正体なるもの
前話:黒甲冑を昏倒させました。
密閉の解除。
アレスがそれを指示したのは、黒甲冑が倒れ込んだのを確認してから、更に数十秒が経過した後のことだった。
エリアスは自身が展開していた防御被膜をかき消して、一息ついている。
「重労働だったぞ」
見れば、巨漢の顔には汗がにじんでおり、眼尻は垂れがちになっている。せっかくの精悍な顔つきが何割か損を被っている。
それもそのはず、縦横無尽に荒れ狂う炎を抑えつけていたのだ。その防御魔法の形成には、かなりの労力を伴わせていたに違いない。
「助かった、おかげで作戦は成功したよ」
トリスも周囲に展開した防御魔法を解除して、こちらに駆け寄ってくる。
「怖かったー」
前後左右見渡す限り視界の全てが業火に覆われていたのだから、当然だろう。
ただ、その割に顔には恐怖の色があまり見られない。むしろ、感動しているような気さえする。
流石というべき豪胆さか。単に鈍感なだけかもしれないが。
「無事でなにより」
「しかし、見事に倒れたな」
「そうそう、一体どういうことなの?」
詳しく説明する時間がなかったために、ドロシー以外の2人は目の前で起こった出来事に理解が追い付いていないようだった。
「とりあえず、あいつを捕縛してから説明するよ」
「それが先決じゃな」
「了解ー」
倒れ込んでいる黒甲冑に慎重に近づき、先に地面に突き立っている大剣を引き抜いて無力化しておく。
大剣を抜いた際、勢い余って後ろに倒れそうになった。というのも見かけに反してかなり軽量な剣だ。
アレスの持つ一般的な長剣とそう変わりはしない重さだ。これで連撃を可能としていたことにも納得がいった。
一体どんな金属を使っているのか見当はつかないが、非常に良い剣だ。
まじまじと眺めていたせいか、エリアスから次の換えにでもするのかと問われた。
こんな剣を扱ってはみたいが、大きすぎて自分では使いこなせそうになかった。
次は黒甲冑の捕縛だが、携行品からロープを取り出し、黒甲冑の後ろ手に巻き付ける。
エリアスがやけに手慣れた手つきで、手の次は足を括り、今度はその手と足に括ったロープをまた別のロープで結び付けている。
「いっちょ上がりだ」
かくして黒甲冑は両手両足を拘束され、どちらかを動かそうとすれば、その反対も連動するために身動きが容易には取れない状態になった。例えるなら芋虫だ。
先ほどまでの戦いぶりを目の当たりにしていた側からすれば、あまりにも無様に見える。だが、同情はできない。こちらは殺されかけたのだ。自らの五体満足を感謝されてもいいぐらいだとも思えた。
「一応、顔だけでも確認しておいたほうがよいのではないか?」
言われればその通りか。もしかしたら人ではない可能性も残されている。縛る前に確認しておくべきだったかもしれない。
ただし、どんな顔をしていようと縄目が緩くなることはない。
「では、拝見させてもらおう」
黒甲冑の兜に手をかけ、外す。
外した先からは黒髪が垂れ、美丈夫な顔が見えた。
「こいつぁ……」「ほぅ……」
思わず、仲間内から声が漏れる。
同じ男からしても、顔立ちがよく見える。女性であれば、なおのことかもしれない。
眼の下は隈なのか、黒ずんでいるが、全体的には健康そうな顔色だ。
しかも驚いたことに火傷が一切見られない。先ほどまで火炎の中にあったというのに、それを感じさせない。
そこから身に付けていた黒甲冑の耐魔性能が窺えた。
「これはこれは、中々の顔つきじゃな」
「えらく整ってんなぁ」
「……」
早速、顔立ちの方はパーティーメンバーのお墨付きとなったようだ。
まぁ顔の美醜はこいつの所業とは関係がないので、冒険者ギルドに叩きだすことに変わりはない。
トリスは黙っていたが、好みの顔ではなかったのかもしれない。
良かった。今日一でほっとしている自分が恥ずかしい。でも良かった。
「じゃ、村に帰ろうかー」
トリスがそう告げる。確かにこんな血みどろの場所になど長居はしたくない。
ただこのリーダーは目的を忘れているようだ。お目当ての〈 門 〉がなかったとはいえ、気の抜けようが著しい。
「待てぃ、まだ調査は終わっとらんぞ」
ドロシーの言う通りだ。コボルトの排除は、遺跡調査の前段階に過ぎない。
それにこの黒甲冑が居た理由も気になる。もしかすれば、この遺跡に原因があるのかもしれない。
「調査するにしても、こいつはちょっと邪魔くせぇな」
巨漢が物を見るような目で黒甲冑を見る。慈愛に満ちているはずの神官職がする目じゃない。
調査、といっても、アレスを含め全員が専門的な知識に明るいわけではない。故にただ単に観て回るだけに過ぎない。
魔物が魔道具などを増築していないか、魔術的痕跡はないかなどを視覚的に捉えられれば上出来といえる程度の調査だ。
「遺跡の中と外で二手に分かれて、手早く済ませよう」
「じゃぁ、俺は中にさせてもらおう」
「こんな血みどろの場所だが構わないのか?」
「好き好んで居たいわけじゃない。こいつが目を覚ましたら足をへし折る係だ」
随分と物騒なことを言うが、確かにその必要は十分ある。
二手に分かれているときに目を覚まして、何らかの手段で縄抜けをされでもすれば、再度の戦闘は免れない。その時は各個撃破され、パーティーが容易く崩壊する可能性が高い。
「それじゃ、俺が大剣を担いで外を回ろう」
黒甲冑の武器を物理的に遠ざけていればいくらか安心できる。
残るメンバーの割り振りはどうしようかと思っていると、ドロシーが外周りに立候補してきた。
感覚が優れているため、索敵の役目も果たせると買って出てくれたのだ。
しかし、本音はその感覚故にこんな血肉や臓物であふれている場所には居たくないのだろう。
「じゃぁ、残った私は中だね」
「俺はこいつのお守があるから、調査の方はゴルドーに任せる」
「任せて! しっかり調査するよ!」
威勢の良い言葉とは裏腹に単に眺めるだけになるだろうな、と推察できたが、こちらも見識に大差はないので口を挟まないことにした。




