発覚なるもの
前話:アレスだけで村長宅へ依頼の報告に行くことになりました。
村長の家を伺うのはこれで二度目だ。情報収集の際に一度尋ねたが他の家と大差ない造りであった。
村長だからといって特別な収入があるわけではないのだろう。
家の中も外観と同じく質素だ。生活に必要な家具があるのみで、無用な調度品は一切おかれていない。
壁には国が発行する村の登録証がかけられており、これが村長の証とでもいうものなのだろう。
ただ、その下に剣が立てかけられているのが気になる。剣は革製の鞘に納められており、所々に傷が見えている。柄も随分と黒ずんでいて、年季を感じさせる。
あれこれ眺めていると、村長から椅子に座るよう促された。
机を挟んで村長と向かい合うように椅子に座ると、台所と思しき場所から女性が飲み物を持ってきてくれた。見た目はそう若くはない、察するに村長の奥方か。
「葉の煮汁を薄めたものです」
奥方と思しき女性は微笑みながらそう告げ、また台所の方へと行ってしまった。
さて、招待されたは良いものの何を話したらいいものか、そう悩んでいると村長のほうから話しかけてきてくれた。
「ご依頼の件、どのようになりましたかな」
あれこれと無用な世間話から始まるかと思っていたが、早速本題を切り出してきた。こちらの疲労を考えてくれているのか、もしくは単に無駄話が好きでないのか。
ただし、この村長が中々の食わせ者であることをアレスは知っている。
というのも依頼書に記載されている文言と収集した情報にこそ大差はなかったが、事前に警戒していたように上位種が現地には存在しており、その存在が依頼の難易度を底上げしかねないものだったからだ。
ただ、この点についてアレスらはあまり強く主張するつもりはない。件の黒甲冑がそれらを排除してくれていたため実害はなかった。
黒甲冑自体については、恐らく村長らも把握していなかったはずだ。これらについて余計な詮索を入れられるのは面倒なため、黒甲冑について聞かれても行き倒れていたと報告するつもりだ。
「こちらの被害は特になく滞りなく終わりましたよ」
「おぉ、流石は【五】の冒険者様方ですな」
村長が言った数字はギルドが定めている冒険者の階級のようなものだ。
最下位の【十二】から始まり、最上位の【一】に終わる。
パーティーの位については、構成するメンバーの位を合算して人数で割ったものとなる。この位によって受けられる依頼の幅が決まる。
「遺跡については、魔道具の設置や儀式的増築が行われたような痕跡もありませんでした」
「ふむ、それは一安心です。して事前にお話ししたかと思いますが、遺跡にはどれぐらいのコボルトが屯していましたか?」
遺跡調査の依頼というのに、魔物に興味津々か。たしかに依頼の本題はそうだろうが……仕方ないか。
「我々が確認しただけでも、24匹です」
「そんなにも……」
実際に倒したのは、そのうちの半数にも満たない11匹だが、ベアトリスに数えさせた死体の数は上位種の2匹を含め24匹だった。
15匹以上は確実視していたが、10匹近く差があるのは如何なものか。問い質したいが、知らぬ存ぜぬを決め込まれれば、それで終わりである。
ここでは泣き寝入りしかない。
「ご安心ください。全て討伐いたしました」
「流石ですな、ちなみに普通のコボルトが24匹もですか?」
言葉の端々に魔物の詳細を知っていたような気配が漏れている。やはり上位種が存在し、どういった類のものであるかを知った上で隠していた可能性がある。
「コボルトはコボルトですが・・・奴らの中でも上位に位置する存在が2匹いました」
「……それらも先ほどの数に含まれているのですか?」
「無論です、目視確認したコボルトは全て倒しました」
「それを聞いて安心しました」
そう告げると村長の表情がかすかに緩み、身体の緊張がほぐれ弛緩するのが見て取れた。先ほどの一安心よりもこちらの安心が大事だったのは間違いないだろう。
「ときに剣士様、戦士様が抱えておられた人はどなたですか?」
出来れば、その話題は避けて退席したかったが……そう上手くはいかないか。気にならないほうがおかしいのも事実だ。
「森の中で行き倒れていた人です。コボルトに襲われた死人かと思いましたが、息があったので連れ帰った次第です」
「……なるほど」
あまり信用されていない気はするが、村長もそれ以上聞いてくることはなかった。
下手なことに口を出して、こちらの反感を買うのは望むところではないのだろう。
冒険者ギルドに今回の依頼内容の齟齬を告げれば制裁の可能性が低くないことを村長は理解しているのかもしれない。
その後は互いに話すことがなかったため、出された飲み物を一口に飲み干してから、「明日村を出て冒険者ギルドへ完了報告をします」と告げて、村長の家を後にした。
外へ出ると、日が暮れようとしている時間帯になっていた。
村の人々は夕げの支度に家へと帰る頃合いのようだ。中央広場付近に疎らに居た露天商も店じまいをはじめている。村を出る前に一度見ておきたかったが、もうその機会はなさそうだ。
村長に告げた通り、明日の朝には村を出る。
そういえば明日以降のことを色々と話し合わねば、アレスは足早に宿屋へ戻った。
宿屋に入ると、ベアトリスが帰りを待っていたかのように出迎えてくれた、らいいなと思っていたが、そんなことはなかった。
その代わりに先ほど外で沈もうとしていた日のような頭を持つ人物が快活な笑顔で出迎えてくれた。宿屋の主人である。
「おう、にいさんお疲れだったな」
アレスはこの人物に少なからず好感を抱いていた。
遺跡へ出立する際も、主人は笑顔で送り出してくれた上、いまに至っては飲み物もサービスだといって出してくれた。とはいえ、先ほど似たようなものを飲んだわけだが、そんなことは言えない。
助かりますと一言添え、一口に飲み干すと、主人は口角を挙げて顔を綻ばせた。出された飲み物は味も同じだった。
「いい飲みっぷりだ、お連れさん方は上にいるよ」
「そうですか」
「ああ、そういえば一人増えたようだが部屋はそのままでいいのか?」
「ええ、いまの部屋で大丈夫です、差し当たって追加料金はどのようになりますか?」
「そうかい、通常なら一人分の三五〇〇ツーカ頂くところだが、部屋もそのままでいいなら二〇〇〇ツーカで構わんよ」
「ありがたい」
随分と良くしてくれるためアレスの中での主人の好感度はうなぎ上りといったところだ。
早速支払おうと財布の中身に目を通すと、一万ツーカ紙幣しか持ち合わせておらず、釣銭にて両替して貰わざる負えなかった。
アレスは先ほどまでの厚意に対して不義理を働いたような気がしたが、主人にそれを気にする様子は見られなかった。
主人がカウンター下へ釣銭を取ろうと屈むと、それまで主人の背後に隠れて見えなかったものが見えた。壁に斧が立て付けられていたのだ。
そこでようやくこの店の名前の由来がわかった気がした。
主人が釣銭をくれた際に「細かい金が欲しかったのか」と聞いてきた。
咄嗟には意味がわからなかったが、どうやら自分の顔がにやけていたみたいだ。
変な誤解が生まれぬように、店名の由来にようやく合点がいったのだと告げる。
主人は大きく笑った。




