難だ。


 後は起きるのを待つだけだと言おうとした時、黒髪の男の眼が開いた。

 エリアスは瞬時に鈍器に手をかけ、ドロシーは一歩退き明らかな警戒を見せる。


「……う」

「そのままで居ろ、妙な真似をしたらもう一回寝てもらわなきゃならねぇ」


 黒髪の男は上半身を起こそうとするが、それを静止するようにエリアスが声をかける。この威嚇行為に対し、黒髪の男は素直に動くのを止めた。

 一応、遺跡で対峙したときとは違い、こちらの言葉を聞く耳があるようで安心した。


 エリアスが視線だけを私に向けてくる。エリアスも対処に困っているのかもしれない。

 では、リーダーらしく私が話をしよう。


「ええっと……おはようございます」


 会話の基本は挨拶からだ。

 気のせいか、視界の端にいるエリアスが脱力したように見えた。


「お……おはよう」


 妙な空気が漂った後、黒髪の男が挨拶を返してきた。低音で静かな声質に驚いた。戦闘時から想像するともっと獣が呻くような声を出すのかと思っていた。


 なによりちゃんと人語を話せるようだ。ただし、若干かすれ気味で聞こえづらい節がある。


「話ができるようで安心したー」

「……」


 黒髪の男は困ったような顔をしている。失言だった。裏を返せば、話もできないような奴だと思っていたのかと受け取ったのかもしれない。


 現にその通りだったのだが、口から出たものはもう飲み込めない。


「ごほんっ、あなたの名前とあそこにいた目的を教えてください」

「……」


 黒髪の男は喋りたくないのか顔をゆがめている。その割には口を開く素振りを見せる。


 その様子にピンときて、腰にぶら下げていた水嚢を差し出した。ただ、寝たままの姿勢では飲むのもままならないだろうと思い、上半身を起こすのを許した。


 エリアスが寝たままを強要していた手前、安易に許すのもどうかと思ったが致し方ない。このまま脱水症状でまた気を失われても困る。


 男は上半身を起こし、軽く会釈をして革袋を受け取った。よほど咽喉が乾いていたのだろう。水嚢の栓を開けると、仰ぐように飲み干した。


 遺跡での黒髪の男の倒し方を考えてみれば、これも自然なことかと納得できた。

 なにせ火あぶりにしたのだから。


「……ネロ……コンラッド=ネロだ」


 水嚢の中身を一滴残らず飲み干した後、黒髪の男はネロと名乗った。

 現時点では偽名かもしれないが、これで呼び名に困らなくなった。「いつまでも、こいつ、この男、黒甲冑」、では呼ぶのも気疲れしてしまう。


 なにより自分自身、人を呼ぶときは気兼ねなく名前を呼びたいと思っている。


「ネロさんね、私はベアトリス=ゴルドー、親しい人はトリスって呼ぶよ」

「……ネロさんとやらよ、あんたなんで遺跡に居たんだ?」


 横で武器に手を掛けたままのエリアスが会話に割り込んできた。

 ただでさえ鋭い眼光には更に威圧感が込められている。まるで視るものを射殺さんとするほどだ。


 せっかく会話になろうかといった所だったのに……そんな目つきでは睨まれたのでは、ネロという男の咽喉から出ようとしていたものも出なくなる。


「エリアスよ、もちっと物腰柔らかくなれぃ、それでは脅迫じゃ」

「……ふん」


 ドロシーのおかげで先ほどまでの威圧感が幾分か軽くなったように感じる。


「すまないが……」

「うん?」

「ここはどこで、あなた方こそ誰だ?」


 真顔でそう言い放つ黒髪の男、求めるならまず与えよということだろうか。それともこちらから情報を引き出そうとする腹積もりがあるのかもしれない。


 いまのところ聞かれても困るような情報でもないし、この人もおおよそ推測は立てているだろう。


「ここは宿……」「質問してるのはこっちだぜ、まずなんで遺跡に居たのか説明して貰おうか」


 またエリアスが割り込んできた。なぜそうも突っかかったような物言いをするのだろうか。

 確かに、冒険中の交渉事はエリアスやアレスにずっと任せてきたので、私では力不足なのかもしれないが、リーダーとして任せてほしい場面だってあるというのに。


 威圧された男は、一度大きく息を吐いて、エリアスのほうに顔を向けて言葉を発した。


「遺跡とはなんのことだ?」

 

 男が発した言葉は信じられないものだった。


 自身の質問にそう答えられたエリアスは一瞬呆気にとられた顔をしていたが、次にはこめかみに青筋が浮かんでいた。


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