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調査なるもの

前話:黒甲冑の顔を晒しました。

「よし、さっさと終わらせて帰ろう。トリスはコボルトの死体の数も数えておいてくれよ」

「はーい」


 入ってきた出入口とは別の出入口から遺跡の外へ出る。出入口の通路の作りは同じで、遺跡の詳細図との相違もなかった。

 外側を注視しながら回ってみるが、別段なにかの目印が付いていたり、建物自体が増築されたりといった変化もない。


 ドロシーは索敵に意識を飛ばしていたみたいだが、現れそうな気配は一切していない。


「死地から生還したコボルトは早々帰って来ぬか」

「そうみたいだな。どれだけ逃げたか知りたいが……諦めるしかないだろう」


 遺跡進入時に通った通路以外からも、コボルトは這い出ていたはずだった。

討伐報酬のことを考えれば、こちらの手で一網打尽にしてやりたかったが……。


 黒甲冑への恐怖がある限り遺跡には戻ってこないと思われるので、それは難しい。

 副次的な依頼を完璧には熟せなかったことになるが、主な目的はこうして達成できているので、問題はないだろう。

 後は、黒甲冑を突き出して次の依頼だ。


「時にアレス」

「ん?」

「黒甲冑との戦闘での機転は見事だったぞ」


「急にどうした」

「む、賛辞は素直に受け取るべきぞ」

「あー、すまん、ありがとう」


 急に褒められ、動機が気になってしまった。疑り深いわけではないが、自分より上位に位置する者の発言には注意してしまう。ドロシーにとっては、悪癖と見なされそうだ。


 ただ、内心あまり良い作戦ではなかったため、それが聞き返した理由でもある。

 対策は講じていたとはいえ、仲間ごと敵を火にくべたのだ。やっていることはコボルトソーサラーの戦術と変わりない。


「ドロシーのおかげで閃いた作戦なんだがな」

「どういうことじゃ?」

「俺が刺されそうになった時に防御被膜ありきで火球を放ったろ、あれでピンと来てな」

「ふむ、目ざとい奴よ」


 ドロシーは満足気になっている。

 宿屋での会話でも思ったことだが、魔導師らしくない諭しやすさだ。仲間としては馴染みやすいが、そうでないものからすれば迂闊に過ぎない。


 アレスが言っていることは、捉え方次第では、ドロシーのことをコボルトソーサラーみたいだと言ったに近いが、それを告げると目の前の魔女は烈火のごとく憤怒するに違いない。

 無論、そんな悪意を含ませた発言ではないが。


 そういえば先ほどの魔法の説明を中の2人にするのを忘れていた。

 ドロシーは理解していたみたいだし、魔導士の前で魔法の講釈を垂れるのは気恥ずかしい。道中にそれとなく済ませてしまおう。


「ドロシーだったら、あの場面をどう打開していた?」


 参考までに聞いておきたい。新たな作戦を見出せるかもしれない。


「ふむ、アレスの策を見た後では真新しいことは言えんぞ」


 先入観から視点や想像性が引っ張られてしまう、ということを暗に言われた。


「構わないよ」

「そうか。わしであればな、お主らには個々で防御魔法を展開して自衛を講じてもらい、遺跡内部を丸ごと火の海に変える」


 遺跡進入前にも似たようなことを言っていた。並大抵の魔力では実現不可能に思えるが、自分で言うほどだ、実現可能なのだろう。


 しかし、なんとも大胆な案だ。俺も人の事は言えないが、パーティーメンバーは段々とトリスのシンプルかつインパクトのある思考に毒されていっている気がする。


「単純明快だな」

「それこそが魔法の極意でもある」

「ただ、黒甲冑の生死はどうするんだ?」


「あの状況では消し炭に変えてしまう他あるまい、魔物であれば観測球にカウントされ、殺しても報酬が出る。人であれば、そもそも観測球にはカウントされぬ」

「証拠は消し炭のみか」


「うむ、コボルトとの判別もできぬほどに燃やし荒らす」


 言われてみれば、殺しても問題はなかったかもしれない。ただ、その後に付きまとう後味の悪さを考えると、殺すのはやはり最終手段だなと改めて思えた。


「しかし、あの甲冑と剣は燃え残るかもしれん」

「耐魔性が高そうだったな」

「うむ、集中して火を浴びせなかったとはいえ、使用者に火を通さないとは余程の物よ」


 ドロシーを以てこう言わせるとは、俺の魔法などでは文字通り歯が立たなかったろう。


「それを考えると、やはりアレスの窒息作戦は値千金じゃな」

「じゃぁ、報酬の取り分を多く貰おうかな」

「それは金庫番が許さんじゃろうて」


 お互い軽口を言い合う。

 今朝の一件からドロシーとの距離感が大分つかめてきている。円滑な会話ができるということは、連携にも反映されるので非常に好ましいことだ。


「ただな……」ドロシーがそう呟き、同時に歩く速度が心なしか遅くなったのを感じた。

「どうした?」


「窒息によって身体に異常を来たしていないかが気になるの」

「どういうことだ?」


「なんといったものか……息が出来ない時間が長続きするとな、身体が部分的に死ぬ可能性が……の」

「そんなまさか」

「……魔導院で火と空気の生物実験をしておっての、最も実験体は鼠などじゃったが」


 殺さないように仕掛けた作戦にも落とし穴があったようだ。

 続くドロシーの説明によれば、窒息させて瀕死状態になった生物は蘇生した際に、必ずしも万全な状態には戻らない場合があるという。


 具体的には腕や足が満足に機能しなかったり、または生きてはいるが身動きをせず、一切の反応を見せなくなるといった例もあったようだ。


 知らぬこととはいえ、我ながらえげつないことをしたものだと悟った。

 だが、あの時はあの策以外に全員の身を守りつつ、敵を制圧する案が思いつかなかったのも事実だ。

 いまさら悲観的になったところで仕方ない。最善を尽くしたまでのことだ。


 思案に暮れて押し黙っていると、その空気を察してか、ドロシーがあわてて話題を変えた。その様子を目の当たりにし、窒息作戦以上に悪いことをした気持ちに駆られた。


 ……ドロシーは一般人が知る由もない知見を惜しげもなく開示してくれたというのに。俺は人を不快にさせるだけか、間抜けめ。


 その後のドロシーは魔導院で行った実験の数々を矢継ぎ早に話してくれていた。

 ただし、魔法をかじった程度の一般人には理解の及ぶところではなく、今一歩踏み込んだ話には発展させられなかった。自身の不見識から殊更悪いことをしたという気負いが強くなった。


 遺跡内部へ戻る際、先ほどとはまた別の出入口を通ったが特に代わり映えした様子は見当たらなかった。


 遺跡の中では先に検分を終えた巨漢と少女が待っていた。


「待ちくたびれたぜ」

「神官のくせにこらえ性がないのう」

「外はなにかあった?」

「いいや、別段変わったものは見つけられなかった、そっちは?」


「こっちも特になかったよー」


 首を振るいながらベアトリスが答える。

 エリアスにも視線で問いかけてみるが反応は同じだった。視界の端に転がっていた黒甲冑にも変化はなさそうだ。手足がひしゃげていない点を見るに、起きることもなかったのだと窺えた


「それじゃ、今度こそ帰ろうか!」

「賛成」


「で、こいつは誰が担ぐんだ?」


 エリアスが問いかけてくるが、全員がエリアスの体つきに視線を配り、次にその目を見つめて、お前しかいないと行動を促す。

 本人もこの結果になるとわかりきっていたことだろう、悪態をつきながらも黒甲冑を肩に担ぐ。


 言うに忍びないが、その見た目は完全に人さらいだ。


「人さらいみたいじゃな」


 ドロシーが含み笑いをしながら言い放つ。それを聞いて思わず吹き出してしまった。人があえて言わなかったことを平然と言ってのける。

 トリスも腹をかかえて笑っている。エリアスは目を細め、顔をしかめてそっぽを向いた。


「代わろうか?」

「いや、軽いから構わん」


 甲冑を着込んだ男を担ぎ、軽いと豪語する。とても信じられないが、エリアスの体躯と膂力をもってすれば真実なのかもしれない。


「この甲冑が本当に金属か疑いたくなるぜ」


 そう言いながら、担いでいる黒甲冑の肩を拳で叩いてみせるが、返ってくるのは硬質音だ。大剣と同じく、得体のしれない金属でできている可能性が高い。


 アレス自身、黒甲冑の大剣を背負っているが苦にはなっていないことを改めて自覚した。材質が同じであれば、エリアスが軽いと言ってのけるのも頷ける。


 しかし、それでも生身の戦士を軽々と担いでいるという事実は驚嘆ものだ。


 帰路に際して、エリアスが戦闘に参加できないことを考慮し、アレスが先頭に立ち、トリスを殿に据えた形を組んだ。


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